【賃金・残業代の遅延損害金・付加金|退職日前後の違い・裁判所の裁量】
1 未払賃金には遅延損害金が付けられる
2 遅延損害金の利率は,退職前6%,退職後14.6%が原則
3 係争中は『退職日後の遅延損害金14.6%』は適用されない
4 裁判では未払い賃金に『付加金』が加算されることもある
5 『付加金』についての裁判所の判断基準は『悪質』かどうか
本記事では賃金に加算される『遅延損害金』『付加金』について説明します。
賃金計算の基本部分は別記事で説明しています。
詳しくはこちら|賃金・残業代の計算の基本|労働時間の判断・割増率
1 未払賃金には遅延損害金が付けられる
残業代を含む賃金については支払が遅れると『遅延損害金』が付きます。
これは法律上の理論的なものです。
実務上,和解で終了する場合は,遅延損害金を省略することが多いです。
これは,和解の趣旨である,相互の譲歩,の一環という位置付けです。
逆に判決の場合は,厳密に,理論通りに遅延損害金を含めた金額が示されます。
2 遅延損害金の利率は,退職前6%,退職後14.6%が原則
<未払賃金の遅延損害金の年率の最低限>
時期 | 雇い主の属性 | 年率 | 根拠 |
退職日以降 | ― | 14.6% | 賃金支払確保法6条1項,同施行令1条 |
退職前 | 一般の会社,個人 | 6% | 商法514条 |
退職前 | 非営利法人 | 5% | 民法404条 |
退職日以降は,未払の賃金に加算される遅延損害金は年14.6%となります。
ただし,例外もあるので後述します。
一方在職中は,原則として,商行為に関する法定利率として年6%が加算されます。
ただし,これは勤務先が個人事業主,株式会社などの通常の場合(営利)です。
勤務先が公益法人など,利益・収益を目的としない組織(非営利),という場合は,一般の民事上の法定利率として年5%が適用されます。
以上は,勤務先と従業員の間で特に取り決めがなかった場合です。
就業規則や給与規程で条項があれば,そちらが優先となります。
一般的には,そのような規程類が定められていることはほとんどありません。
3 係争中は『退職日後の遅延損害金14.6%』は適用されない
退職日後の賃金の遅延損害金が14.6%となる規定については例外もあります。
<『退職日後』でも14.6%が適用されない場合>
あ 賃確法規則上の除外事由
ア 天災地変イ 雇用主が破産手続開始の決定を受けたウ 法令の制約により資金の確保が困難であるエ 合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っている ※賃金の支払の確保等に関する法律6条2項,同施行規則6条
い 除外となった場合の遅延損害金
『退職日前』と同じ=年5%or6%となる
実務上,よく登場するのは『係争中』を理由とするものです(上記『エ』)。
規則上『合理的な理由』が前提となっています。
これについての判例をまとめます。
<除外事由における係争の『合理的な理由』|判例>
あ 緩和的解釈=主流
ア 基本的解釈
・法律解釈・事実認定について当事者間に相違がある
・雇用主の主張する事実・解釈が不合理ではない
※東京高裁平成26年2月27日
イ 緩和的解釈
『合理的な理由がないとはいえない』程度で足りる
※東京地裁平成23年9月9日
※長野地裁松本支部平成25年5月24日
ウ 付随的な事情
雇用主が当初より『争いのない部分』については支払う意向を示している
→『合理的な理由』を肯定する事情になる
※東京地裁平成25年3月27日
い 厳格的解釈=少数説
天変地変と同視しうる程度の合理性が必要
※大阪地裁平成22年7月15日
実務上は係争中であれば『異常な主張=言いがかり的な言い分』以外では『合理的な理由』として認めるのが通常です。
要するに,紛争解決までの間の遅延損害金は年5or6%とする,ということです。
4 裁判では未払い賃金に『付加金』が加算されることもある
(1)付加金の趣旨
割増賃金等のいわゆる残業代の支給がなかった場合には,雇用主にペナルティーがあります。
ペナルティーの中でも金銭的なものとして「付加金」があります。
追加して支給しなくてはならない金銭という意味です(労働基準法114条)。
ただし,不払いとなった時点で発生するものではありません。
判決において裁判所が付加することができる,というものです。
また,裁判所も必ず付加金を加算するわけでもありません。
逆に,交渉など,裁判所の判決以外では付加金は加算されません。
付加金の金額は,未払金と同額,とされているので,要するに金額が2倍になる,ということです。
あくまでも最大限,という意味です。
(2)付加金の加算は裁判所の裁量で行われる
付加金の加算については,裁判所の裁量が大きいです。
付加金の趣旨としては,悪質な場合のペナルティです。
悪質な事例の場合に付加金の加算が行われるのです。
訴訟ではなく労働審判の場合は,付加金が加算されることは,通常ありません。
訴訟の判決でも,悪質でない場合は,付加金が加算されないことも多いです。
加算されても一定割合だけ,ということもあります。
5 『付加金』についての裁判所の判断基準は『悪質』かどうか
付加金が加算されるかどうかは『悪質かどうか』で判断されます。
具体的な裁判例で,どのようにこの悪質について判断されるのかを説明します。
悪質かどうかは交渉の経緯などが広く考慮されます。
付加金の加算の有無,その程度(割合)について,考慮される典型的な要素は次のようなものです。
<付加金の加算についての判断要素>
・証拠(タイムカードなど)の開示の態度
・雇用主側が,過剰に批判的な主張を控えているなどの主張に関する態度
・協議による解決に対する態度
実際には,悪質であるとして付加金を認める判断は少ないです。
裁判所が付加金の加算を否定する裁判例も多いです。
<付加金に関する判例|付加金を否定した事情>
タイムカードや勤怠管理表のほとんどは雇用主から証拠として提出されている
従業員の勤務態度等について雇用主から具体的な主張や立証がなされているわけではない
雇用主側は和解による解決を最後まで模索していた
※大阪地裁平成20年1月11日