【相続放棄の効果と詐害行為・第三者との優劣・相続分・遺留分との関係】

1 相続放棄の効果と詐害行為・第三者との優劣・相続分・遺留分との関係

相続の際、相続人が家庭裁判所の相続放棄の手続を行うと、文字どおり相続権がなくなるつまり、相続しないことになります。
詳しくはこちら|相続放棄により相続人ではない扱いとなる(相続放棄の全体像)
ここまでは単純ですが、相続放棄に関連していろいろな問題が出てくることもあります。本記事では、そのような問題を説明します。

2 相続放棄の効果の規定(前提)

相続放棄の手続をすると、相続人ではない扱いとなります。
本記事では相続放棄の細かい効果や他の手続・制度との関係について説明します。
最初に、相続放棄の効果についての規定を確認しておきます。

相続放棄の効果の規定(前提)

あ 条文規定

相続放棄により初めから相続人ではなかったことになる
※民法939条

い 現実的な効果

相続財産を承継することはなくなる
詳しくはこちら|相続放棄の基本|趣旨・手続・熟慮期間・起算点

3 他の相続人の相続権・相続分への影響

(1)原則→単純に存在しない扱い

たとえば相続人が6人の子A〜Fだけであれば、本来相続分は均等、つまり各自6分の1、ということになります。ここでC〜Eの3人が相続放棄をすると、法律上は、相続人はAB(2人の子)だけということになります。ABは各2分の1の相続分をもつ、ということになります。

(2)相続放棄の意図により相続分譲渡と同じ扱いをした裁判例

しかし、相続放棄をした者の意図、状況によっては、例外的に別の扱いがなされることもあります。たとえばC〜Fの4人が4人が承継する財産をBに与える意図で相続放棄をしたケースで、その後の遺産分割で、4人の相続分6分の4をAがもらったことにする、つまりAの相続分は6分の5とする、という判断がなされた裁判例があります。

相続放棄の意図により相続分譲渡と同じ扱いをした裁判例

そこで遺産分割の内容について検討するに、上記事実によれば、C、D、E、Fの四名が相続の放棄をしたのは、Pの遺産である本件土地を全部Bに取得させるためであつたものと認められるから、本件土地に対する共有割合は、実質的にはBが六分の五、不在者(注・A)が六分の一と考えるのが相当であり、不在者に対しては上記総価額九四万三五〇〇円の六分の一の一五万七二五〇円相当のものを取得させれば足りる。
※大分家審昭和49年12月12日(不在者財産管理人の権限外行為の許可申立事件)

なお、このようなケースでは、相続放棄の前提(動機・基礎)が表示されていたといえるならば、相続放棄の方を錯誤により取り消すことが認められることもあります(最判昭和40年5月27日・結論は有効)。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)

4 相続放棄と承継しない遺産分割は債務承継の点で違う

遺産を承継しないことにする主な方法として、相続放棄遺産分割の中で遺産を一切承継しないと合意する方法があります。
しかし2つの方法では、債務を承継するかどうかで違いがあります。
相続放棄だと債務を承継しません。実際に、債務を承継したくないから相続放棄をする、というケースが多いです。
一方、遺産分割協議書の中にAは債権債務を含めて遺産を承継しないと書いてあっても、法律上は債務を承継してしまいます。

相続放棄と遺産分割での相続債務の扱い

あ 相続放棄

放棄した相続人は、相続債務を承継しない

い 「承継しない」遺産分割

相続人は法定相続分の割合分だけ、相続債務を承継する
=債権者にとっては、遺産分割の効力は及ばない
例外=債権者が同意をすれば除外される

5 相続放棄は詐害行為にならない・遺産分割は違う

相続人の方が、元々債務超過になっている場合もあります。
相続により財産を承継すると、相続人の債権者に差し押さえられてしまいます。
これを回避するために『遺産を承継しない』という方法を取ることがあります。
具体的手続としては『相続放棄』と『遺産分割』があります。
これらが『詐害行為』になるかどうかは違う判断となります。

相続放棄の詐害行為該当性

あ 相続放棄

相続放棄は身分に関する行為という性格が強い
財産の取引という性格ではない
→詐害行為には該当しない
※最高裁昭和49年9月20日

い 遺産分割(参考)

Aが遺産を承継しない内容の遺産分割協議が成立した
遺産分割は財産の取引という性格が強い
→Aの債権者は詐害行為取消権を行使できる
※最高裁平成11年6月11日

なお、遺産分割は詐害行為の対象となる(可能性がある)に過ぎません。
具体的事情により詐害行為となるかどうかが判断されます。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)

6 相続放棄は登記なしで絶対的な効力が生じる

3か月の熟慮期間の間は、相続放棄か承認かが未確定という状態です。そして、相続放棄をした場合、初めから相続人ではなかったことになります。相続放棄をする前の段階では、暫定的な相続人とでもいうべき状態です。
この期間に、第三者の関与があると矛盾する、つまり対立する関係が生じます。これについて、判例は相続放棄の効力は絶対的であると解釈しています。この理論は、遺産分割のケースと比較すると特徴がよく分かります。
遺産分割による対立関係で優先されるには登記が必要なのです。
相続放棄では優劣と登記の有無は関係ないのです。

相続放棄の効果と第三者との優劣関係

あ 相続放棄と第三者の優劣(登記不要説)

相続放棄の効果は絶対的な効力を有する
不完全な物権変動すら生じない
登記の有無とは無関係である
※最高裁昭和42年1月20日

い 遺産分割と第三者の優劣(登記必要説・参考)

遺産分割の遡及効は第三者に対して制限される
対抗関係となる
→登記を得た方が優先される
※最高裁昭和46年1月26日
詳しくはこちら|遺産を取得した第三者と遺産分割の優劣の全体像

なお、遡及効については、相続放棄と遺産分割以外の手続でも登場します。
いろいろな手続の遡及効の比較については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄・信託受益権放棄・遺留分・税務の遡及効のまとめ

7 相続放棄の効果と第三者との優劣の具体例

前記のように、相続放棄の効力は絶対的です。
具体的には、相続放棄の結果、相続(承継)することになった者の方が優先となるということです。
この理論だけだと分かりにくいので、判例における事案を使って説明します。一部簡略化してあります。

相続放棄の効果と第三者との優劣の具体例

あ 放棄者の債権者と他の相続人の対立

被相続人Aが亡くなった
相続人はB・Cであった
相続人Bが相続放棄をした
Bの債権者Yが、Aの遺産の不動産についてBに代位して相続登記をした
登記の状態はB・Cの法定相続割合による共有となった
YはBの持分を対象とする仮差押を行った

い B・Yの優劣関係の結論

相続人CはYによる仮差押の効力を否定できる
※最高裁昭和42年1月20日

理論的には他の相続人が優先となりますが、実務では、登記を取り戻すなどの解決のために、手間、費用、時間を要します。
相続人が債務を負っていて、相続放棄を考えている場合は、決断や相続放棄の手続を早めに行うと良いでしょう。

8 相続放棄の影響を受けない→特定遺贈・贈与・生命保険金受取・相続税基礎控除

相続放棄の結果『遺産=相続財産を承継しない』ということになります。
そのため『もともと相続財産に該当しない』ものは影響ありません。
つまり受領できます。

相続財産ではないもの=相続放棄をしても受領できる

あ 特定遺贈

相続放棄をしても『特定遺贈』による承継を受ける
相続放棄とは別に『特定遺贈の放棄』をした場合は別
参考・包括遺贈の場合相続放棄により承継しない結果となる

い 死因贈与
う 生前贈与(既になされたもの)
え 生命保険金・死亡退職金の受取

事情によっては相続財産として解釈されることもある
詳しくはこちら|相続財産の範囲|一身専属権・慰謝料請求権・損害賠償×損益相殺・継続的保証

お 相続税の基礎控除

恣意的な『操作』を防ぐため、算定上は『相続放棄を無視』する
『相続税』のうち『相続放棄の影響を受ける』制度もある

相続放棄と相続税との関係については別記事にまとめています。
詳しくはこちら|相続放棄×相続税|基礎控除その他の控除類への影響・連帯納付義務に注意

9 相続放棄と特別受益・寄与分・遺留分との関係

相続に関して不公平を是正する制度が3つあります。
『相続放棄』をした結果、これらの適用がどうなるか、についてまとめます。

相続放棄と特別受益・寄与分・遺留分の関係

あ 『遺産分割』修正制度=特別受益・寄与分

相続放棄により解放される(適用されなくなる)

い 遺留分

ア 『遺留分侵害者』が『相続放棄』 『侵害している状態』に変わりはない
=相続人以外の第三者への贈与・遺贈として扱う
むしろ『侵害者自身の遺留分』がなくなる→『返還額が増える』方向性
イ 『遺留分減殺請求者』が『相続放棄』 遺留分減殺請求権も失う

もともと『遺留分』はとても強く保護されている権利です。
この保護の対象外へ逃れる方法は非常に限定されています。
詳しくはこちら|将来の遺留分紛争の予防策の全体像(遺留分キャンセラー)

10 相続放棄をしても姻族関係は存続する|特殊な扶養義務

『相続放棄』は『相続=財産の承継』についての効力だけです。
『配偶者が死亡』した場合に誤解がよくあります。

相続の承認/放棄とは関係なく存続するもの

あ 存続する関係

『生存配偶者』と『死亡した配偶者の親族』との『姻族関係』

い 『姻族関係』の具体的効果

一定範囲で『扶養義務』がある

仮に相続放棄をしても『姻族関係』は存続するのです。
とは言っても具体的には『扶養義務』くらいです。
『姻族間』の場合は、実際にはほとんど具体化することはありません。
詳しくはこちら|一般的な扶養義務(全体・具体的義務内容の判断基準)

11 姻族関係を解消する方法→姻族関係終了届

役所への届出によって、姻族関係を終了する方法もあります。
この点、相続放棄をせず(相続承継をして)姻族関係を終了するということも可能です。
相続を承認するか放棄するか、という選択と、姻族関係を存続させるか終了させるかの選択、はまったく別の独立した問題、ということです。

姻族関係を解消する方法→姻族関係終了届

あ 姻族関係を終了する方法

死別の後に姻族関係終了届を役所に提出する(裁判所ではない)
期限はない

い 姻族関係終了と相続

相続承認・相続放棄のいずれの場合でも姻族関係終了は可能である
※民法728条

本記事では、相続放棄をした場合に生じるいろいろな問題について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に相続放棄を含めて、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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