【退職の強要と意思表示(退職届)の無効(全体・判断基準・紛争予防)】

1 退職の強要の典型例と退職届の有効性
2 純粋な意思表示の撤回(概要)
3 違法な懲戒処分・告訴の告知と退職の強迫
4 適法な懲戒処分の告知と退職の強迫
5 退職の意思表示を無効にする法律構成
6 退職の撤回・無効主張の具体的な通知の方法
7 退職の意思表示の無効を認めた裁判例(概要)
8 退職の合意の紛争リスクと予防策
9 役員の辞任の強要(概要)

1 退職の強要の典型例と退職届の有効性

退職を強要されるという状況はよくあります。まずは,典型的な状況と,この場合の退職の法的な効力についてまとめます。

<退職の強要の典型例と退職届の有効性>

あ 退職を共用する典型例(概要)

従業員が業務上ミスをした
会社がこれを指摘した上で,解雇をほのめかせる
そして退職届へのサインを求める
いろいろな状況が裁判例になっている
詳しくはこちら|退職の意思表示の無効を認めた裁判例(心裡留保・錯誤・強迫)

い 適正な場合

業務懈怠やミスなどの程度が大きいor悪質である
→懲戒解雇ができる状態である
従業員のためを思って,形式的に自主的な退職という扱いをする
→退職届(退職の意思表示)に瑕疵はない(後記※2
=完全に有効である

う 不正となる場合

『懲戒解雇には該当しない』場合
→従業員の『解雇される』という考えは誤りである
→従業員は誤解が原因となって退職届にサインをした
→法的な救済手段が適用される(後記※1

2 純粋な意思表示の撤回(概要)

上記の整理は退職の意思表示が一応は効力を生じた後にの救済手段です。これと似ているけど異なるものに(純粋な)意思表示の撤回があります。
これは,意思表示としてまだ成り立っていない(効力を生じていない)早い段階での撤回です。具体的には退職届を責任者が受け取っていないという状況です。
これについては別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|退職の意思表示(退職届)の効力発生時(撤回期限)と信義則の制限

3 違法な懲戒処分・告訴の告知と退職の強迫

退職を強要して『退職届』が出されても,状況によっては退職は無効となります。正確には,退職の意思表示が無効となるのです。有効性の判断基準を説明します。最初に,退職が無効となる状況(基準)をまとめます。

<違法な懲戒処分・告訴の告知と退職の強迫(※1)

あ 解雇・告訴ができない状況

次の行為が権利の濫用に該当する
ア 使用者による懲戒権の行使(懲戒解雇)イ 使用者による告訴

い 不利益事実の告知

使用者が労働者に次の説明をした
ア 懲戒解雇処分や告訴がある可能性イ 『ア』の場合の不利益

う 退職届の提出要求

使用者が労働者に退職届の提出を要請した
→労働者が退職届を使用者に提出した

え 強迫の該当性

『あ〜う』に該当する場合
→違法な害悪の告知である
→労働者を畏怖させるに足りる行為である
→強迫行為に該当する
→労働者は退職の意思表示を取り消すことができる
※民法96条
※大阪地裁昭和61年10月17日;ニシムラ事件
※東京地裁平成14年4月9日;ソニー(早期割増退職金)事件

4 適法な懲戒処分の告知と退職の強迫

懲戒解雇をちらつかせる,つまり告知した場合でも,退職が無効になるとは限りません。退職の意思表示が有効となる状況をまとめます。

<適法な懲戒処分の告知と退職の強迫(※2)

懲戒処分が有効にできる場合
→懲戒処分の告知は違法な害悪の告知ではない
→強迫には該当しない
※東京地裁平成14年4月9日;ソニー(早期割増退職金)事件

5 退職の意思表示を無効にする法律構成

以上の説明は,退職の意思表示を『強迫』として取り消すことを前提としていました。
ところで,意思表示の効力を否定する法律上の制度はほかにもあります。法律上の制度(法律構成)の全体をまとめます。

<退職の意思表示を無効にする法律構成>

あ 心裡留保

本心ではないというケース
意思表示の相手方が知っているor過失ありの場合
→意思表示は無効となる
※民法93条

い 詐欺

虚偽の内容の説明を受けた場合
→意思表示を取り消すことができる
※民法96条

う 強迫

強迫により意思表示がなされた場合
→意思表示を取り消すことができる
※民法96条

え 複合

実際には『あ〜う』のうち複数に該当することが多い

どの法律構成でも,実質的な判断基準は変わりません。形式的には主張する方法が『無効主張そのもの』なのか『取消』なのかという違いがあります。
一般的な意思表示の効力や無効とする法律構成については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|意思表示の効力発生・解消|民法総則|詐欺・強迫・詐欺

6 退職の撤回・無効主張の具体的な通知の方法

退職の意思表示の撤回や無効主張・取消を実際に行う場合は内容証明郵便を使うことが好ましいです。通知の方法についてまとめます。

<退職の撤回・無効主張の具体的な通知の方法>

あ 書面化

退職の撤回や取消を希望する場合
→雇用主・会社に対し主張を記載した書面を送付する
主張内容=『撤回・取消・無効』など
復数の法的根拠を並列しておくとベターである

い 記録・証拠化

内容証明郵便を用いるとベターである
送付したこと・内容が記録になる

7 退職の意思表示の無効を認めた裁判例(概要)

実際に退職の意思表示を無効と認めた裁判例はいくつもあります。
これについて別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|退職の意思表示の無効を認めた裁判例(心裡留保・錯誤・強迫)

8 退職の合意の紛争リスクと予防策

以上の説明のように,退職の意思表示は後から無効となる可能性を孕んでいます。逆に,退職届の提出があっても,後から見解の対立が生じることがあります。従業員の退職があった際は,このようなトラブル発生を予防しておくことが望ましいです。
トラブルになるリスクと,これを踏まえた予防策をまとめておきます。

<退職の合意の紛争リスクと予防策>

あ 退職の合意のリスク

退職の合意が無効と判断される実例におけるポイント
ア 懲戒解雇の可能性が実際にはなかったイ 退職を『共用された』と認定される

い 退職の合意に関する紛争予防策

自主退職の際,具体的理由を記録にしておく
例;退職届・退職願に従業員が『退職を決断した理由』を記載する

9 役員の辞任の強要(概要)

以上の説明は従業員(労働者)の退職に関するものでした。この点,役員が辞任を強要されるケースもあります。似ていますが同じ扱いにはなりません。役員の辞任の強要については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|役員の解任|損害賠償・正当な理由|報酬減額・不支給|辞任強要

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