【事情変更の原則(契約後の想定外の事情による変更・解除)】
1 事情変更の原則(契約後の想定外の事情による変更・解除)
契約締結後に、想定外の事情が発生、発覚することがあります。そのような場合に契約内容を変更する、または解除する特殊な理論として、事情変更の原則(法理)があります。本記事ではこれについて説明します。
2 想定外の事情発覚の際の民法上の救済手段(前提)
民法上、想定外の事情が発覚した場合の救済手段が用意されています。
想定外の事情発覚の際の民法上の救済手段(前提)
これらについては、条文上、一定の要件が定められています。事案によっては、どれも使えないということもあります。
3 事情変更の原則の意義
想定外の事情が発覚したというケースで、前述のような条文上の規定が使えるとは限りません。そこで最後の救済措置として、条文にはない事情変更の原則が判例で認められています。根拠は民法1条2項の信義則(信義誠実の原則)です。
詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別
事情変更の原則の意義
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p66
4 事情変更の原則の要件
(1)注釈民法が示す事情変更の原則の要件
では、どのような状況で、事情変更の原則が使えるのでしょうか。
まず、注釈民法は要件を4つに整理しています。契約の基礎(重要な前提)となっていた事情が後から変更したこと、当事者が予見できなかった、当事者に帰責事由がない、最後に、原則どおりに契約の拘束力を認めると信義則に反する(著しく不当である)という4つです。
注釈民法が示す事情変更の原則の要件
あ 要件1=事情の変更
(a)契約成立当時その基礎となっていた事情が変更すること。
事情変更は契約の客観的基礎、すなわち、それがなければ契約を考えることができない部分に関し生ずることが必要であり、たんに当事者の個人的事情の変更にすぎないときは、事情変更の原則の適用は認められない(最判昭29・1・28民集8・1・234では、家屋売買契約成立当時、売主は他に居住家屋を所有していたが、後に戦災により居住家屋を焼失しただけでは、事情変更の主張はできないとされる。また最近の例では、最判平9・7・1民集51・6・2452は、ゴルフ場会員契約について「ゴルフ場ののり面の崩壊とこれに対し防災措置を講ずべき必要が生じた」場合に事情変更を認めているが、そもそもゴルフ場会員契約にとって、これらの事態の発生は契約の基礎の喪失といえないのではないか)。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p72、73
い 要件2=予見可能性なし
(b)事情の変更は、当事者の予見したもの、または予見できたものでないこと(前掲最判昭29・1・28では、昭和19年末には福井市の戦災は予見可能とされた)。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p73
う 要件3=帰責事由なし
(c)事情変更が当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたこと。
戦争の勃発、大災害の発生、インフレの進行、法令の変更などがその例である。
したがって、上記の事由と関係なく、債務者の経営の失敗により履行困難に陥ったときは、事情変更の主張はできない。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p74
え 要件4=拘束が信義則に反する
(d)事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められること(前掲最判昭29・2・12参照)。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p74
(2)平成9年最判が示す事情変更の原則の要件
判例も、事情変更の原則について、前記と同じような要件(基準)を示しています。
平成9年最判が示す事情変更の原則の要件
※最判平成9年7月1日
(3)事情変更の原則の権利行使→主張が必要
「要件」としてカウントするかどうかは別途して、実際に事情変更の原則を使う場合には、「事情変更の原則を適用する」という主張が必要です。
事情変更の原則の権利行使→主張が必要
※最判昭和31年4月6日
5 事情変更の原則の効果
(1)事情変更の原則の効果(まとめ)
以上のように、事情変更の原則を使うための要件があり、それらがすべて揃っている場合に、事情変更の原則が適用されます。その効果(結果)は、契約を解除する(最初からなかったものとする)ことと、契約は維持しつつ、その内容を変更(修正)する、という2つがあります。
契約内容の改訂(変更)とは、たとえば売買契約であれば代金の金額が不当なものとなった場合には、妥当な金額に変更(増額か減額)する、ということになります。
事情変更の原則の効果(まとめ)
あ 解除権発生
事情変更の効果として、契約解除権(告知も含む)の発生することは異論がない(前掲大判昭19・12・6参照)。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p88
い 内容改訂(変更)
事情変更を理由として、契約内容の改訂を求めることができるか、また、それと解除権の関係はどうか、ということについては問題が多く、しかも最高裁のこの点に関する見解は存しない。
勝本博士によれば、事情変更の効果としては、第一次的には契約改訂権が認められるが、それが拒絶された場合、または改訂の可能性のない場合に、はじめて第二次的効果として解除が認められるとされる(勝本・事情変更598以下。なお、この見解はエルトマンにさかのぼる)。
この見解は実務にも影響を与え、勝本説に従い、上述の点を考慮したうえで、契約解除を認めた下級審裁判例は多い(東京高判昭30・8・26下民集6・8・1698、東京地判昭34・11・26判時210・27)。
また、相手方が同意した場合に、売主の代金増額請求を認めた例もある(仙台高判昭33・4・14下民集9・4・666)。
※五十嵐清稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(13)補訂版』有斐閣2006年p88、89
(2)効果→1次改訂・2次解除という順序
前述のように、事情変更の原則の適用が認められると、効果としては解除と内容の改訂の2つがあります。ここで、この2つは自由に選べるわけではなく、極力有効とする、つまり内容の改訂にとどめて、それができない場合に初めて全面的に契約を解消すること(解除)を認める、という優先順序があります。
効果→1次改訂・2次解除という順序
あ 昭和34年東京地判(1次=売買の不足額填補請求・2次=解除)
本件土地の範囲が確定した昭和二五年頃はインフレーシヨンの昂進に伴い本件契約締結時たる昭和一九年に比し、土地の価格が暴騰していたことは当裁判所に顕著な事実であり、それは終戦によつてもたらされた経済事情の著しい変化に基因するものであつて、被告の予見せず、又予見し得ないものであり、且つ被告の責に帰すべからざるものである。
このように、貨幣価値の著しい下落の為給付と反対給付との等価値性が失われ、給付が契約当時に期待されたものとは認められない程度に変つた場合にも、なお被告に対して契約の文言通りの履行を強いることは、まさに信義の原則に反するものであつて、売主は等価値性が回復された場合にのみ給付義務を負うものといわなければならない。
従つて、売主は等価値性を回復する為に不足分の填補請求権を有し、買主がこの催告を受けたににも拘らずその履行をしないときは売主は契約を解除する権利を取得するものというべきである。
※東京地判昭和34年11月26日
い 昭和62年東京高判(1次=代金修正・2次=解除)
不動産価格の騰貴という事態も、前示の一般的社会情勢だけで直ちに本件予約の効力を否定することが信義衡平の観念上要求されるものとは認められないのみならず、もし仮に右価格の騰貴の結果予約に係る代金額が看過できないほど均衡を失するに至ったのであれば、それに応じて代金額を合理的に修正することがまず検討されるべきであり(本件において右検討が無意味であると認めるべき資料はない。)、これを経ずしてたやすく予約の解除を認めることは当事者間の衡平を保つ所以ではない。
※東京高判昭和62年6月30日
本記事では、事情変更の原則について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に契約を締結した後に想定外の状況が生じたというケースに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。