【告訴・告発の基本|受理の拒否・民事不介入|不当な拒否に注意】
1 告訴・告発・被害届の基本|違い・提出方法
(1)告訴・告発・被害届の基本的内容
ある行為が『犯罪』だと思った時に、警察に届ける手続があります。
法律的に正式な手続として種類が分かれています。
これをまとめます。
告訴・告発・被害届の基本事項
あ 共通事項
犯罪の疑惑(犯罪事実)を捜査機関に申告するもの
い 違うところ=申告する者
手続 告訴 告発 被害届 申告する者 被害者 被害者以外 区別なし 処罰意思 あり あり 含まれない 根拠 刑事訴訟法法230条 刑事訴訟法239条1項 犯罪捜査規範61条1項
告訴・告発は犯人の処罰を求める意思表示が含まれます。
処罰を求める意思表示が含まれない申告、つまり、単なる犯罪事実の申告は、被害届と分類されます。
告訴・告発の要件と条文
あ 要件の内容
特にない
ただし、不当なものは『虚偽告訴罪』に該当するリスクがある(後述)
い 条文
条文内容 刑事訴訟法 犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる 230条 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発することができる 239条1項
(2)告訴・告発の受理機関
告訴・告発の受理機関
あ 条文上の規定
検察官又は司法警察員
い 司法警察員の意味
定義 司法警察活動に関する特別権限を付与された司法警察職員
一般的な階級 巡査部長(俗称ハコ長)以上の者(原則)
実際には、告訴・告発後の捜査機関による『捜査』がスムーズになるように配慮すると良いです。
現実的な告訴・告発の提出先(概要)
あ 基本
犯罪発生地or犯人の所在地を管轄する『警察署or検察庁』
い 警察と検察の選択
事案内容
提出先
通常(原則)
警察署
贈収賄・特別背任など(直告)
検察庁
詳しくはこちら|告訴(申告相談)先の選択(警察・検察のどちらが適切か)
要するに『当初の捜査の中心が警察か検察か』で分けると、その後の流れがスムーズになるのです。
(3)告訴・告発の方式|法律上口頭も可能だが、使われない
条文上、告訴・告発は『口頭又は書面』とされています(刑事訴訟法241条)。
『口頭』も可能となっているのです。
しかし『口頭』だと、正確性・漏れが生じるという点で、提出する方・される方の両方にとって不利益です。
そこで、実務上は『口頭』は使われず、書面による方法が取られています。
『告訴状』『告発状』というタイトルにするのが通常です。
ところで、捜査機関は被害者から事情を聴取し、供述調書を作成しています。
供述調書の中で『処罰の意思表示』を記載することもあります。
これを『告訴』として扱う場合は『口頭』で『告訴』を聴取したことになります。
(4)告訴状・告発状の内容・添付資料
告訴・告発の目的は『捜査の実施やその後の刑事責任追及のプロセス』です。
そこで、告訴状・告発状の提出では『捜査に役立つ』工夫をするとベターです。
告訴状・告発状の内容・添付資料など
あ 記載内容
捜査に役立つ事実を簡潔明確に記載する
ア 事務的事項(作成者・日付・提出先)イ 犯人(被告訴人・被告発人)の特定ウ 事件の発生日時・場所エ 事件の経緯・背景
い 資料・証拠添付
捜査に役立つ証拠を提出する
う 提出後の対応
捜査機関からの照会・呼び出しにはスピーディーに応じる
2 告訴・告発の手続における効果|捜査の開始・処分結果通知・検察審査会への申立権
(1)告訴人・告発人の保護
告訴・告発を行うと、行った者は、手続への一定の関与・参加が認められることになります。
『処罰を求める』者としての『保護』とも言えます。
告訴・告発後の手続|告訴人・告発人の保護
詳しくはこちら|不起訴処分に対して検察審査会の審査申立ができる
(2)告訴・告発を受理すると警察に『捜査→処理義務』が生じる
刑事訴訟法上、告訴・告発を受理すると、その後は捜査を開始することになります。
警察官の判断で捜査を『しない』とか『中止』『うやむや』にはできなくなるのです。
最終的な判断(終局処分)としては『起訴・不起訴・微罪処分』の3つしかないのです。
微罪処分はごく例外的な選択肢です。
いずれにしても、すべてにおいて、『検察官の判断』が必要なのです(刑事訴訟法242条、261条)。
検察庁内部では、全件について上司の検察官(検事正や3席)の決裁が必要とされています。
また、『起訴』の場合は、起訴状の表記の確認は慎重に行ないます。
庁舎内の小さな部屋で、形式的な事実表記・証拠との整合性だけを行っている『チェックマン』を経るのが通常です。
検察は組織としての結束が重要とされているのです。
検察『官』というネーミングで『裁判官』と似ていますが、大きく異なるのです(裁判官の独立;憲法76条3項)。
3 告訴・告発の実情(事実上の受理の拒否)
(1)捜査する義務や犯罪を阻止する義務(概要)
告訴や告発があった場合に警察や検察(捜査機関)が法的に捜査をする義務があるか、という問題があります。これについては否定する見解が一般的です。しかし、捜査やその他の警察の対応で犯罪による被害を阻止できる状況では、犯罪を阻止する義務が認められることがあります。
正確には義務の有無というようりも、権限を行使しなかったことで国家賠償請求が認められるかどうか、という問題(判断)になります。これらについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|警察・検察が捜査をする義務(不履行の違法性)の基本
詳しくはこちら|警察が捜査などにより犯罪被害を阻止(防止)する義務(不履行の責任)
(2)『捜査義務』の反動としての『嫌がる』
警察や検察が告訴・告発を受理すると、捜査→終局処分の判断(上司決裁含む)という『大きな負担』が生じます。
捜査機関としては、より社会的に注目を集める案件・規模の大きい案件、を重視します。
特に特捜にとっては『社会の注目度』が、民間における『売上』に相当するのです。
売上向上に最適化したリソース配分がなされるベクトルが組織として生じるメカニズムがあります。
そこで、告訴・告発では『窓口での水際作戦』が展開されることがあります。
捜査機関が告訴・告発受理を嫌がる事情
(3)『金銭請求』の『脅し』として使われるのを嫌がる
警察が『民事的解決』で済ませて欲しい、というメッセージを発することは多いです。
警察が『民事』を意識して立件を嫌がるセリフ
ウ 『民事不介入』エ 『民事で解決してください』
具体的には、次のような状況が現実に存在するのです。
警察が金銭請求のツールに『見える』場面
あ 『刑事予告』型
金銭請求の交渉で『告訴を予告』する
い 『刑事と引き換え』型
金銭支払の和解の条件(条項)の1つとして『告訴取下』や『告訴しないこと』を盛り込む
4 刑事と民事の処理の並行
一般論として、『犯罪(刑事責任)』は、同時に『損害賠償義務(民事責任)』も生じることが多いです。
その意味で『刑事・民事の重複』の方が普通なのです。
『民事不介入』というのは、その意味でおかしいと言えます。
警察は、『責任追及する範囲を刑事責任に限定する』で足りるはずです。
とは言っても、終局処分(起訴・不起訴の選択)の判断で『被害弁償』が非常に重大な要素です。
警察・検察は捜査の中で、被疑者に『示談を勧める』ことは不可避的に出てきます。
起訴した後については、今度は裁判所が『示談を勧める』という現象・制度もあります
詳しくはこちら|刑事手続と損害賠償の関連|証拠・量刑への影響・被害者への通知制度
このような制度上・構造的な要因があり『捜査機関が金銭請求に使われる』という発想につながるのです。
そこで警察は『金銭請求のための脅しとして使われるのが嫌』という考えになりやすいのです。
なお、実務でも、損害賠償請求の交渉や訴訟と刑事告訴を並行して行うことは普通です。
しかし一般的には、告訴のような『適法な行為』が『脅し』となるわけではありません。
ただし、非常に極端・強烈な手法を取った行為が『恐喝罪』と判断された判例もあります。
詳しくはこちら|権利行使と脅迫罪・恐喝罪との区別(ユーザーユニオン事件)
5 伝統的な民事不介入の原則と見直しの傾向
もともと、民事不介入の原則は、警察の権限の濫用防止という趣旨の考え方です。ところで、警察は国民を守る使命を与えられています。濫用として警察が消極的になるとこの使命を果たせないことになります。
そこで近年では、警察の権限の濫用を強調することの方が問題であるという考え方が強くなりつつあります。
伝統的な民事不介入の原則と見直しの傾向
あ 伝統的な民事不介入の原則
伝統的には、警察の権限の濫用を防止するという見地から、警察は、みだりに私生活に介入すべきではないとされてきた
い 民事不介入の見直しの傾向
しかし、近時、国民の生命、身体等に差し迫った危険が発生しあるいは発生することが予想される場合には、警察としてはもはや消極的な傍観的な態度をとることは許されないとする見解が有力となっている
※永谷典雄稿『警察官の民事不介入と警察権限不行使』/『別冊判例タイムズ26 警察基本判例・実務200』判例タイムズ社2010年p543
※塩崎勤『警察権限の不行使』/村重慶一編『裁判実務大系(18)』青林書院1987年p381参照
6 告訴・告発|法的な(正式な)受理の拒否|明らかに『内容がない』告訴状
告訴・告発に対して、警察・検察はこれを受理することは当然です。
『嫌がる』という感情レベルではなく、理論的・法律的に『拒否できるのか』について説明します。
まず、一般論としては『受理する義務あり』と解釈されています。
告訴・告発を受理する義務
あ 一般的規律
警察・検察は告訴・告発を受理する義務がある
い 法的根拠・理由
ア 犯罪捜査規範63条1項
司法警察員(略)は、告訴、告発または自首(略)管轄区域内の事件であるかどうかを問わず(略)これを受理しなければならない
イ 告訴人・告発人の保護
仮に『拒否できる』とすると、告訴人・告発人の保護(前述)が無意味になる=不合理
※数学における『背理法』
ウ 判例
東京高裁昭和56年5月20日
次に、例外的に『受理を拒否できる』という場合も解釈上設定されています。
告訴・告発の受理義務の例外=拒否OK|例
なお『告訴を不受理』に対して『不受理の撤回』(処分取消)を求めた訴訟の判例もあります。
『告訴状の不受理』の撤回に関する判例
↓
取消訴訟の対象にならない
※さいたま地裁平成23年5月18日
これは『行政処分かどうか』という論点の判断です。
『受理義務の有無』ということとは別問題です。
参考として挙げておくという趣旨です。
7 告訴・告発に対する反撃|刑事・民事責任
不当な告訴・告発をされた、という場合には反撃が必要です。
刑事責任としては『虚偽告訴罪での告訴』が典型的な反撃です。
一方、民事責任として損害賠償請求、という方法もあります。
これらについては別記事で説明しています。
詳しくはこちら|告訴・告発への反撃|虚偽告訴罪・損害賠償請求|『虚偽』・違法性の解釈
本記事では、告訴・告発の手続や警察の対応の基本的事項を説明しました。
実際には個別的な事情によって法的な扱いが違ってきます。
実際に告訴や告発に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士により法律相談をご利用くださることをお勧めします。