【婚姻費用分担金の交渉・調停・審判|財産分与前払方式】

1 婚姻費用は家庭裁判所の調停、審判を申し立てることができる

別居中には、一般的に、夫婦の間で生活費の支払が行われます。
詳しくはこちら|別居中は生活費の送金を請求できる;婚姻費用分担金
これを正確には婚姻費用分担金の請求と言います。略して婚姻費用婚費(コンピ)と言うことも多いです。

婚姻費用は、優先順序としては、協議で決定することが最優先です。
話し合いで決まらない場合に、家庭裁判所の調停や審判の手続を利用することができます。
家事事件としての分類上、審判事項の中の別表第2事件とされています。
詳しくはこちら|家事事件(案件)の種類の分類(別表第1/2事件・一般/特殊調停)

家事事件として家庭裁判所で婚姻費用の調停、訴訟をするのは協議で決定していない場合です。
抽象的には存在するが、内容が確定していないという性格の債権が家事事件の対象なのです。
逆に、既に協議で決定している払ってくれないだけという場合は別の扱いになります(後述)。

2 婚姻費用の調停が不成立でも審判に移行する

婚姻費用の調停と審判について、申し立ての順序は指定されていません。
一般的には、調停を先にするように裁判所から要請されることが多いです。
詳しくはこちら|一般的付調停|事実上の調停前置・必要的付調停との違い
調停を申し立てたけれど、相手方が出席自体しない、ということもあります。
この場合は不成立として調停は終わります。
相手が出席したけれど協議がまとまらないという場合も同様に不成立となります。
詳しくはこちら|家事調停が不成立となった後の扱い(手続終了・審判移行・訴訟提起)
そして、自動的に審判に移行します。
審判の申立書提出などは不要です。
詳しくはこちら|別表第2事件の家事調停の不成立による審判移行(対象事件・管轄・資料の扱い)

審判では、裁判所が判断し、結論を「審判」として出します。
相手が対応しないから結論が出ない、ということはないのです。

3 婚姻費用の調停、審判は比較的短期間で終了することが多い

婚姻費用の調停、審判は他の類型と比べて、非常にスピーディーに進みます。たとえば、通常のサラリーマンや専業主婦であり、収入の把握が単純であるケースで、収入が標準算定表の範囲内におさまるケースでは、1、2回程度の期日で調停が成立することもあります。調停が成立しないで審判に移行した場合でも、申立から決定まで2か月程度で収まることもあります。
逆に特殊な事情があるケース、収入が標準算定表の範囲を超えている場合にはもう少し長引いてしまう傾向があります。

4 婚姻費用の調停、審判がスピーディーに進む理由

(1)婚姻費用を急ぐ必要が高い

婚姻費用は、日々の生活の糧となる金銭です。
結論は超特急で出して、すぐに支払を実現する必要性が高いです。
最優先事項、と言えるものです。

(2)婚姻費用は、判断に必要な事情が類型的→手続が単純

算定のために必要なファクターは、当事者双方の収入くらいです。
公的な資料、具体的には源泉徴収票や確定申告書の控えによって機械的に算定が可能です。
提出の要請に応じない場合、裁判所から税務署や勤務先に強制的な照会がかけられます(調査嘱託や送付嘱託)。

婚姻費用の金額は婚姻費用算定表に基づいて算定されます。
なお、算定表において用いる年収は次の金額を使います。

婚姻費用分担金算定表において用いる『年収』

給与所得者→『源泉徴収票の支払額』
自営業者→『課税される所得金額』

(3)婚姻費用は、離婚原因、破綻の責任には原則的に触れない→手続が単純

婚姻費用の調停・審判では、基本的に、離婚原因、夫婦関係破綻の責任などには立ち入りません。
どちらが悪い、ということを当事者が言おうとすることが多いですが、基本的に、離婚の調停ではありませんと言ってシャットアウトされます。

(4)例外的に、婚姻費用の手続が長期化する場合

例外的に、特殊事情があると、婚姻費用の調停、審判が長期化する傾向になります。

婚姻費用の調停、審判が長期化する典型的な要因

・収入の大きな変動がある
・収入が、公的な資料で補足されてない

5 婚姻費用の金額の合意後は『家事調停、審判』ではなく『一般の訴訟』の対象となる

(1)合意により権利内容が確定していれば訴訟対象となる

例えば、別居の際、毎月の生活費(婚姻費用)を話し合いで決めることもあります。
合意したのに、後で払ってくれないという場合の対応について説明します。

この場合は、『婚姻費用の調停、審判』の対象とはなりません(前述)。
『家事事件』は権利は存在するが内容が決まっていないというものの内容を決める機能なのです。

既に「合意」により権利内容=金額、が決まっている場合は、一般的な債権として扱うことになります。
つまり、地方裁判所(または簡易裁判所)における通常の訴訟の対象なのです。

具体的には、訴訟を提起し、判決を獲得すれば、差押が可能となります。
別項目;債務名義;基本、種類
この訴訟では、婚姻費用の合意が書面になっていれば、単純な審理内容です。
スピーディーに事実認定→判決獲得、となるでしょう。

(2)合意後の変更の請求は審判対象事件となる

一方で、一度合意したけれど、事情の変化により増減額を請求するということもあります。
詳しくはこちら|養育費や婚姻費用の増減額請求が認められる『事情の変更』の判断基準
この増減額(変更)の請求は、婚姻費用の変更の請求、として家事審判の対象のうち別表第2事件に分類されます。
詳しくはこちら|家事事件(案件)の種類の分類(別表第1/2事件・一般/特殊調停)

逆に言えば『合意』を前提に、一般の訴訟が提起された場合、この訴訟内で『事後的な変更』の反論をすることはできません。
一般の訴訟の中では、単純に『合意の有無』だけが審理対象です。
「その後の事情変化を考慮すると合意した内容を変更すべきかどうか」は判断対象外です。
この「事後的変更」は、家庭裁判所の審判で扱うものとして法律上分類されているからです(前述)。
「事後的変更」の反論をする方は、『別途家事審判(または調停)を申し立てる』ということになります。

なお、一般の訴訟の中で和解として「事後的変更」を合意することは可能です。

6 実務的交渉・合意|『将来の財産分与の前払方式』の婚姻費用もある

婚姻費用分担金は、離婚の前哨戦とも言える交渉になります。
この設定内容(金額)によって、その後の『離婚条件』という本体の交渉の『立場の強弱』が決まります。
詳しくはこちら|収入大→離婚時の清算が大きくなる;婚費地獄、結婚債権評価額算定式
婚費交渉は『前哨戦』に過ぎないのですが『本戦』を決定付ける、ということもあるのです。
『前哨戦=婚費交渉』が熾烈になった場合の駆け引きの結果として次のような『合意方法』があります。

婚姻費用の合意|財産分与前払タイプ

あ 前提|例

妻 20万円を主張
夫 12万円を主張

い 合意の例

ア 実質=12万円・形式=20万円 『月額20万円とする。ただしこのうち8万円は財産分与の前払いとする』
イ 実質=16万円(中間)・形式=20万円 『月額20万円とする。ただしこのうち4万円は財産分与の前払いとする』

このように『実質』と『形式(暫定金額)』の両方を織り込むという方式です。
当然、事後的に離婚が成立する段階での『財産分与』から『前払い』の合計額を控除することになります。
ただし、実際に裁判所が判断する場合に『控除』の合意が完全に有効とは認められないリスクもあります。

7 実務的交渉|婚姻費用の合意|財産分与前払方式|ニーズ・バリュー分析

これは両者の次のようなニーズを組み合わせたもの、と分析できます。

財産分与前払いタイプの婚費合意|分析

当事者 ニーズ・得る価値 早く実際の受領をスタートする 『前払い』は良いが『トータル額を少なくする』

まさに前哨戦での駆け引きの内実、と言えます。

本記事では、婚姻費用分担金を決める家庭裁判所の手続を説明しました。
調停や審判を利用する際には、個別的な事情をもとに、最適な手続を選択し、主張・立証の方法についてしっかり戦略を立てる必要があります。
実際に、婚姻費用分担金の増減額の問題に直面している方は、弁護士の法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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