【相続債権者が想定外の遺贈で困った時の対応法(包括遺贈・対抗関係など)】

1 『包括遺贈』は被相続人の債務も承継する

債権者が『債務者死亡』で困るケース

私(A)はBにお金を貸していた
Bは財産を多く持っていたので、心配はしていなかった
Bが先日亡くなった
遺言が出てきて、『遺産の全部をCに遺贈する』と書いてあった

遺産の割合や『すべて』が遺贈の対象となっていることを包括遺贈と言います。
この事例の遺贈も、包括遺贈に該当します。
包括遺贈の場合は、一般的な相続人と同じ扱いになります(民法990条)。
そうすると、被相続人(B)が負っていた債務(借金)も包括受遺者(C)に承継されるのです。
債権者(A)はCに請求したり、差押をしたりすることができます。
当然、Cの財産、には、遺贈により承継した、元Bの財産も含まれます。

2 特定遺贈の受遺者は『相続債務』を承継しない

遺言内容が『甲不動産をCに遺贈する』というものであった場合について説明します。
(他の設定内容は『1』と同様)
このような内容を『特定遺贈』と言います。
そうすると『受遺者を相続人と同じ扱いとする』ということにはなりません。
受遺者が『被相続人の債務』をの承継することにはなりません。
純粋に『遺贈対象の財産だけを獲得する』という結果になります。

3 特定遺贈と相続債権者は『対抗関係』となる

『特定遺贈』と『相続債権者』の間では、甲不動産について熾烈な対立関係が生まれます。
『債権者Aの差押』と『受遺者Cの取得』です。
どちらが優先するかは明確な答えがあります。

相続債権者の差押vs遺贈(概要)

対抗関係となる→登記の順序で優劣を決める
※民法177条
※最高裁判所昭和39年3月6日
詳しくはこちら|生前処分と遺言が抵触するケースの権利の帰属の判断(対抗要件or遺言の撤回)

Cが遺贈の登記をするより先にAが甲不動産を差し押さえれば、結局不動産は競売になり、Aは配当により貸金を回収できることになります。
Cへの遺贈登記が既になされていた場合、差押はできません。

4 限定承認vs相続債権者の差押|『登記よる優劣』が覆された判例

遺贈や贈与・差押などは『対抗関係』とされ、登記の順序で優劣が決まるのが大原則です。
前述のように、最高裁判例で確立している理論です。
しかしこの『例外』を認めた判例もあります。

死因贈与vs差押→登記があっても『死因贈与』は劣後

あ 事案

不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である
相続人が『限定承認』を行った
死因贈与に基づく所有権移転登記が差押登記よりも先になされた

い 判断

相続債権者の差押が優先される
理由;信義則の適用
※民法1条2項
※最高裁平成10年2月13日

この判例では『受贈者が相続人』であり『限定承認』をしている、という特殊性があります。
それが『信義則に反する』という理由で『例外扱い』が認められています。
では『相続放棄』の場合はどうなのか、という点などが気になるところです。
しかし判決文からは、このような『適用範囲・基準』がよく分からないのです。
結局、従前の確立した判例による予測可能性を悪化させた結果となっています。
限定承認における債権者の扱いについては別記事で説明しています。
詳しくはこちら|限定承認|相続債権者・受遺者・譲受人→対抗関係|死因贈与×信義則

5 遺贈は詐害行為取消権の対象とならない

事例設定

BからCへの遺贈登記が既にされていた
Cは、『この遺贈により債権者への返済ができなくなる』と知っていた
※他の設定内容は『1』と同様です

無償で、財産を承継して、これにより債権者への弁済が不能となったという場合、詐害行為に該当します。
財産を承継した者が、詐害を知っていれば、詐害行為取消の対象となります。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)
しかし、遺贈については、詐害行為取消権は行使できないと思われます。
遺贈は家族法に基づく制度です。
家族法については、詐害行為取消権のような財産法の制度は、原則として適用されません。
少なくとも、これを認めた裁判例、文献は見当たりません。
以上のような性質論もそうですが、他の適切な救済手段がありますので、ますます適用する解釈にはなりにくいと思われます。

6 遺贈と相続債権者が対抗関係にある→第1種相続財産分離の活用もできる

特定遺贈とは関係なく、被相続人が負っていた債務は、相続財産に含まれ、相続人が承継します。
そのため、仮に唯一の相続財産が遺贈されたとしても、債権者AはBの相続人に対して請求することができます。
相続人が無資力であり、回収が不可能ということであれば、第1種相続財産分離の請求が活用できます。
相続財産分離によって受遺者に優先して相続財産からの弁済(配当)が受けられる制度です(947条2項、931条)。
別項目;被相続人の債権者は財産混在を回避できる;第1種相続財産分離

7 相続人がいない場合は相続財産清算人が配当する手続がある

相続人がいない場合(相続放棄をした場合含む)は、相続財産清算人(令和3年改正前の相続財産管理人)の選任を申し立てます。
そうすれば、受遺者より優先で弁済(配当)を受けることができます。
詳しくはこちら|相続債権者による相続財産清算人の選任手続と換価・配当の流れ

8 被相続人の債権者の回収手段のまとめ

特定遺贈がなされた場合の、相続債権者の回収方法の整理

あ 相続人に請求する

債務を相続人が承継しているため

い 包括遺贈受遺者に請求する

『包括遺贈の受遺者』は『相続人』と同様に扱われる

う 特定遺贈受遺者が登記するより前に差押登記を行う

特定遺贈の中に不動産がある場合、対抗関係が生じる
先に登記を得たほうが優先される

え 第1種相続財産分離

相続前の状態で清算が行なわれる

お 相続財産清算人選任申立

相続人が存在しない、という場合だけ利用できる
相続人全員が相続放棄を行った、という場合も含まれる
相続財産清算人による配当が行なわれる

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【第1種相続財産分離|被相続人の債権者は『財産混在』を回避できる】
【相続債権者による相続財産清算人の選任手続と換価・配当の流れ】

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