【医師・歯科医師の行政処分|戒告・医業停止・免許取消|異議申立・取消訴訟】
1 医師・歯科医師に対するペナルティ|行政処分その他の対応全体像
2 医師の行政処分|手続全体の流れ
3 医師に対する行政的ペナルティ|行政処分・行政指導|全体像
4 医師の行政処分|事由(違法・不当行為)|典型例
5 行政処分権者は『厚生労働大臣』だが,実質的には『医道審議会』の審理が重要
6 不当な行政処分=軽減が不十分となるパターン|対応における着目点
7 医師の行政処分に対する救済手段|異議申立・取消訴訟|違いのまとめ
8 医師の行政処分に対する『異議申立』
9 医師の行政処分に対する『取消訴訟』
1 医師・歯科医師に対するペナルティ|行政処分その他の対応全体像
医師や歯科医師が違法・不当な行為を行った場合,『行政的なペナルティ(責任)』があります。
法的には『行政処分』という手続です(最高裁昭和39年10月29日)。
医師が行政処分の対象とされた場合,しっかりと対応して『軽減』を図り,また,診療所や勤務の維持なども同時に配慮する必要があります。
さらに,『免許取消』については,事後的な状況変化を元に『再免許』を受ける手続もあります。
また病院・医院経営者が『医業停止』『免許取消』となった場合には,病院の運営自体が継続できない,とは限りません。
医療法人など,組織としての一定の手続・工夫により病院の運営を継続する方法もあります。
また,行政処分と並行して行われる=配慮が必要な手続も生じることがあります。
このような対応すべき事項をまとめます。
<医師・歯科医師の行政処分+α|対応全般>
あ 刑事手続としての対応
い 民事的損害賠償訴訟・交渉の対応(医療ミス)
う 行政処分本体(医師免許関連)での主張・立証
行政機関・医道審議会の手続に関する対応
え 行政処分(健康保険関連)での主張・立証
保険医療機関指定取消・保険医登録取消に関する処分への対応
お (事後的救済手段)異議申立・取消訴訟
か (免許取消の場合)再免許申請
き (医業停止・免許取消の場合)再教育研修
く (開業医)診療所運営の継続
『閉鎖命令』『理事欠格』対応・『管理者』変更
け (勤務医)勤務先病院への勤務維持
こ 医業停止中の『別件立件』防止
さ 病院・診療所の閉鎖命令などへの対応
し 医師会・歯科医師会の懲戒処分対応
それぞれは別に説明します。
まずは,『行政処分』の手続・制度の全体像や基本的事項から説明します。
なお,多くのルールは医師・歯科医師で共通です。
以下,原則的に『医師』と表記します。
2 医師の行政処分|手続全体の流れ
最初に行政処分全体の流れをまとめます。
<医師の行政処分|手続全体の流れ>
あ 事件・事故の発生
↓
い 捜査機関|刑事手続(捜査→起訴→公判or略式手続→判決
↓
う 厚生労働大臣|事件・事故の把握
↓
え 医師→都道府県→厚生労働省|行政処分対象事案報告書の提出
↓
お 厚生労働大臣|処分区分(手続の種類)の決定
↓
か 処分対象者→知事|意見・弁明聴取手続(事前通知→聴取期日)
意見陳述の機会
↓
き 知事など|調書・聴取書・報告書の作成
知事→厚生労働大臣|報告書の提出
↓
く 医道審議会|審議→答申内容決定(答申書作成)
↓
け 厚生労働大臣|行政処分or行政指導
戒告・医業停止・免許取消・不処分のいずれか
『不処分』の場合は『行政指導』がなされる
3 医師に対する行政的ペナルティ|行政処分・行政指導|全体像
まずは,医師に対する行政処分の基本的事項から説明します。
ペナルティ内容の種類は法律上決まっています。
<医師・歯科医師に対する行政的ペナルティ>
あ 行政処分
正式・本格的な処分であり,3種類がある(後述)
い 行政指導
『行政処分』に満たない処分
俗に言う『厳重注意』と言える
<医師・歯科医師に対する行政処分の種類>
あ 戒告
違法・不当行為を『戒める』こと
いわゆる『厳重注意』と言える
い 医業停止・歯科医業停止
医療サービス業務を一定期間停止するもの
停止期間は3年以内とされる
う 免許取消
医師・歯科医師の『免許』を取り消すもの
要するに医師・歯科医師の『資格剥奪』である
ただし『再免許』制度もある
※医師法7条2項,歯科医師法7条2項
『戒告』はともかく,それ以外は医療という仕事ができなくなる,という非常に重いペナルティです。
このペナルティ=行政処分を判断するのは厚生労働大臣です(医師法7条2項,歯科医師法7条2項)。
実際には審査の一部は『医道審議会』に『下請け』に出されます(後述)。
4 医師の行政処分|事由(違法・不当行為)|典型例
(1)医師の行政処分|法律上の対象『事由』
法律上,医師・歯科医師に対する行政処分の対象行為として,6つの事由が明記されています。
<医師・歯科医師の行政処分の事由>
あ 被後見人・被保佐人となった
い 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない
う 麻薬・大麻・あへんの中毒者となった
え 罰金以上の刑に処せられた
お 医事に関し,犯罪or不正行為があった
か 医師・歯科医師としての『品位を損するような行為』があった
※医師法3条,4条,7条,歯科医師法3条,4条,7条
(2)医師に対する行政処分の典型例
法律上は,医師の行政処分の事由が明記されていますが,実際のケースはある程度決まったものが多いです。
<医師に対する行政処分の典型例>
あ 医療ミス
い 医療中の意図的不当行為
金銭的な犯罪,猥褻系の犯罪など
う 診療報酬不正受給
事情によっては『詐欺罪』として犯罪に該当することもある
え 業務以外(私生活)での不当行為
『医師』という立場と直接関係ない犯罪行為など
(3)刑事裁判と行政処分の2つの手続の前後関係
当然,行政処分は『重い』ペナルティと言えます。
逆に言えば,『重大な違法・不当行為』が前提となります。
実際には『犯罪』に該当する行為が,同時に行政処分の対象にもなる,ということが多いです。
例えば,医療ミスについては,軽度なもの以外は,刑事裁判で業務上過失致死傷罪とります。
そうすると『行政処分の事由』のうち『罰金以上の刑に処せられた』に該当します。
具体的には,刑事裁判の判決が確定した段階で,その後に行政処分の審理が行われる,というのが通常なのです。
刑事裁判の手続の後であれば,既に証拠が集められ,その確認まで終わっています。
行政処分の検討・審理がやりやすいのです。
仮に刑事裁判と行政処分の審理が『並行』となると,『同じ内容の審査が重複』することになり,不合理です。
とは言っても,必ず『刑事裁判が終わるまで行政処分は待機』とは限りません。
医療ミスの『頻度が高い』というような特殊事情があると『医事に関する不正行為』として『行政処分先行』とされることもあります。
5 行政処分権者は『厚生労働大臣』だが,実質的には『医道審議会』の審理が重要
行政処分の判断権者は『厚生労働大臣』となっています。
しかし,審査の一部は『医道審議会』が行ないます。
実質的には『医道審議会』の審議段階で『処分内容が決まる』と言えます。
実際に処分対象とされた医師・歯科医師にとっては『処分結果』に直接的に関与できる最も大きなプロセスです。
効果的な対応をするためには,まずは,実質的な審査・決定を行う『医道審議会』の構成を把握することが肝要です。
<医道審議会の構成>
あ 設置の法的根拠
厚生労働省設置法10条に基づき設置される
8つの分科会によって構成される(医道審議会令)
い 医師・歯科医師の行政処分の所管
医道分科会
う 医道分科会の行政処分の審議
行政処分・再免許の妥当性についての審議
毎年2回(3月・9月頃)会議を開催している
<行政処分のプロセス|医道審議会の関わり>
あ 医道審議会の意見
厚生労働大臣は,行政処分を行う前に『医道審議会』の意見を聴く
※医師法7条4項,歯科医師法7条4項
い 医道審議会の審理プロセス|『医道審議会の答申』
処分の対象となる事実について対象医師側に,『意見陳述の機会』が与えられる
医道審議会は『意見陳述』を踏まえて厚生労働大臣への答申内容を決定する
このように『医道審議会』は実質的な医師の行政処分の『内容の判断・決定』を行っています。
刑事訴訟の用語で言うと『量刑』と言えます。
当然『量刑』は公平・公正である必要があります。
そこで,医道審議会では,『量刑相場』にあたる『目安』を公表しています。
これは別に説明しています。
詳しくはこちら|医師の行政処分|医道審議会が公表した『量刑の目安』
実際の手続においては,処分を受ける医師側としては,この『目安』と,過去の処分事例をしっかりと提示・主張することが重要です。
当然,結論に影響が生じます。
6 不当な行政処分=軽減が不十分となるパターン|対応における着目点
一定の違法・不当行為に対してペナルティが加えられるのは当然です。
しかし,実際のケースでは『不当な処分』が課せられることもあります。
『不当な処分』は,次の2つの種類に分けられます。
<医師に対する行政処分|不当・軽減が不十分のパターン>
あ 『不正行為』『品位を損ねる行為』に該当しない
この2つの『行政処分事由』は,評価・価値観に大きく左右される
い 処分内容が『過剰に重い』
例;『戒告』相当の行為に対して『医業停止』や『免許取消』が課された
『不当な処分』は,一連の手続の最初からしっかりした対応を行ない,未然に防止すべきです。
提出・主張する事情・資料によって大きく結果が異なるということはあり得ます。
詳しくはこちら|医師の違法・不正行為に関する弁護士のサポート|行政処分やその他の手続
また,『不当な処分』がなされた後に,再度の審理を求める不服申立の手続もあります。
異議申立や処分取消訴訟です。
7 医師の行政処分に対する救済手段|異議申立・取消訴訟|違いのまとめ
(1)救済手段の種類|異議申立・取消訴訟
医師に対する行政処分は医療業務自体を強制的に止める強い効果を持っています。
審査・判断内容が適正・妥当ではない,ということも生じます。
そこで,再度の審査を受ける救済手続が用意されています。
『医師の行政処分』に対する救済手続は,2つの手続があります。
<医師に対する行政処分への救済手段の種類>
不服申立の手続 | 申立先 | 『弁明』を経た処分 | 『意見聴取』を経た処分 |
異議申立 | 厚生労働大臣 | ◯ | ☓ |
処分取消訴訟提起 | 裁判所 | ◯ | ◯ |
既に行われた行政処分の際に『弁明』か『意見聴取』を経ているはずです。
このいずれかによって,利用できる手続が異なるのです。
『弁明』を経た手続は『いずれも可能』です。
順序は決められておらず,『同時』に申し立てることも可能です。
『意見聴取』を経た手続は『取消訴訟のみ可能』です。
(2)異議申立と取消訴訟との違い
『異議申立』と『処分取消訴訟』は,いくつか違いがあります。
『意見聴取』を経た行政処分の場合は『処分取消訴訟』だけしか選択肢がありません。
『弁明』を経た処分については両方が選べます(行政事件訴訟法8条1項)。
選択やそのタイミングについて,最適な判断をすることが『有利な結果』につながります。
ここでは2つの手続の違いを整理しておきます。
<医師の行政処分に対する『異議申立/処分取消訴訟』の違い>
相違点 | 異議申立 | 処分取消訴訟 |
審査する機関 | 厚生労働大臣 | 裁判所 |
是正対象 | 処分の違法性・不当性 | 処分の違法性のみ |
公正・透明性 | △ | ◯ |
要するコスト(費用・時間など) | 小 | 大 |
対象となる行政処分 | 『意見聴取』経由事案は☓ | 制限なし |
2つの手続の詳しい内容については次に説明します。
8 医師の行政処分に対する『異議申立』
医師への行政処分がなされた場合『厚生労働大臣に対する異議申立』の手続が取れます。
<医師の行政処分に対する『異議申立』>
あ 申立期限
処分があったことを知った日の翌日から60日以内
※行政不服審査法45条
い 申立・審理の方式
ア 申立
書面で申し立てる
※行政不服審査法9条
イ 審理
審理は書面が原則
例外;異議申立人からの申立により『口頭での意見陳述の機会』が得られる
※行政不服審査法48条,25条1項
う 行政処分の効力の停止
原則=停止されない
例外;『執行停止の申立』が認容された場合
※行政不服審査法48条,34条1,3項
え 判断結果|『決定』
厚生労働大臣が『決定』を行う
ア 認容決定
行政処分が違法・不当であり,行政処分を取り消す
イ 棄却決定
行政処分は適法・妥当であり,行政処分を維持する
『不利益変更禁止の原則』により『さらに不利になる』ことはない
※40条5項,47条3項
なお行政不服申立の手続としては『異議申立』以外に『審査請求』という手続もあります。
ただ,医師の行政処分については,元の処分庁『厚生労働大臣』に『その上級処分庁』がないので『審査請求』は利用できません。
<行政不服申立手続の種類|参考>
手続の種類 | 申立先 |
異議申立 | 処分庁 |
審査請求 | 上級行政庁(処分庁以外の行政庁) |
※行政不服審査法5条1項1号但書,6条2号
9 医師の行政処分に対する『取消訴訟』
医師への行政処分に対しては『処分取消訴訟』を提起する方法もあります。
行政手続の是正を求める訴訟を『行政訴訟』(行政事件訴訟)と言います。
行政訴訟の中にもいくつか種類がありますが『取消訴訟』(行政処分の取消を求める訴訟)は一般的なものです(行政事件訴訟法2条,3条2項)。
<医師の行政処分に対する『処分取消訴訟』>
あ 出訴期間
処分があったことを知った日から6か月
※行政事件訴訟法14条1項
い 審理手続
口頭弁論期日や弁論準備期日が開催される
※行政事件訴訟法7条,民事訴訟法133条1項,148条〜
う 行政処分の効力の停止
ア 原則
提訴しても行政処分の効力は停止されない
※行政事件訴訟法25条1項
イ 例外;執行停止手続
執行停止の申立を行ない,これが認容された場合
※行政事件訴訟法25条2項
え 判断結果|判決言渡
ア 認容判決
行政処分が違法であり,取り消す
イ 棄却判決
行政処分が適法であり,維持する