【秘密の隠れ家バー事件|削除請求拒否・営業秘密公表の民事・刑事責任】
1 隠れ家バー×食べログ事件|消せvs消さない裁判
2 情報の公表が違法になる場合の法的責任|まとめ
3 違法な投稿→削除請求に応じる義務
4 『削除しないこと=公表していること』についての民事責任
5 バー側の防衛策を考える=完全に『秘密パーティー』をやりたいならば
6 営業秘密公表の刑事責任|秘密の隠れ家事件
7 秘密の隠れ家事件|裁判所を使った営業スキームに注意
1 隠れ家バー×食べログ事件|消せvs消さない裁判
隠れ家的バーが『食べログ』で公表された,というケースの裁判が話題となっています。
<『秘密の隠れ家』バー事件>
あ 『秘密の隠れ家』の演出
看板を出さない+オートロックの扉を店員が開けないと入れない
い 食べログの掲載
食べログのユーザーが店内の写真・感想を食べログに投稿した
店舗側は『削除請求』をした
食べログは削除請求に応じなかった
う 裁判所の判断
食べログの対応に違法性はない
→損害賠償責任なし
ポイント=店舗自身でWeb上に住所等の情報を公開していた
※大阪地裁平成27年2月23日
裁判所は『公表はOK』と判断しました。
法的な仕組みについて全体的に説明しようと思います。
2 情報の公表が違法になる場合の法的責任|まとめ
まずは基本に戻って『情報の公開』が違法になる,という種類を大きくまとめてみます。
<情報の公表×法的責任>
侵害の内容 | 概要 | 民事責任 | 刑事責任 |
名誉毀損 | 社会的評価の低下を発生 | ◯ | ◯;名誉棄損罪 |
信用毀損 | 経済状態悪化を公表 | ◯ | ◯;信用毀損罪 |
プライバシー権侵害 | 私生活情報の公表 | ◯ | ☓ |
営業秘密 | 事業活動に有用な情報 | ◯ | △;不正競争防止法違反 |
秘密の隠れ家事件で公表されたのは店舗の情報です。
ある人の『社会的評価』を下げていませんので『名誉毀損』ではありません。
店舗の『経済状態悪化』とは関係ありませんので『信用毀損』でもありません。
店舗(事業主)としては『店の情報を知られたくない』という気持ちがありましょう。
そうすると『プラバシー』に似ている状況です。
しかし『プライバシー権』は『私生活』が前提です。
店舗の情報は『個人』や『私生活』に関わる情報ではないので『プライバシー権侵害』にも該当しません。
詳しくはこちら|違法な表現行為|基本|損害賠償・差止・削除請求・謝罪広告・違法性阻却
詳しくはこちら|プライバシー権のまとめ|判例の基準|定義の発展
そもそも,民事的な責任の方は,法律上の『種類分け』はされていません。
『不法行為による損害賠償』という1カテゴリだけです(民法709条,710条)。
『営業の秘密を公表された』場合も含めて『違法性』があるかどうかで賠償責任の有無が決まります。
平たく言ってしまうと『非常識』と言えるかどうか,です。
この点『営業秘密開示』に関する刑事責任もあります。
これは不正競争防止法で,ハッキリと犯罪となる行為のカタログが条文になっています。
民事・刑事責任ともに後述します。
3 違法な投稿→削除請求に応じる義務
民事責任,つまり損害賠償の前に『削除請求』を説明します。
秘密の隠れ家事件でも,最初に店舗側から食べログに『削除請求(要請)』がなされています。
削除請求に関しては,プロバイダ責任制限法と判例でルールができているので,これを紹介します。
<掲示板管理者・運営者の『プロバイダ責任制限法』上の立場・責任>
あ 掲示板管理者・運営者の法的な立場
『特定電気通信役務提供者』に該当する(2条3号)
※東京地裁平成16年5月18日;判例1
い 『違法な投稿』の内容;3条1項
『情報の流通により他人の権利が侵害された』
う 削除義務;3条の反対解釈
削除請求に対して削除しない場合,管理人・運営者が責任を負うこともあり得る
詳しくはこちら|ネット上の名誉棄損など|運営者・管理人の責任|損害賠償・削除義務
この削除義務は『投稿によって他人の権利が侵害された』ということが前提条件です。
食べログとしては『権利侵害ではない』と判断したので,削除請求に応じなかったのです。
4 『削除しないこと=公表していること』についての民事責任
この『削除請求拒否』のステップを踏んで『削除しないことは不法行為だ』という提訴に至ったのです。
『秘密にしたい店舗情報を公表されたこと』が違法かどうか,という問題になります。
過去にズバリ同じ種類の判断をした,という判例が見当たりません。
そこでストレートに『非常識かどうか』という価値観の評価というステージになります。
まず最初に,超基本形から押さえておきます。
<素朴な条件で思考実験>
過去に食事したレストランについて友人に教えるのは止められない(自由)
要するに『情報伝達』自体は根本的に自由,ということです。
これを踏まえて,秘密の隠れ家事件の特殊性を整理します。
<秘密の隠れ家事件|評価・価値観の整理>
あ 違法性ありの方向性
ア 『隠れ家』という雰囲気に独自性・価値があるイ 拡散の程度がとても大きいサイトで公表された →広く拡散した
い 違法性なしの方向性
ア 『個人の生活』に関わらないイ 店舗側が『自ら公表』自体はしている
店舗側がWeb上で店名・所在地・電話番号・店内写真を掲載していた
ウ 店内(敷地内)の撮影は禁止できる
店舗側に『別の防衛手段がある』という意味
エ 掲載したサイトの関与は『間接的』である
ユーザーの投稿した情報を機械的に掲載しただけ
オ 表現の自由・知る権利への配慮
憲法の人権規定が直接は適用されないが,趣旨は尊重される
以上のような事情についてハカリにかけたわけです。
その結果,裁判所としては『違法性あり』の程度には至っていない,と判断しました。
個々の事情の比重は定量化されていませんが『店舗側自らの公表』は重視されていると思われます。
5 バー側の防衛策を考える=完全に『秘密パーティー』をやりたいならば
(1)完全情報漏洩防止スキーム
バー側の『秘密にしておきたい』という願望はかなわない夢なのでしょうか。
根本的にやり方を変えれば,夢はかないます。
<徹底!隠れ家バー・実現編>
あ やり方
個人的な知人だけのホームパーティーとして行う
い プライバシー情報として『公開が違法』となるやすいもの
ア 開催場所
個人の住所だと特に保護される
イ 参加者の氏名
『交友関係』も一定の範囲で保護される
ここまで『個人的ツテのみ』にすれば,法的に『秘密』が保護されます。
逆に言えば,ここまでやらないと『完全情報漏えい防止』はかなわないということになったと言えます。
関連して,個人的パーティーの報道について違法性が認められた判例もあります。
堀江貴文氏ガセ賭博記事事件です。
これは『ガセネタ』で『犯罪者呼ばわりしてしまった』という特殊性が加わっています。
情報の公表・拡散に対する民事責任,として参考的に紹介しました。
詳しくはこちら|撮影・誹謗中傷投稿×慰謝料相場|名誉毀損・プライバシー権侵害
(2)ASAPスキーム(As Secret As Possible)
次に,できる範囲で隠す,という戦略による方法です。
<『ASAP(できる限り隠れ)』バー>
店舗側が敷地・店舗内での撮影を禁止する
店舗側が『施設管理権』としてこのようなルール設定をすることは可能です。
詳しくはこちら|施設管理権侵害|店舗内撮影・料理持ち帰りは店舗が禁止できる
この程度までしか,現行法を前提とした防衛策が取れない,ということです。
6 営業秘密公表の刑事責任|秘密の隠れ家事件
『営業秘密の公表』などについては刑事罰も設定されています。
不正競争防止法で,しっかりと犯罪類型が条文になっています。
<不正競争防止法|営業秘密に関する罪>
あ 共通する要件(主観)
不正の利益を得る目的or保有者に損害を加える目的
い 個別的犯罪類型
ア 『取得』
詐欺等行為or管理侵害行為により,営業秘密を取得した者
イ 『使用・開示』
詐欺等行為or管理侵害行為により取得した営業秘密を,使用or開示した者
ウ 『預かった者の任務違反による領得』
営業秘密を保有者から示された者であって,その営業秘密の管理に係る任務に背き,次のいずれかの方法で領得した者
・営業秘密の記録媒体or物件を横領する方法
・営業秘密の記録媒体or物件の複製を作成する方法
・営業秘密の記録媒体oの記載・記録であって,消去すべきものを消去せず,かつ,消去したように仮装する方法
う 法定刑
懲役10年以下or罰金1000万円以下
※不正競争防止法21条1項
秘密の隠れ家事件では,食べログには『不正の利益』や『損害を加える』という目的はないでしょう。
あくまでも投稿したのはユーザーです。
食べログ自体の積極的な意図は通常認められません。
また,食べログ自体が『不正な情報取得』を行った,ということもありません。
いずれにしても,不正競争防止法違反には該当しません。
詳しくはこちら|営業秘密侵害による本人,雇用主の責任とリスク回避策
7 秘密の隠れ家事件|裁判所を使った営業スキームに注意
このような訴訟になると,報道され,一種の『炎上』となります。
著しい知名度うpを狙えます。
広報としての経済的換算をすると『非常に効果が高い』と言えます。
これを狙った『模倣犯』が発現する可能性も指摘できます。