【建物賃貸借終了の正当事由のうち『従前の経緯・建物の利用状況・現況』】
1 正当事由の中の『従前の経緯』|借家関係設定当初の事情
2 正当事由の中の『従前の経緯』|契約締結時に存していた事情の変更
3 正当事由の中の『従前の経緯』|賃料額
4 正当事由の中の『従前の経緯』|当事者間の信頼関係破壊の有無
5 正当事由の中の『建物の利用状況』|存在意義はない
6 正当事由の中の『建物の現況』は『老朽化』の程度が主なもの
1 正当事由の中の『従前の経緯』|借家関係設定当初の事情
契約当初から短期間限定ということを当事者が認識していた場合は,当然『明渡を肯定』する方向性になります。
なお一時使用目的がしっかりと明確になっていると,そもそも借地借家法の適用がありません。
しかし、一時使用目的賃貸借は認定のハードルが高いのです。
詳しくはこちら|一時使用目的の建物賃貸借は借地借家法の適用がない
ここでは『一時使用目的賃貸借』未満ではあるけど『短期間限定』の共通認識があった,というケースについて説明します。
<『一時使用目的』から長期化した>
あ 事案
当初は『一時使用目的』であった
オーナーが『長期化』を黙認した(明示的に許容していない)
い 裁判所の判断
正当事由肯定方向
※東京高裁昭和60年10月24日
<『建て替え予定』を知っていて入居した>
あ 事案
建物が老朽化しており,建て替えが予定されていた
これを了解して入居した
い 裁判所の判断
正当事由肯定方向
※東京地裁昭和61年2月28日
<『一時使用目的』としての公正証書作成>
あ 事案
契約締結時・更新時に『一時使用目的』の賃貸借契約書を公正証書で作成していた
い 裁判所の判断
正当事由を肯定した
※東京高裁昭和51年3月13日
2 正当事由の中の『従前の経緯』|契約締結時に存していた事情の変更
想定された『入居期間』について『予定変更』が生じることがあります。
この場合『変更の前後』の両方が考慮される傾向があります。
『中間的な結論』が取られるということです。
具体的に判例で説明・紹介します。
<入居後に『入居期間』の『予定変更』が生じた>
あ 事案
当初はオーナーが地方勤務から戻ったらいつでも明け渡すという約束であった
その後,事情が変わり,更新が何度も繰り返された=長期化した
い 裁判所の判断
正当事由否定方向
ただし,次の条件で正当事由を肯定した
『2年間の明渡猶予+その期間の対価支払免除』により正当事由肯定
※東京高裁昭和51年3月13日
3 正当事由の中の『従前の経緯』|賃料額
何らかの特殊事情により,賃料を相場よりも低く抑える,ということもあります。
賃料が低い場合は,原則的には『賃借人は恩恵を受けていた→保護は弱くする→正当事由肯定方向』となります。
判例を紹介します。
<賃料を低く設定した→正当事由肯定方向>
あ 事案
オーナーが渡米している期間中のみ賃貸する+帰国時に明け渡す,という約束であった
この事情から賃料は低額に設定した
い 裁判所の判断
正当事由肯定方向
※東京地裁昭和60年2月8日
<賃料が低いまま→正当事由否定方向>
あ 事案
建物の老朽化が進んでいた
長年賃料を据え置いた
周辺相場より低い賃料となっていた
賃借人の収入は低く,同居の家族が多かった
い 裁判所の判断
仮に退去するとしたら,同程度のコストで転居先を確保できない
賃借人側の『建物使用の必要性』が高い
→正当事由を否定した
※東京地裁昭和55年6月30日
このように『長年』+『低額賃料』の場合は原則が逆転し正当事由を否定する方向に働くこともあるのです。
なお賃料と相場のズレは,転居先との家賃差額につながります。
結果的に,明渡料の金額にも反映してきます。
詳しくはこちら|賃貸建物の明渡料の金額の基本(考慮する事情・交渉での相場)
4 正当事由の中の『従前の経緯』|当事者間の信頼関係破壊の有無
(1)賃借建物の劣悪な保存
<賃貸人の建物の使い方が悪い>
あ 判断の方向性
保安管理が劣悪
→正当事由肯定方向
※東京地裁平成4年9月14日
い 他の規定との抵触(参考)
用法違反・善管注意義務違反として『解除』できることも多い
※民法616条,594条1項,400条
※最高裁昭和27年4月25日
(2)賃借建物の無断改築
<無断改築があった>
賃借人が建物の無断改築を行った
→正当事由肯定方向
※東京地裁平成元年8月28日
(3)近隣妨害行為
<賃借人による騒音妨害>
あ 事案
賃借人の工場が,想定外の大きさの騒音を発していた
オーナー・近隣住民に耐え難い迷惑を及ぼしていた
い 裁判所の判断
正当事由肯定方向
※東京地裁平成5年1月22日
(4)オーナーの不信行為
<オーナーによる悪質な営業妨害>
あ 事案
オーナーが,賃借人の営業を妨害する悪質な行為を繰り返した
賃借人は事実上の営業廃止に追い込まれた
賃借人は借家での営業再開を強く希望していた
い 裁判所の判断
正当事由を否定した
※東京地裁昭和52年9月27日
5 正当事由の中の『建物の利用状況』|存在意義はない
条文上,正当事由の内訳として『建物の利用状況』という記載があります。
しかし,実質的存在意義はない,と指摘されています。
要するに,国会議員のノリ・舌の調べ(リズム)だけで記述されたものとされています。
<参考情報>
寺田逸郎『借地・借家法の改正について』民事月報47巻1号p123
稲本洋之助『コンメンタール借地借家 第2版』日本評論社2003年p213〜
澤野順彦『実務解説借地借家法』青林書院p393
6 正当事由の中の『建物の現況』は『老朽化』の程度が主なもの
正当事由の内容の1つとして『建物の現況』があります。
具体的には,建物の老朽化,が主なものです。
建物の老朽化については,正当事由だけではなく,『滅失』に準じた契約終了・修繕義務など,別の問題も関係します。
別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|建物の老朽化による建物賃貸借契約終了の方法の種類