【借地の更新拒絶・終了における『正当事由』・4つの判断要素の整理】
1 借地の更新拒絶には正当事由が必要|正当事由の内容の概要
(1)借地の更新拒絶には『正当事由』が必要
借地契約は期間満了時に『更新』する方が、現実的な原則です。
詳しくはこちら|借地契約の更新・終了の基本(更新の種類・解除・地上権消滅請求)
『正当事由』がある場合に限って、地主が『更新拒絶』できるのです。
この記事では『正当事由』の内容について説明します。
(2)『正当事由』の内容の概要
<借地の更新拒絶の正当事由|まとめ>
分類 重要度 土地の使用を必要とする事情 メイン 借地に関する従前の経緯 サブ 土地の利用の状況 サブ 財産上の給付 最後の『補完』
『正当事由』の内容は4つに分類されています。
4つの項目については『重要度・比重』が異なります。
重要性が高いのは『土地の使用を必要とする事情』です。
(3)新法・旧法では条文も文言が違うが解釈は同じ
この点、旧法『地主』の必要性だけが条文に記載されていました。
しかし判例上『地主・借地人』の双方の必要性が考慮されることが示されました。
旧法の更新拒絶の『土地使用の必要性』
※最高裁昭和37年6月6日
この後に制定された新法では最初から条文に『地主・借地人双方』の必要性が記述されるに至りました。
いずれにしても、新法・旧法で、正当事由の判断基準は実質的に変わっていない、と言えます。
2 借地の更新拒絶|『正当事由』の具体的事情の整理
借地の更新拒絶における『正当事由』の4つの項目(前述)それぞれについて、考慮される具体的な事情を整理します。
土地の使用を必要とする事情;メイン
あ 双方の土地の自己使用の必要性の内訳
ア 自己又は親族の居住等の必要イ 生計維持の必要ウ 通路開設の必要エ 営業上の必要
い 正当事由を肯定する方向性の事情|例
ア 長期間建物が使用されていないイ 建物の腐朽損傷が著しいウ 借地人が他に多くの不動産を所有しているエ 地主が他に多くの不動産を所有していないオ 対象の土地が是非とも必要
隣接所有地との併合利用、土地の位置、形状等から特に必要とされる
例;自ら使用する建物を場合・これと同視できる経済的必要性がある
借地に関する従前の経緯;サブ
土地の利用の状況;サブ
財産上の給付;最後の調整
3 土地使用の必要性のバランスによる整理
借地の更新拒絶の『正当事由』としては『土地使用の必要性』が最も重要です(前述)。
これについてさらに詳しく説明して行きます。
まずは『借地人』と『地主』の『必要性のバランス』について判断した判例を紹介します。
土地使用の必要性のバランス×明渡の判断
あ 借地人の必要性なし
借地人が建物を使用していなかった
→正当事由を肯定
※東京地裁昭和63年5月31日
い 必要性が同程度→明渡料が重要となる
明渡料 判例 借地権価格の6割 東京地裁昭和59年12月21日 1億8000万円 東京地裁昭和62年3月23日 1000万円 東京高裁平成11年12月2日
4 土地使用の必要性に関する特殊事情
次に『土地使用の必要性』について個別的な特殊事情が判断された判例をまとめます。
(1)借地上の『建物の賃借人』の事情→考慮しない
借地上の『建物賃借人』の事情の考慮
あ 原則
考慮しない
い 例外
次のような事情がある場合は『考慮する』
ア 借地契約当初から建物賃借人の存在が容認されていた
例;借地契約の目的=アパートや貸店舗の建築・所有
イ 借地人と建物賃借人が実質的に同一と言える
例;小規模な法人とその経営者個人
※最高裁昭和58年1月20日
(2)使用予定の具体性なし→ダミーとして考慮しない
『具体性』が欠ける→否定方向
あ 事案概要
地主は、抽象的に『将来子供に承継させたい』程度にとどまる
い 裁判所の判断
地主の土地使用の必要性に具体性が欠ける
→否定
※東京地裁昭和63年5月30日;判時1300p73
(3)『地上げ批判』→正当事由否定方向
『地上げ批判』→否定方向
あ 事案概要
Aは、土地所有者に融資し、担保設定を受けた
担保の実行などにより、所有者が次々と変更(移転)した
最終的に平成5年12月、A自身が本件土地を買い受けた
い 裁判所の評価
バブル経済による地価高騰の影響に煽られ、次々と所有者が変更した
いわゆる土地転がしの対象となっていた
自己が取得した商品あるいは貸金の回収のために取得した不動産をより高く売ろうとして借地権者に対し立退きを迫っているに過ぎない
う 裁判所の判断
『い』の経緯は『地主の自己使用の必要性』を否定する方向に働く
※東京地裁平成8年7月29日
当然ですが、借地の終了or更新、という結論は非常に大きな影響が生じます。
『必要性』の中身・特殊性が細かく審査・判断されるのです。
5 有効利用・高度利用を理由とする正当事由|時代の流れで肯定される方向性
土地のオーナーにとって、有効利用・高度利用のニーズがあります。
時代の流れとともに、この傾向は非常に強くなっています。
これに対応して、実務上も正当事由(明渡)が認められるようになってきました。
別記事に詳しくまとめています。
詳しくはこちら|土地の有効活用・高度利用のための借地明渡|正当事由・明渡料
6 『正当事由』の中の『従前の経緯』|具体的な内容
『正当事由』の内容の分類の1つに『従前の経緯』があります。
これについて判断した判例を整理します。
(1)権利金・更新料・承諾料の支払履歴
権利金・更新料・承諾料の支払の有無
あ 権利金の授受なし
正当事由肯定方向
※東京地裁昭和63年5月31日
い 更新料・増改築の承諾料支払履歴あり
正当事由否定方向
※東京地裁昭和63年5月30日
借地契約の更新料や建物増改築(建替え)の承諾(料)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|借地の更新料の趣旨や目的(メリット)
詳しくはこちら|借地上の建物の建築・増改築の自由と制限(借地条件・増改築禁止特約)
なお、税務上の配慮から『無償返還の届出書』を調印し税務署に提出しているケースもあります。
この場合でも文字どおり『明渡料=ゼロ』となるとは限りません。
詳しくはこちら|権利金の授受がない借地契約における認定課税(相当の地代・無償返還の届出書による回避)
(2)地主に無断での建物増改築・大修繕・再築
建物の修繕・増改築・再築については、地主の承諾を要することが多いです。
逆に、一定の範囲では『承諾不要』というものもあります。
法的に『承諾不要』であれば、『無断』での増改築等を理由に地主が『解除』などはできません。
とは言っても、建物の寿命が延びる程度、によっては地主への影響が大きいです。
そこで、このような『解除未満の好ましくない行為』は『更新拒絶の正当事由を肯定する事情』となります。
詳しくはこちら|借地上の建物の滅失や再築による影響のまとめ(新旧法全体)
(3)借地の継続(累積)期間
借地人が利用してきた期間
あ 使用期間が長期間
正当事由肯定方向
※稲本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第2版』日本評論社p40
※西口元『借地借家の正当事由』判タ1020号p12
い 使用期間が50年以上
『地主にとってやや酷に失する』=正当事由肯定方向
※東京地裁昭和62年3月23日
う 使用期間が60年以上
『賃貸借の目的は達成されたというべき』=正当事由肯定方向
※横浜地裁昭和63年4月21日
え 使用期間50年、地上建物は建築後45年以上が経過
『建物に投下された建築資金の回収はすでに終了している』=正当事由肯定方向
※東京高裁平成11年12月2日
お 借地が江戸時代から続く
正当事由否定方向
ポイント;『長過ぎる』という場合は逆効果
※東京地裁平成2年4月25日
原則として『借地期間が長い→正当事由肯定方向』です。
言わば『借地の寿命まっとう→明渡肯定』という考え方です。
ところが、極端に借地期間が長い場合は『逆転現象』が生じます。
材料工学における、弾性限界を超えた塑性変形、と同様の現象と言えます。
(4)借地スタートの状況
借地権設定の事情
あ 事案;戦後のどさくさ紛れ
終戦直後の焼土状態
→不法占拠で建物を建築
→地主がしぶしぶ承諾
い 裁判所の判断
『(通常=)土地の価格に匹敵する高額の権利金の支払が行われる借地権とは別異に解釈する』
=正当事由肯定方向
※東京地裁昭和56年4月28日
(5)賃料支払履歴
賃料額及び賃料の支払状況
あ 地代据え置き
社会的・経済的状況変化で地価が上昇
→地代増額を行っていなかった
→周辺と比べ低額な賃料
→正当事由肯定方向
※東京地裁昭和55年4月22日
い 平穏な関係の長期維持
賃料不払がなく、平穏な関係が継続していた
→正当事由否定方向
※東京地裁昭和63年5月30日
実際には『地代据え置き』と『賃料不払なし=平穏』のどちらにも当てはまる、ということが多いです。
この場合、正当事由の肯定/否定、のいずれに働くかはブレが大きいと言えます。
7 『正当事由』の中の『土地の利用状況』|具体的な内容
『正当事由』の内容の1つに『土地の利用状況』があります。
具体的事例についての判例を紹介します。
(1)土地の利用状況
土地の利用状況|判断要素
あ 借地上の建物の存否
い 借地上の建物の種類・用途
居住用or事業用
う 建物の構造・規模
低層・高層・堅固・非堅固
え 建物の老朽化の程度
お 建築基準法違反の有無
か 借地権者の建物の利用状況
自己居住or賃貸
※コンメンタール借地借家 第2版 日本評論社p42
(2)土地の存する地域の状況→考慮されない
対象の借地の『周辺』の状況、については判断要素には含まれません。
というのは、平成3年の借地借家法改正の際に条文に盛り込むことが見送られたのです。
立法過程では、意識的に『正当事由の判断要素に入らない』という判断がなされているのです。
参考情報
8 明渡料その他の財産上の給付の申出
『正当事由』の中身としては、最後の『補完』として『財産上の給付』があります。
通常は『明渡料』とか『立退料』と呼ばれる金銭の支払のことです。
これに関する判例を整理します。
(1)『明渡料』は『補完』という位置付け
『明渡料』と『正当事由』の関係論
あ 明渡料と正当事由の関係
『明渡料』は『正当事由』を『補完』する
※最高裁昭和38年3月1日
※最高裁昭和46年6月25日
※最高裁昭和48年10月30日
い 金銭以外
代替家屋の提供、も含む
※最高裁昭和32年3月28日
要するに『他に理由がないのに金額だけ多額に提供』しても『正当事由』は認められません。
他の事情で『正当事由肯定方向』になっていて『残りの不足分』だけを金銭で埋める、という考え方です。
明渡料の相場・算定については別記事で説明しています。
詳しくはこちら|借地の明渡料の相場は訴訟と交渉で微妙に異なる
(2)明渡料提供のタイミング
明渡料の提供タイミング
あ 原則
事実審の口頭弁論終結時まで
い 例外
地主が意図的にその申出の時期を遅らせるなど信義に反するような事情がある場合
→『あ』以降でも『明渡料の提供』が認められる
※最高裁平成6年10月25日
9 借地の更新拒絶(終了)の正当事由の主張・立証の特殊性
借地の更新拒絶における『正当事由』の判断の枠組みについて説明しました。
『枠組み』についてはこのように多くの細かいルールが形成されています。
しかし、実際の訴訟においては、裁判官の考え方・価値観による『ブレ』は大きいです。
前述のように『借地人保護/土地の有効活用による社会的意義』などの根本部分は『主義』レベルの考え方の影響を受けます。
逆に言えば、社会・経済の構造的な部分を分かりやすく・説得的に論証することが『有利な判断』につながるのです。
弁護士自身が市場・マーケットメカニズムの理解をしていないと最適な主張にたどり着きません。
まさに弁護士による、主張・立証の工夫・やり方による結果への影響が大きいところです。
関連コンテンツ|マーケットの既得権者が全体最適妨害|元祖ラッダイト→ネオ・ラッダイト
なお『建物賃貸借=借家』に関する正当事由は別に説明しています。
詳しくはこちら|建物賃貸借終了の正当事由の内容|基本|必要な場面・各要素の比重