【私立大学運営に『ユーザー=学生』が参加|教育バウチャー制度vs既得勢力】
1 私立大学の運営の改善を『主役=ユーザー』で組み立てる
2 学生が認める『大学の価値』は『就職』という実態
3 大学のユーザー=学生への『教育バウチャー』制度論
4 『ユーザー=学生』を軸とする運営に対する既得勢力のブレーキ
5 新時代への展望がレガシーなウィングを駆逐する
6 学校運営に関するステークホルダーの参加が不十分という問題
7 大学のユーザーに対する税制上の優遇措置|タックスインセンティブ
8 寄附金|税務的優遇措置・適正化の徹底
9 学校法人の財務資料開示・公表義務vs無関心傾向
私立大学運営についての問題を別記事で説明しています。
詳しくはこちら|私立大学の運営|資金調達ルート拡張の必要性・収益事業・擬似マーケット
私立大学運営の将来への方向性として『ユーザー=学生』の視点が重要です。
本記事では『私立大学運営におえるユーザー視点』というテーマで制度論をまとめます。
1 私立大学の運営の改善を『主役=ユーザー』で組み立てる
既存のレガシー私立大学運営制度は『運営者側』の視点で作られています。
キャメラを切り替えて『ユーザー=学生』の視点で捉えてみます。
<『ユーザー』を軸とした改善策>
あ 『ユーザー』視点
『学生=消費者・ユーザー』の視点を強化する
い 『ユーザー』を軸とした大学の財政対策
『利用者補助』を介在させる
う 『利用者補助』の具体的方法
ア 教育ローン(educational loans)
税制上の教育ローン関連利子控除の組み合わせも有用
イ 奨学金(scholarship)の拡充ウ 大学教育バウチャー(college educational voucher)導入
個々の制度についての説明は後述します。
2 学生が認める『大学の価値』は『就職』という実態
私立大学の運営にマーケットメカニズムを導入すれば『最適化』が実現するでしょう。
詳しくはこちら|マーケットメカニズムの基本|自由経済・商品流通の最適化・供給者の新陳代謝
これ自体は良いのですが,ここで問題になるのは『ユーザー=学生』のニーズです。
要するに『学生が大学に入学(サービスを購入)して求める価値は何か』というものです。
少なくとも現状では『就職』などの即物的なモノです。
大学運営の議論で前提としている『学問・学術研究そのもの』という理念との乖離が激しいと言えます。
詳しくはこちら|国立大学の意義・法人化したが独立採算ではない
<学生×マーケットメカニズム>
あ 学生の求める価値の実態
最終的目的(価値) | 『就職』『将来の収入の獲得』 |
中間的目標(価値) | 卒業生のネットワーク・学校名による『信用』 |
↓
い 『大学』というブランドの失墜
『大学』という商品の価値への需要自体が壊滅的に喪失する可能性が高い
↓
う 分かれるルート
ア 独立採算で維持(拡大・発展)イ 縮小・廃校ウ 公的資金による維持←合理性が必要
以上のような『従来の理念と現状の乖離』についても,マーケットメカニズムで最適化・解消されます。
いずれにしても,このような『実態』は置いておいて,以下『理念的な大学』を前提に説明を続けます。
3 大学のユーザー=学生への『教育バウチャー』制度論
学生視点で,『大学運営に公的資金を投入』という想定を考えます。
1つの答えが『教育バウチャー』制度です。
<教育バウチャー制度の効果>
あ 大学ユーザーの利益アップ
入学希望者に学校選択の幅を広げる
い 大学運営にマーケットメカニズムを導入
学校間の競争を導入・活性化する
→全体の学校教育の質を引き上げる
う 不正な競争のリスク
ア 補助金分配の利権化
不当な手段が発生すると,疑似市場競争になる
→『補助金分配の私化』につながるリスクもある
イ 補助金分配の不公平
学生・保護者の納入金支払能力を加味して制度化されないと『不公平』となる
4 『ユーザー=学生』を軸とする運営に対する既得勢力のブレーキ
『大学バウチャー制度』は多くの問題をクリアするおもしろい改良法です。
実際に,外国での導入事例もあります。
ところが既得勢力からのラッダイト的反発も強いです。
<既得勢力|従来の大学界=『競争を嫌う大学人』>
あ 立場・主張の概要
現行の私学補助金・官製経済・官制統制に慣れ親しんできた
『大学の質管理』を国家に求めるのが最適との考えを固守する
学校教育法・私立学校法・私学助成法の3本の矢で支えられてこそ『憲法89条の公教育』が実現する
い 『公的管理』を緩めるリスク=diploma mills発現
『設置基準等の緩和』→『学位工場diploma mills』現象が発現する
大学が提供する公教育サービスの劣化を防いでいる
う 既得勢力vsバウチャー制度
既得権益をバウチャー制度が毀損する関係にある
バウチャー制度へのブレーキは既得勢力だけではありません。
素朴・プリミティブな『感覚』レベルでのブレーキも指摘されています。
<『バウチャー制度』×『語感』による嫌悪リスク>
あ レガシー観念から指摘される用語
ア 『バウチャー(債券)』という言葉自体イ 学校教育における『競争』という概念
い レガシー人の感覚
『拒否』の感覚を誘引する
例;『教育は市場至上主義にはなじまない』
※経済学者ミルトン・フリードマン夫妻(U.S.A.)『選択の自由』
5 新時代への展望がレガシーなウィングを駆逐する
前述のような古いウィングに対しては,グローバルな視点での批判があります。
<古いウィングに対する新時代に向けた主張>
国際的に,日本の大学の政府規制・公教育の質管理は過重である
このままでは国際的な競争で劣位になる
=優秀な学生を海外の大学に『取られる』
=日本の公教育のガラパゴス化
以上のような賛否を踏まえて『バランスを最適化』したものをまとめてみます。
<新旧多くの見解→バランス論・最適化>
あ バランス・最適化
次の2つのバランスの最適化を図る
ア 『公の支配』イ 大学の自治・大学財務の自律
い 最適化を実現する方向性
マーケットメカニズム(市場を通した淘汰)+『適正な規制』
う 『適正な規制』の内容
『民民規制』『自主規制』
→政府規制に代わる『真の民間による規制』
え 『適正な規制』の具体的内容
ア 『行動基準』の設定イ 真の『第三者的な基準評価機関』による監督 例;U.S.A.;国家評価から第三者的な基準評価機関への権限委譲を推進している
6 学校運営に関するステークホルダーの参加が不十分という問題
ユーザー=学生が大学の運営に関わるのはマーケットメカニズムだけではありません。
学生だけではなく一定の関係者=ステークホルダーまで拡げて,大学の運営に関わるニーズがあります。
まずはステークホルダーに該当する者をまとめます。
<学校運営に本来参加すべきステークホルダー>
あ 学生・生徒・児童
い 寄附金の負担者・奨学金提供者・債券購入者
ア 学生等の保護者イ 卒業生(alumni)
う 教職員
これらのステークホルダーは『大学の運営』へ参加する制度・機会がほとんどありません。
<ステークホルダーの参加がない問題>
あ 問題点
『代表なくして負担のみあり』の常態
い 学校の運営×ステークホルダーの関与
ア 事前の関与
ステークホルダーの意思が,運営にほとんど反映さていない
イ 事後的な関与
争訟手続上の権利主体としては認めていない
7 大学のユーザーに対する税制上の優遇措置|タックスインセンティブ
大学運営に関する支援,という意味では,税制上の優遇措置があります。
<私立大学運営に対するタックスインセンティブ>
分類 | 対象者 |
機関支援 | 大学法人 |
利用者支援 | 学生・保護者 |
『大学を支援』するものと『学生・保護者を支援』するものがあります。
前述のとおり『ユーザー視点』を重視すると『学生・保護者の支援』が優先的と言えます。
この点『学費を支出する者』への税務上の保護制度が最近作られました。
<教育資金の一括贈与にかかる贈与税非課税措置|平成25年度実施>
あ 位置付け
最近の税制におけるタックスインセンティブの具体例
い 主要な目的→薄い
従来の法律上も『教育費の贈与』は原則的に非課税となる
う 裏の目的→既得権益保護策
手数料収入の期待できる信託銀行業界の利権を政官で支える意図があったとみてよい
※石村耕治『規制緩和時代の私立大学運営と税財政法務』p493
この制度は『高い理念は建前で,裏には既得勢力』という構図と指摘されています。
8 寄附金|税務的優遇措置・適正化の徹底
(1)寄附金についての税務上の優遇措置
学生・保護者が大学に納入する金銭は『(純粋な)学費』以外に『寄附金』があります。
寄附金についても税務上の優遇措置が設定されています。
<私立大学に『寄附金』を払った者への税務的優遇措置>
あ 個人が寄付をした場合
所得税上の寄附金控除
住民税の寄附金控除
※地方税法37条の2,314条の7
い 法人が寄付をした場合
支出先 | 損金算入の範囲 |
『受配者指定寄附金』 | 全額 |
『特定公益増進法人』 | 一定限度額まで |
(2)寄附金強要リスクと対策
寄附金は文字どおり『任意・自発的』に払われるものです。
しかし,実情として『強要』されるケースが指摘されています。
この問題についてまとめます。
<寄附金強要リスクの対策>
あ 寄附金強要リスク
入学者に『合格』の条件として使われるリスク
→『入学者選抜の公正』が害される
い 対策
『入学に関する寄附金・学校債の収受等の禁止』
※『私立大学における入学者選抜の公正確保等について』平成14年10月1日文部科学事務次官通知
う ペナルティ
『選抜の公正』が害されたと認められるとき
→『私立大学等経常費補助金』を交付しない措置を講ずる
ポイント;『補助金』が規制ツールとして使われている
9 学校法人の財務資料開示・公表義務vs無関心傾向
以上のように大学の運営に『ユーザー=学生』やステークホルダーが参加する制度は重要です。
運営への参加の大前提として,学校法人は一定の財務情報を開示することとされています。
<学校法人の『財務資料』開示義務>
あ 開示資料
ア 財産目録イ 貸借対照表ウ 収支清算書エ 事業報告書オ 監査報告書
い 開示義務
ア 備え置き義務
毎会計年度終了後2か月以内に,『開示資料』を各事務所へ備えておく
イ 閲覧させる義務
在学生その他のステークホールダーから請求があった場合には閲覧させる
※私立学校法47条,66条
う 積極的開示の傾向
最近は,これらの財務情報をインターネットで公開する大学法人も増えている
このように,開示は進んでいます。
一方肝心の学生・ステークホルダーの多くが『興味が無い』という実情が指摘されています。
<無関心・無知の傾向>
あ 過剰な政府規制
箸の上げ下げまで口出しされるような過重な政府規制が常態化している
い 大学人のリテラシー
私大の運営の制度・実情・あり方に疑問すら持たない大学人がマジョリティを占めている
※石村耕治『規制緩和時代の私立大学運営と税財政法務』p470