【相続分の放棄の全体像(相続放棄との違い・法的性質・効果・家裁の手続排除決定)】
1 相続分の放棄の全体像
家裁で行う相続放棄という手続がありますが、これとは別に、相続分の放棄という手法があります。簡略的な方法で相続に関する手続から離脱するものです。
本記事では、相続分の放棄について説明します。
2 相続分の放棄を利用する典型的状況
相続分の放棄を実際に用いる現実的な目的や状況をまとめます。
要するに、相続財産はいらないのでスピーディーに相続の手続から外れるという状況です。
相続分の放棄を利用する典型的状況
あ トラブルからの離脱
遺産分割紛争(遺産分割の協議・調停・審判)から離脱したい、巻き込まれたくない
い 遺産の集中
農業や事業を相続人の1人に承継させたい
家産分散を防止したい(特定の相続人に遺産を集中したい)
う 承継する希望なし
遺産の取得を希望しない
え 遺産分割の迅速化
共同相続人の数を減らし遺産分割をスムーズに行いたい
お 他の手段の不存在(共通)
相続放棄をしたいけれど、すでに相続開始から3か月が経過しているので相続放棄ができない
詳しくはこちら|相続放棄により相続人ではない扱いとなる(相続放棄の全体像)
遺産分割の協議や調停で『私は遺産を承継しない』と言ったが他の相続人の間で協議がまとまらない
→遺産分割から抜けられない
※谷口知平ほか編『新版注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p287
※野口愛子ほか編『新家族法実務大系 第3巻 相続Ⅰ』新日本法規2008年p192
3 相続分の放棄の法的性質
相続分の放棄について、民法上明文の規定はありません。法律的には相続人という地位は維持されているけれど、遺産分割の当事者適格を失うという性質とされています。
相続分の放棄の法的性質
相続人としての地位を維持したままで、自己の相続分のみを放棄する単独行為である
遺産分割における当事者適格を失う
※潮見佳男著『詳解 相続法』弘文堂2018年p237
※潮見佳男『相続法 第3版』p145
※東京家裁平成4年5月1日参照
※野口愛子ほか編『新家族法実務大系 第3巻 相続Ⅰ』新日本法規2008年p204
4 相続分の放棄の解釈(説)の全体的分布
前記のように、民法上には相続分の放棄についての規定がありません。そこで、具体的な解釈としては複数の見解(説)があります。
相続分の放棄の解釈(説)の全体的分布
あ 905条類推適用説
相続分の放棄は、民法905条の類推適用として認められる
い 事実上の意思表示説
遺産分割に際して取得分をゼロとする事実上の意思表示である
う 共有持分放棄説
遺産を構成する個々の財産に対する共有持分を放棄する意思表示の集合体である
え 黙示的譲渡契約説
実質的には全員もしくは特定の共同相続人に対して無償で相続分の譲渡を行うものである
お 相続分放棄無効説
放棄者の相続分を他の共同相続人に(承諾なく)帰属させることは認められない
※野口愛子ほか編『新家族法実務大系 第3巻 相続Ⅰ』新日本法規2008年p203、204
5 相続分の放棄の効果(基本)
相続分の放棄によって生じる法的効果は、前記の解釈(説)によって細かい違いがあります。ただし、マイナス財産(相続債務)は、相続分の放棄の影響を受けないという解釈は一致しています。
相続分の放棄の効果(基本)
あ プラス財産(概要)
相続分の放棄がなされた場合のプラスの相続財産(積極財産)の扱いについて
いくつかの見解(解釈)がある(後記)
い マイナス財産
マイナス財産(相続債務)について
相続分の放棄をした相続人は債務を免れない
※最高裁昭和34年6月19日
※大阪高裁昭和31年10月9日
※東京高裁昭和37年4月13日
6 共有持分放棄と同様に扱う見解
前記のように、相続分の放棄の解釈(説)によって具体的な効果(扱い)に違いが出てきます。
まず、相続分の放棄を共有持分放棄と同様に扱う見解を前提にした場合の法的効果を整理します。
共有持分放棄の場合は、放棄者が有していた共有持分は、他の共有者の共有持分割合に応じて、他の共有者に帰属します。
しかし、そうではなく、結果的に相続放棄と同じ扱いにする見解(審判例)がいくつかあります。
共有持分放棄と同様に扱う見解
あ 法的構成
相続分の放棄について
遺産に対する共有持分の放棄と構成する
い 本来的な効果
民法255条により、放棄者以外の共同相続人に相続分に応じて帰属する
う 相続放棄同様の効果(審判例)
ア 具体的扱い
放棄した相続人の相続分をゼロとして遺産分割をする
相続放棄と同じように株分け的に処理する
=放棄者は最初から相続人にならなかったものとする
イ 具体例
子の相続分の放棄は子の間の相続分には影響するが、配偶者の相続分には影響しない
※長崎家裁佐世保支部昭和40年8月21日
※東京家裁昭和61年3月24日
※谷口知平ほか編『新版注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p287
※野口愛子ほか編『新家族法実務大系 第3巻 相続Ⅰ』新日本法規2008年p204
※潮見佳男著『詳解 相続法』弘文堂2018年p237
ウ 審判例への批判
『イ』の審判例について
共有持分権の放棄は相続放棄とは異なるのに、相続放棄と同じ扱いをすることには疑問がある
※松原正明著『全訂 判例先例 相続法Ⅱ』日本加除出版2006年p204
7 放棄者の意思により扱いを定める見解
相続分の放棄の法的効果として、前記とは別の見解として、放棄者の意思によって効果が定まるという見解もあります。相続分の譲渡と同じように扱っているともいえます。
放棄者の意思により扱いを定める見解
あ 法的効果を特定する方法
相続分の放棄の効果について
放棄した相続人の意思内容による
い 具体的効果(結論)
放棄した相続人の具体的相続分をゼロとする
その分は特定の(放棄した相続人が指定した)相続人に帰属する
※東京家裁平成4年5月1日
※高松高裁昭和63年5月17日(同旨)
う 法的構成
法的には、他の共同相続人のために無償で相続分を譲渡していると構成することも可能である
※谷口知平ほか編『新版注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p287
8 相続分の放棄と相続放棄・遺産分割との違い
相続分の放棄は、相続放棄や遺産分割と似ています。しかし、明確に異なる手続です。これらの違いを表にまとめます。
相続分の放棄と相続放棄・遺産分割との違い
比較事項 | 相続分の放棄 | 相続放棄 | 遺産分割 |
相続人全員の合意の要否 | 不要 | 不要 | 必要 |
期間制限 | なし | あり | なし |
裁判所の手続の要否 | なし | あり | どちらも可能 |
9 相続分の放棄の具体的な手続(方法)
相続分の放棄を行う具体的方法を説明します。民法上に規定はなく、法的性質としては単独行為とされています(前記)。そこで理論的には、他の相続人に知らせないとしても効果は生じます。しかし実際には、知らせないと混乱しますので、他の相続人に通知するのが一般的です。
家裁で遺産分割の調停や審判が行われている場合には、家裁に相続分の放棄をしたことを示す書面を提出します。家裁は手続排除決定を行うことになります。
相続分の放棄の具体的な手続(方法)
あ 他の相続人に対するアクション
(相続分を放棄する内容を)
他の相続人に通知する
い 裁判所に対するアクション
『相続分の放棄』の書面を家裁に提出する
→遺産分割における当事者適格を失う(前記)
→家裁が手続排除決定(脱退手続)を行う
※家事事件手続法43条
※東京家裁平成4年5月1日参照
※野口愛子ほか編『新家族法実務大系 第3巻 相続Ⅰ』新日本法規2008年p204
う 家庭裁判所による説明(参考)
10 相続分の放棄が関係する不動産登記の申請
相続分の放棄に関する解釈論には前記のようにいくつかの見解があります。ただし、遺産分割から離脱することについては一般的見解といえますし、現実に家庭裁判所もそのような扱いをしています(前記)。
次に、相続分の放棄をしたことで登記上の所有者から外れる申請ができるかという問題があります。実務としては、相続分の放棄は登記原因として認められていません。相続分の放棄とは別に、共有持分放棄の手続(通知など)を行った上で、共有持分放棄を登記原因とした登記申請をする方法は可能です。
また、相続分の放棄をした後、放棄者以外の相続人の間で遺産分割の調停が成立、または審判が確定すれば、(当然ですが)確定的な相続の登記ができることになります。
相続分の放棄が関係する不動産登記の申請
あ 『相続分の放棄』による登記申請(否定)
『相続分の放棄』を登記原因とした登記申請は認められない
※平成29年11月特定の地方法務局ヒアリング
い 遺産分割完了による登記申請(可能)
ア 登記申請の概要
(被相続人が登記上所有者となっている状態から)
遺産分割が完了した時に、相続による所有権移転登記を行う
イ 申請人
遺産分割によって取得することとなった相続人
ウ 添付書類
遺産分割の調停調書or審判書
11 相続分の譲渡との違い(概要)
相続分の放棄と似ている手段(手続)として、相続分の譲渡があります。遺産分割から離脱する効果は同じですが、相続分を譲り受ける者との間で合意(契約)することが必要であるなど、相続分の放棄とは異なる扱いもあります。
相続分の譲渡については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続分譲渡|遺産分割に参加する立場ごとバトンタッチできる
12 共有持分放棄との違い(概要)
相続分放棄(や相続放棄)とは別の手段として、遺産の中の特定の財産について共有持分放棄をする、ということも可能です。もちろん、どのような状況で使えるのか、また、この手段を用いた場合にどのような効果が生じるのか、ということは大きく異なります。遺産の中の財産の共有持分放棄については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
本記事では、相続分の放棄について説明しました。
実際には、個別的な事情によって最適な手続は違ってきます。
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