【『占有』概念の基本(判断基準や対象物のバラエティ)】

1 「占有」概念の基本

民事・刑事のどちらでも、多くの場面で「占有」の有無が問題となります。
本記事では、「占有」の有無を判断する基準や「占有」の具体例といった、「占有」の基本的事項を説明します。

2 占有権の基本的な規定(民法180条)

民法180条は占有権の取得を規定しています。これは「占有」に関する基本的な規定です。まずは条文を押さえます。

占有権の基本的な規定(民法180条)

(占有権の取得)
第百八十条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
※民法180条

3 占有(所持)の対象

占有(権)の対象(客体)となるのは、有体物です。物の一部(構成部分)も占有の対象となります。このことは、一般的な物権の対象(客体)の考え方とは少し違うともいえます。

占有(所持)の対象

あ 原則

所持(占有)の対象は「物」すなわち有体物(民法85条)に限定される
※小粥太郎編『新注釈民法(5)物権(12)』有斐閣2020年p16

い 物の一部の占有を認める学説

物の一部であっても事実上支配することができる限り、占有の目的とすることができる
※小粥太郎編『新注釈民法(5)物権(12)』有斐閣2020年p16

う 物の一部の占有を認める判例

不動産の非独立的な構成部分について占有があるというためには、その部分が特定しているだけでなく、その部分につき客観的外部的な事実支配があることを要するものと解すべき・・・
※最判昭和59年1月27日

え 土地の一部の占有を認めた判例(※3)

1筆の土地の一部についても占有が成立する
※大連判大正13年10月7日

お 物権の客体との比較

原則として物の一部(構成部分)は物権の対象とはならない
詳しくはこちら|物権の客体の適格性(要件)の中の「独立性」
占有(権)と一般的な物権の性質の違いが現れているといえる

4 物の「所持」の意味

民法180条が示す占有の取得の要件として「所持」という概念(用語)が規定されています。
この「所持」の意味は、事実上の支配であると解釈されています。民法180条には、「自己のために(所持)する意思」という言葉もありますが、これは大雑把にいえば例外的なものを除外する程度のものです。つまり、「所持」と「占有」は原則的にイコールだといえます。

物の「所持」の意味(※1)

あ 平成18年判例

所持とは、社会通念上、その物がその人の事実的支配に属するものというべき客観的関係にあることをいう
※最判平成18年2月21日

い 昭和15年判例

所持とは、人が物について事実上の支配をしていることが社会通念上認められるような人と物との事実的関係をいう
※大判昭和15年10月24日

5 「所持」(占有)の判断の枠組み

「所持」(占有)とは、事実的支配がある状態のことです(前述)。実際には、ある状態が事実的支配があるといえるかの判断が問題となることが多いです。
これについて明快な判断基準というものはありません。
物理的状況だけで判断するのではなく、社会的評価、社会的規範、社会通念によって判断する、ということは学説や裁判例が一致しています。

「所持」(占有)の判断の枠組み

あ 学説

所持の有無は、物に対する物理的支配の有無によって決定されるのでなく、人対物の関係に対する社会的評価によって決定される
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p14

い 昭和39年熊本地判

所持は社会的に認められている対物関係であると考えられているところ、その社会通念を生む社会そのものは既に法による秩序づけをうけているものであるから、社会通念からして事実上の支配であると認められるということは、社会規範的に意味があるところの生活現象のなかでこれを捉えていかねばならない
※熊本地判昭和39年12月23日

う 昭和34年大阪 

物に対する事実上の支配関係の存在は結局、場所的関係、時間的関係、法律関係、支配意思の存在等を考慮し、社会通念によりこれを定むべきである
※大阪高決昭和34年8月27日

6 事実的支配の判断の具体例

占有とは、事実的支配であり、これを判断するには社会的評価を用います(前述)。
これだけだと非常に抽象的です。判断の具体例を紹介します。
まず、動産を手で掴む状態は事実的支配といえるでしょうけれど、では、手を離したら事実的支配の範囲外になるかというとそうではありません。
また、郵便受けに投函された手紙のように、(居住者が)対象物を認識していない状態でも、支配領域内に対象物があることにより事実的支配が認められることもあります。
このように、事実的支配というのはとても抽象的な概念です。

事実的支配の判断の具体例

あ 所持(占有)の意味(前提)

物がある者の事実的支配内にあると社会通念上認められる客観的関係があればよい(前記※1

い 把持の要否

(所持が認められるためには)
動産であってもこれを手で把持している必要はない
※舟橋諄一『物権法 法律学全集(18)物権法』有斐閣p279
※末川博『物権法』日本評論新社p188

う 認識の要否→不要

(注・「所持」が認められるためには)
社会通念上その支配の範囲内にあると認められればよく、具体的な物について認識している必要はない(郵便受けに配達された郵便など)。
※平野裕之稿/能見善久ほか編『論点体系 判例民法2 第3版』第一法規2019年p114

7 占有(移転)が関係する規定や状況

ここまでで、民法180条を出発点として、占有の意味や判断基準を説明しました。
ところで占有や、占有の移転(引渡)は、いろいろな場面で登場します。
占有が関係する民事・刑事の規定(制度)や状況を整理します。

占有(移転)が関係する規定や状況

あ 占有が関係する規定(※2)

占有権の取得(占有訴権) 民法180条 強制執行(仮処分)の第三者異議の基礎にある占有権の成立要件 民事執行法38条 物権的返還請求権の被告適格 占有物の果実の帰属 民法189条、190条 占有者による損害賠償 民法191条 占有者による費用償還請求 民法196条 動産物権変動の対抗要件 民法178条 即時取得 民法192条 取得時効 民法162条 無主物先占 民法239条 留置権 民法295条 質権の効力 民法342条 贈与の撤回 民法550条 消費貸借の成立 民法587条 土地工作物責任 民法717条

い 占有が問題となる状況の具体例

ア 建物の退去(の判定) いろいろな法的な扱いに影響する
例=損害金発生・立ち入りの可否など
イ 隔地者間の意思表示 相手の支配領域内への到達により意思表示が完結する
占有概念と関連する

う 刑法上の規定(参考)

窃盗罪(窃取) 刑法235条 不動産侵奪罪(侵奪) 刑法235条の2

8 民法180条と他の占有に関する規定の関係

前述のように、民法180条以外にも占有という用語(概念)は多く登場します。複数の占有の規定の中で、民法180条が代表的である(他の占有を包摂する)といえます。

民法180条と他の占有に関する規定の関係

あ 民法180条の占有権の意義

占有権は、その本来的な意味においては占有訴権の基礎を権利として表象したものであり、民法180条における「占有権」は、占有訴権の基礎としての占有以外の占有をも論理的に包摂することを否定することができない。
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p11

い 民法180条の占有と他の規定の占有の関係性

民法180条の解釈においては、占有訴権の前提としての占有権の成立要件を決定することが中心となる
民法180条は、他の占有に関する規定(前記※2)に関わりを持つ
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p11

9 「占有」の多義性

前述のように多くの「占有」の規定の中で民法180条が代表的ですが、ということは、それぞれの規定の中の「占有」の意味は同じとは限らない、ということです。
ストレートにいえば、各規定で認める効果を元にして、その効果を認めるにはどの程度の事実的支配が必要なのか(判断基準)が決まるということです。

「占有」の多義性

あ 民法180条との遠近の程度の指摘

占有に関するそれぞれの規定すべてに共通する占有権の概念を立ててその成立要件を明らかにすることは不可能である
占有訴権以外の規定(制度)については、それぞれの制度目的から民法180条が準用され、または民法180条の解釈が参照されるのであり、本条との遠近の程度は、各々の制度について判断されるべきであろう
民法180条との遠近の程度は、各々の制度について判断されるべきであろう
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p11

い 効果から占有の意味を特定するという指摘

(「所持」について)
物を何等かの形で物理的に支配することをいうが、どの程度の事実をもって「所持」にあたるとするかは、かなり微妙な問題である。
・・・
抽象的に表現するとすれば、各効果に即し、その効果を認めるにふさわしい程度に事実上の支配ありと認められる状況を指す、とでもいうほかあるまい。
学説では、社会通念上の事実的支配などと呼ぶことが多いが、とれもかなりあいまいな表現である。
※星野英一著『民法概論Ⅱ 物権・担保物権』良書普及会1994年p87、88

10 「引渡」との関係(参考・概要)

なお、ごく一般論として、占有の移転のことを引渡といいます。そこで、引渡(といえる占有の移転)についても、状況によっては意味(判断基準)が異なります。一例として宅建業法40条の「引渡し」の解釈があります。
詳しくはこちら|売買の瑕疵担保責任の期間制限についての宅建業法の規定(『引渡し』の意味)

11 民法180条の占有と土地の即時取得の占有の比較(概要)

同じ「占有」であっても、規定(制度)によって判断基準が違います(前述)。典型的な違いを説明します。
占有訴権や物権的請求権の要件の1つとしての占有の判断は、低め(緩め)の基準を用います。取得時効の要件の1つとしての占有の判断は、高め(厳しめ)の基準を用います。

民法180条の占有と土地の即時取得の占有の比較(概要)

あ 低めの基準

占有訴権の成否・物権的請求権の被告適格に関しては
物の利用の明認性および恒常性はそれ自体不可欠の要素ではない
排他性および必要性(非代替性)を補充する要素にとどまる
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p16
詳しくはこちら|土地の占有(占有訴権・物権的請求権)の判断(判断基準と具体例)

い 高めの基準

取得時効の要件としての占有については
明認性・排他性・恒常性重要な要素である
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p16
詳しくはこちら|土地の占有(取得時効)の判断(判断基準と具体例)

12 対象物による占有の認定のバラエティ

いろいろな物について占有が成立します。
物の種類によって「占有」の認定(判断)には特徴があります。

対象物による占有の認定のバラエティ

あ 土地の一部の占有(概要)

1筆の土地の一部の占有が認められる(前記※3

い 建物の占有

細かい判断基準・要素がある
詳しくはこちら|建物明渡×実力行使|基本・違法性判断|自力救済or自救行為

う 壁面の占有(概要)

建物の壁面を広告用に利用している
→壁面を占有しているとはいえない
※最判昭和59年1月27日
詳しくはこちら|建物賃貸借に伴う広告掲示・設置契約(借地借家法の適用など)

え 動物の占有(概要)

動物の獲得・捕獲が占有となることがある
特有の判断基準がある
詳しくはこちら|動物の占有・捕獲|判断基準|ハンター/ヒモタイプ

お 自動車の駐車による土地占有(概要)

自動車の駐車が土地の占有に該当することもある
特有の判断基準がある
詳しくはこちら|自動車の駐車による賃貸駐車場の占有の判断(判断の枠組みと具体例)
※『判例民法2 物権』第一法規出版p101〜
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法2 物権 第3版』第一法規2019年p116、117参照

本記事では、「占有」という概念の基本的な内容を説明しました。
実際には、個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に、「占有」に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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