【警察手帳携帯義務・提示義務|逆職質の場合は否定的|警察救済的判例】

1 警察官は『警察手帳』の携帯・提示義務がある
2 制服・パトカーがあっても提示義務あり|吉本興業・松竹芸能かもしれない
3 警察手帳の提示義務は『職務質問や捜査の対象者』の要求で生じる|逆職質は対象外
4 警察手帳の携帯・提示義務は例外がある|警察救済的判例
5 職務中の警察官の撮影は原則OKだが『肖像権なし』ではない
6 警察官には『法律の専門家』という高レベルの法知識・理性的対応が求められる

警察官に対して『質問』したところ,『警察手帳を携帯していない』ことが判明した,という件が話題になっています。
『逆職質』と称してYouTubeにうp(投稿)された動画がSNSなどで拡散しています。
ここでは,警察手帳の携帯義務・提示義務についてまとめておきます。

1 警察官は『警察手帳』の携帯・提示義務がある

(1)警察手帳の携帯・提示義務

警察官は,通常業務として,国家権力を『直接的・物理的』に行う,という特殊性があります。
例えば,身柄拘束をその場で行う『逮捕』という行為が『日常の業務』に含まれているのです。
当然,国民の人権制約と直結する『最先端・デリケートな執行機関』と言えます。
執行の対象者としては,その場で『どのように対応すべきか』を瞬時に判断させられます。
そのために,警察官の身分証明・身分説明は,必須です。
『警察官の職務執行の適法性を示す』という側面もあります。
『捜査の適法性』が欠けると,『証拠能力が否定される』という深刻な問題に発展します。
以上のような趣旨から,一般的に,警察官には警察手帳の携帯義務・提示義務があります。

(2)警察手帳携帯・提示義務を定める法令

警察手帳携帯・提示義務は,一部の例外などの細かいルールも含めて規定がいくつかあります。
最初にルールをまとめておきます。

<『警察手帳』携帯・提示義務に関する法令>

あ 警察手帳規則(国家公安委員会規則)

ア 携帯義務(6条) 警察手帳は,常に携帯しなければならない
警視庁・都道府県警の一定の役職者の指定した場合は除く
イ 提示義務(5条) 警察官であることを示す必要があるときは,証票・記章を提示(呈示)しなければならない
『証票・記章』は警察手帳の一部である(別図1)

い 警視庁警察手帳規程

ア 携帯義務(4条) 警察官は,常に警察手帳を携帯しなければならない
ただし,所属長が,勤務の性質上携帯の必要がないと認めたとき又は勤務外において携帯が適当でないと認めたときは,この限りでない
イ 提示義務(5条) 職務の執行に当たり,警察官であることを示す必要があるときは,本体を開いて証票及び記章を呈示し,身分を明らかにしなければならない

う 通達|警視庁警察手帳規程の運用について

『警察官であることを示す必要があるとき』とは,職務の執行に当たり,相手方から身分証の呈示を求められたとき,又はあらかじめ相手方に警察官であることを知らしめる必要があるときをいう
※『第2』『3 警察手帳の呈示(第5条関係)』

上記ルールのうち『警察手帳規則』は全国共通ルールです。
『警視庁警察手帳規程』とそれに関する通達は『東京都(警視庁)』のルールです。
とは言っても,各都道府県でほぼ『横並び』で,同様のルールがあります。
ここでは都道府県の代表として東京都(警視庁)のルールを元に説明します。

2 制服・パトカーがあっても提示義務あり|吉本興業・松竹芸能かもしれない

警察官が『制服を着ている』とか『パトカーに乗っている』場合は身分証がなくても警察官と分かる,という発想もありましょう。
しかし,このような場合でも,警察手帳の提示義務,は免除されません。
警察官の制服やパトカーに見える衣装・自動車はレプリカも存在します。
実際に吉本興業の芸人は日本の警察官やアメリカンポリスの衣装を着たコントで国民を笑かしています(『料金所』1992年)。
とにかく,制服/私服,とか,パトカーの覆面/ノーマル,ということは『警察手帳提示義務』の免除の理由にはならないのです。
提示義務の例外はないわけではないですが,非常に限定的に考えられています。

3 警察手帳の提示義務は『職務質問や捜査の対象者』の要求で生じる|逆職質は対象外

警察官には,一般市民に『警察手帳を見せろ』と言われたら無条件に提示する義務がある,というわけではありません。
上記の法令を元にしてまとめると次のようになります。

<警察手帳提示要求に応じる義務がある場面>

あ 提示要求に応じる義務

職務の執行中に対象者から警察手帳提示を求められた場合

い 提示義務が生じる『提示要求』の範囲

ア 職務質問を受けた者イ 逮捕する場合の対象者(逮捕者)ウ 任意捜査の一環としての『聞き込み』(質問)を受けた者エ 捜索・差押などの強制捜査の対象者・関係者

職務執行の『対象』にもなっていない者,は,これに該当しないと解釈される可能性が高いです。
要するに,警察官の仕事とは無関係の『通りがかりの市民』が警察官に『質問』する,という場合は対象外となる傾向です。
もちろん,『法的な提示義務』とは別に『全体の奉仕者』として自ら身分を明かす,ということは好ましいです。
警察官も公務員一般の地位として『国民全体への奉仕者』という立場があるのです(日本国憲法15条2項)。

4 警察手帳の携帯・提示義務は例外がある|警察救済的判例

(1)警察手帳の携帯・提示義務の例外を判断した判例

上記のとおり,警察手帳の携帯・提示義務には一定の例外が規定されています。
この『携帯義務の例外』については,警視庁の規程類では非常に限定された解釈が示されています。
ただし,警視庁の規程は,『警察内部のルール』です。
対国民という意味で,直接適用されるわけではありません。
まさにこの『対国民としての警察手帳携帯義務』について判断された判例があります。

<佐賀地裁武雄支部平成19年3月28日(未確定)>

あ 事案

当時中学生(15歳)だった少女Aが,午後7時頃,習字教室から自転車で自宅に帰宅していた
私服の県警巡査部長が,自家用車を運転中,人けのない夜道で,少女Aに遭遇した
巡査部長は,少女Aに対し,職務質問のつもりで話しかけた
少女Aは『変質者だ!殺される!』と思って逃走した
巡査部長は少女Aを自動車で追跡した
少女Aは公民館に逃げ込んで事なきを得た
その後,少女Aからは恐怖心が消えず,不登校となった
そして,心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された

い 訴訟での少女A側の主張

少女A側は佐賀県に対し,慰謝料を求める訴訟を提起した
職務質問には適正な身分告知・身分証(警察手帳)提示がなかった→違法である

い 裁判所の判断

駐在所勤務は,公務と私生活が接着している,という特殊性がある
そこで,警察手帳の携帯や制服着用の義務については柔軟に解釈される
本件の職務質問の方法・態様には違法性がない
→慰謝料請求を棄却した

この判決では『説諭』として,県警側への付随的なコメントがなされた。

<職務質問の方法改善への裁判官の『説諭』>

あ 『説諭』内容

『本件を1つの糧として将来の地域警察活動において同様の事態が生ずることのないよう,十分な検討が望まれる』

い 裁判官の暗黙のメッセージ

『県警を救済したけど,職務質問の方法を追認したわけではない』
→控訴審で覆る可能性を示唆している

『説諭』は,刑事訴訟法規則221条の『訓戒』のことです。
ところでこの訴訟は民事訴訟です。
民事訴訟法やその規則には『訓戒(説諭)』の条項はありません。
この訴訟の『説諭』は,非常にレアなコメントだったのです。
要するにという裁判官のエクスキューズと言えましょう。

(2)控訴審における『警察が譲歩した和解』

この判決後,当然,少女A側は納得できるはずがありません。
少女A側は,福岡高裁に控訴しました。
控訴審では,県警側も譲歩し『見舞金30万円を支払う』和解が成立しています。
地裁裁判官の『説諭』が効いたとも言えます。
結局,控訴審は判決が示されずに終わりました。
そのため,『警察手帳携帯・提示義務』についての,高裁による理論的な公的判断はなされないままとなりました。

5 職務中の警察官の撮影は原則OKだが『肖像権なし』ではない

警察官はその職務の性格から『反発的・対立的な態度』の者と接触することも多いです。
あるいは『悪ふざけ』の対象とされることもありましょう。
最近ではITテクノロジーの進化に伴い,スマートフォンなどで『撮影される』ことも頻発します。
この場合は,肖像権侵害として止めることはできない,というのが原則です。
ただし,『警察官には肖像権がない』という意味ではありません。
詳しくはこちら|肖像権の受忍限度の判断例|警察官の撮影

6 警察官には『法律の専門家』という高レベルの法知識・理性的対応が求められる

警察官は,市民の安全・治安を守るという使命感を持って,危険性の高い業務でも勇敢に,日常的に遂行しています。
その一方で『適法性』については常に高い水準が要求される,過酷・デリケートな側面もあります。
犯罪者の逮捕や捜索・差押という強制捜査が典型です。
それだけではなく ,一般市民から『敵対的対応』をされることも多いです。
『不合理な態度』で接触された時でも,警察官は『理性的』な対応が求められます。
『感情的』『挑発に乗る』というのはあってはならないことです。
また,『理性的対応』の前提として,高いレベルの法知識を持っていることが必須です。
リアルタイムで強烈・直接的な人権制約行為を執行する,という重大な役割を担っているのです。
少なくとも刑事的分野の法律については『法律の専門家』という性格をしっかりと認識して欲しいと思う所存です。

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