【将来の退職金の財産分与】

1 将来の退職金の財産分与

離婚の際の清算的財産分与では、預貯金や不動産の財産を分けることになります。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
分ける財産の中に、将来受け取る予定の退職金を含めるかどうか、という問題があります。
本記事ではこれについて説明します。

2 清算的財産分与における将来の退職金の扱いの要点

現在は、年金分割という制度により、年金を元夫だけが受け取る不公平は解消されています。
しかし、「退職金分割」という制度はありません。

これについては、退職予定時期が間近であれば、退職金として想定される金額を計算してその2分の1が財産分与として認められることがあります。
また、退職時期がやや遠いという場合には『退職時に退職金の2分の1を払う』という将来の義務が認められるケースもあります。
なお、年金分割制度導入前は、裁判所が年金のうち元妻に分配する金額を算定した裁判例もありました。
※横浜地裁平成9年1月22日

3 退職金を財産分与の対象財産とする基準(退職まで10年)

将来、退職金が確実に支給されるという場合に、退職金が財産分与の対象となります。
蓄積されている裁判例を集約すると、次のような基準が抽出されます。

退職金が財産分与の対処となる基準

あ 退職までの想定期間が10年未満
い 離婚時の勤続期間が20年以上
う 勤務先の経営状況が良好である

大企業など、将来の退職金支給に影響がないということです。

え 配偶者が、退職手当の対象となる従業員で、規程上支給が一義的に規定されている

そもそも、従業員の退職金は、支給する規定があり、会社側の裁量がない場合に(だけ)、労働法で支給が保護されている、つまり、確実といえます。
詳しくはこちら|従業員の退職金の基本(請求できるか・消滅時効・取締役兼務ケース)
この点、役員(取締役)の退職金(退職慰労金)については、労働法の適用はないですし、また支給のためには株主総会の決議が必要など、保護は弱いです。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
結局、役員退職金については、個別的な具体的事情によって支給される見込みが大きい、という場合にだけ、財産分与の対象とされます。
※横浜地裁平成9年1月22日(理事の退職金を財産分与の対象とした)

将来の退職金を財産分与の対象として認めた裁判例の概要

あ 平成22年東京家裁

想定される退職までの期間=9年
退職金を財産分与の対象財産とする
※東京家裁平成22年6月23日

い 平成19年大阪高裁

想定される退職までの期間=5年以内
退職金を財産分与の対象財産とする
※大阪高裁平成19年1月23日

う 平成17年東京地裁

想定される退職までの期間=9年
退職金を財産分与の対象財産とする
※東京地裁平成17年4月27日

え 平成16年東京地裁

想定される退職までの期間=7年
退職金を財産分与の対象財産とする
※東京地裁平成16年2月17日

4 将来の退職金の算定方法(対象期間)

将来の退職金を清算的財産分与の対象に含める場合、どの範囲(割合)が分与対象となるか、ということが問題となります。これについては、一般的に、婚姻から別居までの期間(同居期間)に相当する部分が対象となります。

将来の退職金の算定方法(対象期間)

夫の将来の退職金について
妻の寄与の程度は同居期間のみとして、財産分与の対象とした
=実質的に別居時の財産を分与対象としたといえる
詳しくはこちら|清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時と評価の基準時
※横浜家裁平成13年12月26日

5 退職金の財産分与の方式(割合設定・固定額方式)

将来の退職金のうち、同居期間に相当する部分を財産分与の対象とすることになった場合、具体的な算定方法がいくつかあります。

(1)割合設定方式

退職金支給額のうち、財産分与として元配偶者に支払う金額の割合を決めておく方式です。

支払う割合の算定方法

支払う割合 = 夫婦であった期間 / 退職までの想定される勤続期間 × 財産分与割合

(2)固定額方式

算定方法自体は(1)と同様です。
ただし、想定される退職金支給額を用いて、暫定的に支払金額まで固定額で算出します。
通常、この方式を取る場合は、離婚時に一括して払う前提です。
その場合、将来支給すべき金銭を前倒しで払うということになります。
一定割合を割り引くのが通常です。この計算方法は、(清算的財産分与ではなく)扶養的財産分与においてよく使われるものです。
詳しくはこちら|離婚後の生活費の支払(保障)が認められることもある(扶養的財産分与)

(3)算定方式の選択基準

退職金の財産分与につての算定方式は、実務上次のように選択します。

将来の退職金の財産分与算定方式の選択

あ 原則

支払割合設定方式(前記『(1)』)

い 例外

条件=当事者双方が暫定額でも良いので、早い支払を希望している
固定額算定方式(前記『(2)』)

6 財産分与としての退職金の差押の可否

将来の退職金を財産分与として合意したけれど、その後、払われない、という場合を想定します。
この場合に差押をすることについて説明します。

離婚時の財産分与を、公正証書(執行証書)や裁判所の和解調書として作成してあれば、一般的に差押は可能です。
詳しくはこちら|債務名義の種類は確定判決・和解調書・公正証書(執行証書)などがある

ただ、強制執行するためには、書面上「債権の内容」が特定されている必要があります。
『(退職した時点で)退職金の2分の1の金額』だけでは、書面上で金額まで特定できません。
そこで、公正証書や和解調書だけで、そのまま強制執行はできない、ということになります。

別途訴訟や執行文付与申請、などの手続きによって、その審理中で金額を特定する、というプロセスを介在させる必要があるのです。
なお、公的な書面ではなく、当事者間で調印した書面、いわゆる離婚協議書の場合は、内容以前に、そのままで強制執行するということはできません。
必ず『訴訟→判決書にする』、というようなプロセス介在が必須です。

7 退職金の差押における条件成就執行文

財産分与で定めた、将来の退職金(の一部)を差し押さえる場合の手続について説明します。
例えば『退職金の2分の1』のように金額を特定していない場合を想定します。

強制執行の手続き上の制約として、金額が明確に特定している必要があります。
『退職金の2分の1』という体裁の条項では、金額や請求権の発生日(=支給日)が分かりません。
一方で、一定の要件を満たした公正証書(執行証書)は、これにより差押えが可能です(債務名義;民事執行法22条5号)。
つまり、金額特定さえクリアすれば強制執行できます。

金額特定、の手続きとしては、条件成就執行文、を裁判所に付与してもらう、ということになります(民事執行法27条1項)。
申し立てる先は次のとおりです(民事執行法26条1項)。

執行文付与申立の申立先

元になる書面(債務名義) 申立先 裁判所の判決書や和解調書の場合 裁判所書記官 執行証書(公正証書) 公証人

裁判所書記官や公証人に執行文付与の申立をして、退職金額や支給日に関する資料を提出します(民事執行法27条2項)。
これにより、裁判所書記官や公証人が執行文を付与すれば、この時点で「強制執行可能」という状態になります。
※『判例タイムズ1272号』p217
※関堂幸輔/『清和法学研究3巻1号』1996年

この手続上、債権者(請求する方)が、退職金の金額や支給日を特定しなくてはなりません。
通常は、離婚後の「元配偶者」の退職に関する資料を取得することは容易ではないでしょう。
結局、スムーズに差押えをすることは難しい、ということが多いです。

8 財産分与の書面作成における債務名義化の工夫

将来の退職金について、差し押さえる時に執行文付与をしなくて良い方法について説明します。

公正証書(執行証書)や裁判所の和解調書において、金額が特定していれば、強制執行が可能です。
強制執行が可能なこのような資料のことを「債務名義」と呼んでいます。
『将来の退職金の2分の1』のような場合は、書面作成の時点では、正確な金額が分かりません。
そこで、暫定的にでも、金額を特定する必要、と、特定できない、というジレンマが生じます。
結論として、次のような方策がありえます。

金額が特定できない将来債権について、債務名義化する工夫

ア 条項は『◯◯円』と特定する。誤差発生リスクは甘受する。イ 条項は『◯◯円』と特定しつつ、次の条項で『退職金の2分の1と◯◯円との差額の支払い』と規定する。◯◯円についてはそのまま強制執行可能、差額については訴訟を介在させれば強制執行可能

本記事では、清算的財産分与における将来の退職金の扱いについて説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦の一方(両方)が将来退職金を受領することが想定されるケースで夫婦の対立に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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