【建物の瑕疵や火災による近隣の損害|工作物責任・失火責任法】
1 建物に関する近隣への物理的被害|法的責任の特殊性|工作物責任・失火責任法
2 土地工作物責任の基本(中間責任と無過失責任)
3 積雪が崩れ落ちて隣家に損害→『工作物責任』と認めた判例
4 火災による損害は責任軽減=重過失のみ責任発生|失火責任法
5 債務不履行責任への失火責任法の適用→責任軽減なし
6 監督義務者の責任×失火責任法→責任軽減あり
7 使用者責任×失火責任法→責任軽減なし
8 工作物責任×失火責任法→責任軽減の有無は統一された見解なし
9 国家賠償×失火責任法→責任軽減あり
1 建物に関する近隣への物理的被害|法的責任の特殊性|工作物責任・失火責任法
日本の住宅地は,通常『密接』している傾向が強いです。
『不動産』が原因となって,近隣に被害が生じることもあります。
そうすると『所有者』が責任を負うことにつながります。
<不動産所有者に責任が生じる典型例>
あ 建物の倒壊が原因(→土地工作物責任)
老朽化や地震・台風などによる
い 積雪が隣地に崩落
う 火災発生→延焼
第三者の放火やタバコの投げ捨てなどによる
居住中の住居でも『放置された空き家』でも,このような思わぬ事故が生じています。
法律の原則論では『故意・過失』があった場合には損害賠償責任を負います(民法709条)。
この点,建物に関する近隣への被害,については,特殊なルールがあります。
<建物・火災に関する責任の特殊な規定>
あ 土地工作物責任;民法717条
い 失火責任法
内容については順に説明します。
2 土地工作物責任の基本(中間責任と無過失責任)
『土地工作物』については『瑕疵』から生じた損害について,占有者・所有者が責任を負います。
建物は『土地工作物』の典型的なものの1つです(後述)。
『瑕疵』つまり欠陥があれば,『過失』がなくても所有者は責任を負います。
これは特殊なもので『無過失責任』と呼ばれるものです。
一方『占有者』については通常どおり『過失なし』であれば責任を負いません。
法律上の規定はちょっと複雑です。
土地工作物の責任の解釈や具体例について簡単にまとめます。
<土地の工作物の責任(概要)>
あ 条文規定(概要)
土地の工作物の管理の瑕疵によって生じた損害について
占有者と所有者は賠償責任を負う
※民法717条1項
詳しくはこちら|土地工作物責任の全体像(条文規定・登記との関係・共同責任)
い 『土地の工作物』の解釈(概要)
土地に接着して築造した設備
→建物,擁壁,建物の一部などが広く含まれる
詳しくはこちら|土地工作物責任の『土地の工作物』の解釈と具体例
う 『瑕疵』の解釈(概要)
管理の不備について広く含まれる
詳しくはこちら|土地工作物責任の『設置・保存の瑕疵』の解釈と具体例
3 積雪が崩れ落ちて隣家に損害→『工作物責任』と認めた判例
土地工作物責任の典型例は,建物の一部が隣地に崩れ落ちるようなケースです。
この点,積雪の崩落による隣家の被害についての判例があります。
気象現象を原因とするものなので,『積雪の崩落』は,原則的には『建物の瑕疵』には該当しません。
しかし特殊性があったので,結論として『瑕疵』と認めました。
<積雪が崩れ落ちたケース→工作物責任を認めた判例>
あ 事案
2階建て家屋の屋根から約73cm積雪が隣地に崩落した
隣家の柱が倒壊し,就寝していた次男が圧死し,家財が損壊した
い 裁判所の判断
建物所有者は,平屋の隣接家屋が近接していることを熟知していた
屋根の積雪が約73cmに達していることを知っていた
建物所有者は除雪をしなかった
雪崩防止の構造が脆弱であった
↓
『工作物の設置と保存の瑕疵』と認められる
損害賠償請求を認容した
※金沢地裁昭和32年3月11日
4 火災による損害は責任軽減=重過失のみ責任発生|失火責任法
(1)『火災』による損害→『軽過失』は免責|失火責任法
建物に関する近隣への被害としては『火災』が規模の大きいものの典型です。
特に日本には古くから木造家屋が多いです。
そこで,『延焼により被害が著しく広範囲に及ぶ』ことがよくあります。
『過失による責任』という原則論によると責任が過剰に重くなってしまいます。
そこで,失火責任法により修正が加えられています。
<失火責任法による責任の軽減>
失火(過失による火災)については『軽過失は免責』=『重過失のみ責任あり』
『過失』は『重い』と『軽い』の2段階に分けられるのです。
<『重過失』の意味>
通常要求される程度の注意すらしないでも,極めて容易に結果を予見できた
それにもかかわらず,これを漫然と見すごしたような場合
※最高裁昭和32年7月9日
このように『重過失』の判断においては,結果予見が容易だったのか,容易ではなかったのか,が重要です。
加害者の知識・技能によって判断が大きく違ってきます。
例えば消防士については『延焼の予見可能性が高い』→『重過失』が認められやすい,という傾向があります(盛岡地裁平成8年12月27日)。
(2)失火責任法により救済(責任免除)した判例
実際に,失火責任法の『責任軽減』の目的のとおりに『救済』された判例を紹介します。
<失火した者の責任を否定(救済)した判例>
あ さいたま地裁平成16年12月20日
加害者=一般の高齢女性
庭で枯葉を燃やして消火した(と思ったら)
その後,火が再燃して近隣建物を延焼した
→『重過失』否定
い 東京地裁平成7年5月17日
加害者=一般の民家住民
仏壇の蝋燭が倒れて失火した
→『重過失』否定
う 新潟地裁昭和53年5月22日
加害者=一般の民家住民
ガスストーブを燃焼させたまま就寝した
就寝中に掛布団がベッドからストーブ付近にずり落ちた
ストーブから火が掛布団に燃え移り,木造アパートが全焼した
→『重過失』否定
5 債務不履行責任への失火責任法の適用→責任軽減なし
損害賠償の法的な分類として,一般的な不法行為についてここまで説明してきました。
賠償責任のもう1つの種類として債務不履行責任があります。これは,取引・契約の関係がある場合の義務違反についての責任です。
建物の賃貸借契約において,賃借人が火災を起こしてしまった場合,債務不履行責任が問題となりますが,これについては失火責任法は適用されません。軽過失であっても責任が発生します。
<債務不履行責任への失火責任法の適用→責任軽減なし>
あ 失火責任法の適用の有無
債務不履行による損害賠償については 失火責任法の適用はない
→軽過失であっても賠償責任が発生する
い 事案
賃借人の失火により,賃貸中の家屋が焼失した
賃貸人が賃借人に対し,賃貸借契約上の家屋返還義務の履行不能による損害賠償を請求した
う 結論
少なくとも軽過失は認められる
裁判所は,焼失当時の家屋の時価相当額につき賃貸人の賠償請求を認めた
※最判昭和30年3月25日
6 監督義務者の責任×失火責任法→責任軽減あり
例えば,幼児の行為によって損害が生じた場合,親権者が責任を負います。
『責任無能力者の監督責任者』の責任です(民法714条)。
監督責任と『失火責任法』の適用の関係について判断した判例を紹介します。
<監督義務者の責任×失火責任法→責任軽減あり|判例>
あ 結論(裁判所の判断)
責任無能力者の監督者責任に失火責任法は適用される
『監督』について重過失がある場合のみ,責任が生じる
※最高裁平成7年1月24日
い 『責任無能力者』の判断
概ね12歳未満
詳しくはこちら|子供の年齢と,子供,親権者の賠償責任の対応表
う 具体的典型例
幼児が誤ってストーブを倒して,火災が発生した
7 使用者責任×失火責任法→責任軽減なし
雇用している従業員によって損害が生じた場合,雇用主(使用者)が責任を負います。
『使用者責任』です(民法715条)。
使用者責任と『失火責任法』の適用の関係について判断した判例を紹介します。
<使用者責任×失火責任法→責任軽減なし|判例>
あ 結論(裁判所の判断)
使用者責任には失火責任法は適用されない
→『選任・監督』に『軽過失』があれば責任を負う
※最高裁昭和42年6月30日
※大判大正2年2月5日
い 具体例
従業員が仕事中に不注意で火災を起こしてしまった
8 工作物責任×失火責任法→責任軽減の有無は統一された見解なし
被害の大きな火災,とは,ほぼすべて建物などの『土地の工作物』が燃えたケースです。
『土地の工作物』については,『瑕疵』によって発生した責任について,特別な規定があります。
工作物責任,という所有者に重い『無過失責任』を負わせるものです。
一方で失火責任法は責任を軽減する規定です。
ここで,工作物責任と失火責任法との関係が問題になります。
判例・学説ともに多くの見解があり,統一された状態にありません。
判例をまとめます。
<工作物責任×失火責任法|見解のバラエティ|判例>
あ 失火責任法適用説
失火責任法が適用される
民法717条の適用はない
※大判明40年3月25日
※大判大4年10月20日
い 失火責任法はめこみ説
工作物の『設置・保存』に『重過失』ある場合のみ責任発生
※大判昭和7年4月11日
※大判昭和8年5月16日
※大阪高裁昭和44年11月27日
う 工作物責任適用説
失火責任法は適用されない
工作物責任のみが適用される
→『所有者』については無過失責任
※東京高裁昭和31年2月28日
※東京地裁昭和45年12月4日
※東京高裁平成3年11月26日
※東京地裁平成5年7月26日
※東京地判昭和35年5月11日
※大阪地判昭和50年3月20日
※東京地判昭和55年4月25日
※京都地判昭和59年10月12日
※那覇地判平成19年3月14日
え 延焼部分のみ失火責任法適用説
『損害』を2つに分類する
ア 工作物から直接生じた火災による損害→工作物責任適用イ 延焼部分→失火責任法『適用』
※東京地裁昭和38年6月18日
※仙台地判昭和45年6月3日
※東京地判昭和40年12月22日(明言していない)
※仙台高秋田支判昭和41年11月9日(明言していない)
※新潟地判昭和58年6月21日
お 延焼部分のみ失火責任法はめこみ説
『損害』を2つに分類する
ア 工作物から直接生じた火災による損害→工作物責任適用イ 延焼部分→失火責任法はめこみ(『い』同様)
※横浜地判平成3年3月25日
※東京地判昭和43年2月21日
※東京地判昭38年6月18日
か 『危険』ではない工作物のみ失火責任法適用説
『工作物』の有する危険性によって2つに分類する
ア 危険工作物→工作物責任適用
↑工作物自体が,火気を発生する等火災予防上特に著しい危険性を持つもの
イ 通常工作物→失火責任法『適用』
※東京高判昭和58年5月31日
※東京地判昭和45年12月4日(ほぼ同様)
このように,判例の見解は確定していません。
ただ,実務上はむしろ『過失』の評価・判定も重要です。
当然『過失』の評価と『法律が設定する過失の程度』は考慮事項として実質的に重複してきます。
『法律的な理論だけで責任の有無が決まる』というわけではないのです。
<参考情報>
判例民法8 不法行為2 p321
9 国家賠償×失火責任法→責任軽減あり
火災を起こしてしまった者が『職務中の公務員』であった場合,国家賠償責任が問題となります。
失火責任法との関係についての判例を紹介します。
<国家賠償責任×失火責任法→責任軽減あり|判例>
あ 結論(裁判所の判断)
失火の加害者=公務員,に『重過失』がある場合のみ責任が生じる
→公務員が『軽過失』の場合は国家賠償責任は生じない
※最高裁昭和53年7月17日
い 具体例
公務員が仕事中に不注意で火災を起こしてしまった
本記事では,建物の瑕疵や失火による損害賠償責任について説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に建物に関する賠償責任の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。