【不慣れな弁護士のミス→賠償責任|控訴・上告の期限切れ編】
1 弁護士のミスでも『上訴の追完』はできない|前提理論の判例
2 葬儀のため実家に戻っていた→控訴期限切れ
3 前記控訴期限切れの要因探求|S40’sはガラケー・インターネッツ不存在
4 前任弁護士事務所からの伝達ミス→控訴期限切れ
5 前記控訴期限切れの要因探求|『送達場所が弁護士会』の流行
6 受領日の誤解by事務スタッフ→控訴期限切れ
7 上告理由書期限切れ・その後の解決の念書は無効
弁護士のミスにより,依頼者・相談者に被害が生じたというケースを紹介します。
ユーザー(依頼者)としては,弁護士を選ぶことの重要性が分かります。
また弁護士にとっては『他山の石』として業務改良の一環とできます。
本記事では『控訴・上告』の期限切れとなってしまったケースを整理しました。
なお控訴・上告に関する『期限』などは別記事にまとめてあります。
詳しくはこちら|刑事・民事・家事手続の不服申立(控訴・上告・抗告)の書面提出期限
1 弁護士のミスでも『上訴の追完』はできない|前提理論の判例
控訴・上告の期限切れが弁護士のミス,というケースの前提理論を説明しておきます。
『控訴・上告ができなくなる』というのが法律上の規定です。
この点『本人(依頼者)にはミスがない』ということから救済措置を求める声もあります。
これについては最高裁判例があるので紹介します。
<代理人の過失による期限の経過|参考>
訴訟代理人の過失により上訴期限が経過してしまった
→上訴の追完は認められない
※最高裁昭和33年9月30日
『ダメな弁護士を依頼した人も悪い』というような結論となっています。
そこで『控訴・上刻期限切れ』があった場合は『救済不能=深刻な事態』となるのです。
2 葬儀のため実家に戻っていた→控訴期限切れ
『弁護士が葬儀で帰省していた』ことが理由となって控訴期限が切れてしまったケースです。
<敗訴判決の報告が遅れた→控訴期限を経過した>
あ 依頼
建物賃借人Xがオーナーから建物明渡請求訴訟を提起された
XがA弁護士に訴訟の遂行を依頼した
い 判決書の送達
A弁護士の事務所に判決書が送達された
内容はX敗訴であった
う A弁護士が対応できなかった
A弁護士は,実父の急逝により実家に帰省していた
事務所に戻った時には『控訴期限』を経過していた
え Xの提訴
XはA弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した
<裁判所の判断>
あ 評価
委任状の記載に『控訴申立』が含まれていた
とりあえず控訴を申し立てるべきであった
維持するかどうかはその後にXに確認すべきであった
い 判決
20万円の賠償責任を認めた
※東京地裁昭和46年6月29日
控訴するかどうかを検討できる期間は2週間です。
その間に弁護士と依頼者とで原審判決の検討・分析・協議を行います。
もともと短い期間なのです。
この判決では一般的に『依頼者の意向が確認できない場合はとりあえず控訴しておく』という方向性が示されました。
3 前記控訴期限切れの要因探求|S40’sはガラケー・インターネッツ不存在
前述の事案についてのコメントを紹介します。
<事案に対するコメント>
あ 発生の要因
昭和40年代は携帯電話・インターネット自体がなかった
現在では生じない『要因』である
い 費用の考察
『控訴』するには貼用印紙が必要である
状況によっては『緊急事務管理』として償還請求ができる;民法698条,650条1項
第1審訴訟事件を受任する時点で『控訴の場合の措置』を十分に協議,合意しておくとベスト
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p173〜
<他の見解と批判>
控訴審の判断とは関係なく『執行の時期を遅らすことができた』利益もある
※加藤新太郎『弁護士役割論』弘文堂p118
↓批判
『訴訟の完結を遅延させる目的』での控訴提起は良くない
法律上の制裁があるので推奨できない
※民事訴訟法303条
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p173〜
このコメントのように『受任段階で控訴時のフローを明確に合意しておく』は理想です。
例えば『依頼者の意向が確認できない場合はとりあえず控訴状提出をする→確定を回避する』という内容です。
ただ,控訴状に貼付する印紙は『最初の提訴時』よりもさらに高い料率です。
印紙を貼付せずに提出して印紙を追完する,という裏技もあります。
いずれにしても『依頼者の意向確認未了での控訴』は緊急の暫定的措置です。
4 前任弁護士事務所からの伝達ミス→控訴期限切れ
原審判決後,控訴審は別の弁護士に依頼する,ということもあります。
ここで『訴訟資料・情報の引き継ぎ』が生じます。
『判決送達日の伝達ミス』により『控訴期限切れ』となったケースを紹介します。
<判決送達日の伝達ミス→控訴できなくなった>
あ 原審・控訴審で依頼する弁護士をチェンジ
Xは,第1審はA弁護士に委任した
判決後,Xは,第2審をB弁護士に委任した
い 判決送達日・控訴期限の確認
B弁護士がA弁護士に『判決送達日』を問い合わせた
A弁護士が誤って回答した
B弁護士が控訴状を裁判所に提出した
既に『控訴期限』を過ぎていた
う B弁護士の賠償
B弁護士はXに,任意に30万円を支払った
え Xの提訴
Xは,A弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した
<裁判所の判断>
20万円の損害賠償を認めた(A弁護士の責任)
※東京地裁昭和49年12月19日
この判決では『誤った情報を提供した側』の責任が判断されました。
『誤った情報を信用した側=B弁護士』の責任は判断されていません。
それ以前に任意に賠償金を払ったので訴訟になっていないのです。
B弁護士の方は責任が否定される可能性もあったでしょう。
この点,B弁護士は『念のため1営業日早めに出しておく』ということをしておくと良かったのです。
というのは『控訴状』には,実質的な内容=原審判決の不服,の詳細は記載しません。
形式的な記載がほとんどなので『控訴する』ということさえ決まれば作成・提出はスピーディーにできるのです。
5 前記控訴期限切れの要因探求|『送達場所が弁護士会』の流行
前述のケースにおいて,A弁護士が『判決送達日』を誤った理由まで検討を進めます。
<事案に対するコメント>
あ ミスの原因
A弁護士は送達場所を『東京弁護士会』としていた
昭和45年当時はこのような方式がよくあった
い 弁護士増員時代に応用
弁護士人口の増大により,実質的な事務所を持てない弁護士が登場
→弁護士会を送達場所,が復活するかもしれない
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p176〜
昭和40年のガラケーはおろかポケベルもまだ鳴っていない時代ならではの背景があったのです。
それが21世紀に『想定外の弁護士急増』でこの『背景事情』が復活する可能性が指摘されています。
いわゆる歴史スパイラル現象の1つです。
6 受領日の誤解by事務スタッフ→控訴期限切れ
法律事務所の事務スタッフの単純ミスが『控訴期限切れ』に至ったケースです。
<判決送達日を事務スタッフがミス→控訴できなくなった>
あ 控訴できなくなるミス
XはA弁護士に訴訟を依頼した
A弁護士は,判決の送達を受けた日を誤った
控訴状を提出した時点では控訴期限が経過した後だった
控訴できなくなった
い ミスの原因
採用したばかりの事務員への指導不足
A弁護士が履行しなかった『指導』
《適切な指導内容》
ア 『判決の送達がどのような意味を持つか』の説明イ 郵便物受取日を刻印したゴム印(スタンプ印)を押捺する
う Xの提訴
Xは,A弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した
<裁判所の判断>
あ 評価
控訴審で確実に勝訴できたとは言えない
い 判決
請求棄却=A弁護士の責任を否定した
※横浜地裁昭和60年1月23日
これは心情的・心理的な悩ましい問題に行き着きます。
<事案へのコメント>
事務スタッフから聴取した内容を疑って裁判所に確認する方法
→信頼関係を揺らがせる契機となる
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p178
結局は,前述のように『控訴状提出日』に少なくとも1営業日程度は余裕をもたせる,が強力な事故防止法なのでしょう。
7 上告理由書期限切れ・その後の解決の念書は無効
上告理由書は提出期限を1日でも遅れると『棄却』となってしまいます。
このようになってしまったケースがあります。
『期限切れ発覚』の後に,弁護士と依頼者で問題解決が協議されました。
その結果合意に至り『念書』の調印が行われました。
<上告理由書の提出期間切れ>
あ 上告期限切れ
XはA弁護士に訴訟を依頼していた
控訴審判決後,上告することにした
A弁護士は,上告理由書を提出期限までに提出しなかった
上告が却下された
い 責任についての協議・合意
上告却下の後,XとA弁護士で協議し,念書を作成した
《念書の内容》
・A弁護士は,当該土地明渡請求に関する仮処分・仮差押・調停申立・訴訟提起を無料で受任する
・Xが上告却下に関する損害賠償請求権を放棄する
う 権利実現ができなくなった
すべての手続の結果としても,明渡の実現はできないことが確定した
え Xの提訴
Xは,A弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した
<裁判所の判断>
あ 評価
Xは韓国籍である
日本語の読み書き能力が極めて低かった
日本の法的知識がない
↓
Xは『再審請求が可能』(上告申立と同様)と誤解していた
↓
念書は無効である
い 判決
50万円の賠償責任を認めた
※東京地裁平成6年11月21日
判決では『念書』は無効とされました。
依頼者Xが日本語や日本の裁判システムをしっかりと理解していなかった,と判断されたのです。
当然ですが『期限切れ』をしてしまう時点で『あってはならない損害』が発生しています。
プロとして責任を負担すべき,という方向の判断は当然でしょう。
<参考情報>
高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂