【弁護士vs司法書士の登記業務のなわばり争い・職域論(埼玉訴訟)】
1 弁護士vs司法書士のなわばり争い|ネオラッダイト訴訟
2 ネオラッダイト訴訟|場外でのバトル=弁護士会vs司法書士会
3 ネオラッダイト訴訟の判決|登記業務の職域論|弁護士も登記サービスOK
4 ネオラッダイト訴訟の判決|『劣位下等』という過激表現→違法
5 ネオラッダイト訴訟|職域論の公開バトルを振り返る
1 弁護士vs司法書士のなわばり争い|ネオラッダイト訴訟
弁護士と司法書士が『業務範囲のなわばり』で違う見解が法廷でぶつかりました。
司法書士にとっては『不動産登記』業務が提供サービスの大部分を占めます。
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『資格業』はそれぞれ『規制という参入障壁』への依存傾向が見られます(ネオラッダイト)。
このなわばり争いの裁判はネオラッダイト訴訟,と呼ぶべきものです。
詳しくはこちら|マーケットの既得権者が全体最適妨害|元祖ラッダイト→ネオ・ラッダイト
なお,業界では,埼玉発祥のバトルなので『埼玉訴訟』と呼ばれることが多いです。
このネオラッダイト訴訟(埼玉訴訟)の中で歴史に残る『過激表現』が飛び出しました。
<背景となった事案;〜ネオラッダイト対決〜>
あ 商業登記の申請代行
A弁護士はB会社の法律顧問であった
B会社が増資を行った
登記を含めた業務をA弁護士が受任し,遂行した
い 司法書士会の弁護士攻撃
司法書士会が会長名でB会社に対して通知した
《通知内容》
商業・法人登記は司法書士のみが各会社の法人からの嘱託に基づき申請代理ができる旨司法書士法に定められております。
今回登記所に申請のありました下記登記は司法書士による申請ではないように見受けられますが,次回登記申請の際は司法書士に嘱託されますようお願いいたします。
う B会社→A弁護士にクレーム
『法律上できない業務ならそう言ってくださいよ』
え A弁護士の主張〜激怒〜
ア 対司法書士会
司法書士会がA弁護士の名誉・信用を毀損した
イ 対国
地方法務局長が司法書士会に登記申請書類の閲覧を許可したことは違法である
お A弁護士の提訴
司法書士・国を被告として,損害賠償請求を求める訴訟を提起した
か 司法書士会への口撃→反訴
司法書士会を『劣位下等な職能集団』と訴状に記載した
司法書士会は名誉を毀損する表現であるとして反訴した
2 ネオラッダイト訴訟|場外でのバトル=弁護士会vs司法書士会
訴訟上は弁護士個人と埼玉司法書士会,という当事者が争いました。
しかし,それぞれの『ボス』が公開コメントでの表明で『宣戦布告』がありました。
<日本弁護士連合会vs日本司法書士会連合会>
あ 日本司法書士会連合会
『登記手続代理は司法書士の専権であり,弁護士といえども,偶々関与した事件に付随した登記以外は司法書士法違反である。』
※昭和62年5月
い 日本弁護士連合会
『弁護士法第3条に定める法律事務として,訴訟事件その他の争訟に関連するか否かにかかわらず,当然に登記申請手続の代理を行うことができる』
※日弁連総一第173号
正面衝突です。
最高級のポジショントークが炸裂したのです。
3 ネオラッダイト訴訟の判決|登記業務の職域論|弁護士も登記サービスOK
ネオラッダイト訴訟の判決では『登記業務の職域論』に判断が下されました。
<裁判所の判断|職域論>
弁護士は,弁護士法3条に基づき,登記申請代理業務を行うことができる
※東京高裁平成7年11月29日
これは特に司法書士業界では大きなショックでした。
ただその後の実務としても弁護士が『登記サービス』を大々的に売り出す,ということもあまり聞きません(後述)。
一方でユーザーである国民としてはあまり影響がなく,興味も少ないテーマです。
結果的に『業界同士の痴話喧嘩の公開バトル』という様相を呈したことで終わりました。
4 ネオラッダイト訴訟の判決|『劣位下等』という過激表現→違法
ネオラッダイト訴訟の判決でのもう1つの論点が訴状の表現の違法性です。
<裁判所の判断|損害賠償>
あ 訴状の記載についての評価
職務範囲の『包含関係』という客観的な関係を表明する訴訟上の必要性はあった
しかし『劣位下等』という表現を使わなくても十分に主張可能であった
い 判決主文
ア 司法書士会→A弁護士
100万円の賠償責任を認めた
謝罪広告の掲載は棄却
イ A弁護士→司法書士会
165万円の賠償責任を認めた
ウ A弁護士→国(国賠)
請求棄却
※東京高裁平成7年11月29日
さすがに必要以上の過激表現と判断されました。
なお,弁護士は一般的に職務上で攻撃的アクションをとることが多いです。そうすると,過度に過激な表現を用いることにより民事的な責任を負うケースがたまに生じます。
詳しくはこちら|弁護士の過激な表現による賠償責任(民事責任)
5 ネオラッダイト訴訟|職域論の公開バトルを振り返る
ネオラッダイト訴訟の全貌として言えることは『リング外』にあります。
観衆となった国民です。
<職域論が裁判になったことについて>
あ 対世間では『双方負け』
マスコミ報道により『なわばり争い』→『利権への意欲』というイメージが広がった
い 弁護士会の意向
弁護士会・司法書士会という組織間の協議で解決したかった
世間の話題にしたくなかった
スタンドプレーに走らず,弁護士会に知らせて欲しかった
う 司法書士業界の気持ち=ネオラッダイト精神
それまでは『弁護士の登記業務』はグレーであった
→意気地なし弁護士は避けてくれていた
→判決で『ホワイト』になった
→弁護士が堂々とシェアを奪える状態となった
→現実には登記サービスを売り出す弁護士は生じていない
ある意味,勝って負けたと言える訴訟だったのです。
<参考情報>
埼玉訴訟研究会編『司法書士と登記業務―いわゆる登記職域訴訟をめぐって―』民事法研究会
高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂