【弁護士の過激な表現による賠償責任(民事責任)】
1 準備書面に『横領した』と断言で口撃→違法
2 準備書面に『嘘つき』と糾弾した→事案の特殊事情により適法
3 準備書面などの過激表現→責任あり|事例
4 場外攻撃|月刊誌・週刊誌の過激・攻撃的記事
5 弁護士のプライバシー攻撃|反則的だがある程度はスルーされる
6 弁護士が司法書士のことを『劣位下等』と侮辱した|ネオラッダイト訴訟
7 法律家ではない素人の司法書士という侮辱(懲戒・参考)
1 準備書面に『横領した』と断言で口撃→違法
弁護士は良い意味で依頼者サイドで最大限の権利行使・主張を行うことが使命です。
もちろん,個別的な事情により『調整』『手加減』することがあるのは当然です。
いずれにしても原則=最大限の攻撃,という設定なのです。
ただ攻撃・口撃も限度があります。
過剰な口撃,に関するケースを紹介します。
<準備書面に『横領した』旨の断言的記載をした>
あ 事案
A弁護士は,準備書面に次のような表現を記載した
い 準備書面の記載事項
『相手方弁護士らは,被告らから横領することを企て,その実行を共謀した』
『相手方弁護士らはいずれも横領行為の共謀共同正犯または教唆犯もしくは従犯者に該当する』
<裁判所の判断>
あ 訴訟の性質論
民事訴訟は,私人間の紛争解決の場であり,対立当事者が各々の立場から攻撃防御を応酬し合い,それを通じて裁判所を説得し,自己の権利,利益の伸長,擁護を図る場である
そこでは,利害関係や個人的感情が鋭く対立するのは自然の勢いである
しばしばその主張が過度になるのもやむを得ない面がある
い 事案の評価
記載事実に根拠がない
断定・強調した表現である
表現を執拗に繰り返した
訴訟遂行上の必要性を超えている
正当な弁論活動の範囲を逸脱している
う 結論
違法性は阻却されない
各被害者に対して10万円を賠償する責任を認めた
※大阪高裁昭和60年2月26日
原則的に『犯罪に該当する行為』についての『断言』は違法とされる傾向があります。
例えば『横領に該当する可能性がある』などの『断言を避けた表現』は通常許容されています。
2 準備書面に『嘘つき』と糾弾した→事案の特殊事情により適法
準備書面で『虚偽の主張』『嘘つき』と明言したケースです。
<『嘘つき』『虚偽の主張』を準備書面に記載した→特殊性により責任否定>
あ 事案
A弁護士は,準備書面に次のような表現を記載した
い 準備書面の記載内容
『明らかな虚偽の主張,立証を行う』
『噂の主張・立証を法廷で平気で行う』
『X弁護士は,裁判所及び相手方を騙そうとしたものであり(略)卑劣極まりない行為を犯した』
『虚偽の主張・立証を平然と行う(略)嘘つきの被控訴人の主張』
う X弁護士が提訴した
X弁護士は,自身の名誉を毀損するものと主張した
<裁判所の判断>
あ 表現の限界論
『虚偽』『嘘つき』という表現は原則的に名誉毀損に該当する
→民事上の不法行為として損害賠償責任が生じる
い 準備書面の内容・背景
相手方(当事者)の行為が弁護士法73条に違反するかどうかが主要な争点であった
X弁護士は当初の主張を変転させていた
う 裁判所の評価
A弁護士としては,虚偽の主張・立証としての非難が必要であった
相手方の主張の弾劾・依頼者の主張の裏付けにつながるものであった
上告審・差戻し後の控訴審の裁判官に従前の訴訟活動を理解してもらうために必要であった
訴訟遂行に必要な範囲と言える
やむを得ないものである
え 判決
請求棄却=A弁護士の賠償責任を否定した
※東京地裁平成16年8月23日
ポイントは『事案の特殊事情』を考慮して違法性を否定した,というところです。
逆に言えば,一般的には『嘘つき』『虚偽の主張』という表現は違法性がある,ということなのです。
この点例えば『嘘つきと言えよう』という,ちょっとボカした表現であればまた判断は異なるでしょう。
根本的に『対立=過激が当然』という背景があるので多少でもボカせば適法となる傾向が強いです。
さらに実務上はいきなり『違法→責任発生』となるわけではありません。
相手や裁判所が『撤回を求める』というプロセスがあります。
これを乗り越えて初めて『ベット』状態,つまり,責任が判断されるプロセスに移るのです。
3 準備書面などの過激表現→責任あり|事例
以上のように,訴訟上の書面では過激な表現が登場することが多いです。
さらに,判例上の『違法』と認められた事例を簡単にまとめておきます。
<準備書面などの過激表現→責任あり|事例>
あ 準備書面×名誉毀損
準備書面において過激な内容の記述があった
→相手方弁護士に対する名誉毀損に該当する
→弁護士・依頼者本人に対する慰謝料請求が認められた
※東京地裁平成5年7月8日
い 準備書面・陳述書×名誉毀損
準備書面・陳述書に『相手方当事者の名誉を毀損する』内容があった
→訴訟上の主張立証に名を借りた個人攻撃と認定された
→損害賠償請求が認められた
※東京地裁平成18年3月20日
4 場外攻撃|月刊誌・週刊誌の過激・攻撃的記事
表現の攻撃,が行われるのは訴訟・交渉のリングだけではありません。
『場外』での攻撃・乱闘も紹介します。
<場外攻撃|月刊誌・週刊誌の記事>
あ 弁護士のモラル・対応の批判
月刊誌に次の概要の記事を記載・出版した
弁護士のモラル・対応を批判する内容
→名誉毀損の不法行為は成立しない
※東京地裁平成16年2月10日
い 弁護士の訴訟活動の論評
週刊誌に次の概要の記事を記載・出版した
弁護士の訴訟活動に対する論評
ア 『悪質な訴訟ビジネス』イ 『弁護士法に違反する』
→不法行為は成立しない
※東京地裁平成16年6月2日
5 弁護士のプライバシー攻撃|反則的だがある程度はスルーされる
訴訟・交渉では,弁護士個人は代理人に過ぎません。
しかし『代理人個人のプライベート・名誉』が攻撃対象になることもあります。
<弁護士のプライバシー攻撃>
あ 陳述書における記述
『弁護士が韓国籍の若い女性と海外旅行をした』
い 裁判所の判断
『相当な訴訟活動の範囲内』である
→損害賠償請求を認めなかった
※東京地裁平成18年9月7日
このケースでは『まともに取り合わなければ良い』という結果になっています。
6 弁護士が司法書士のことを『劣位下等』と侮辱した|ネオラッダイト訴訟
訴訟における『過激表現』のケースとして,弁護士vs司法書士のなわばり争いの訴訟があります。
ネオラッダイト訴訟とでも呼ぶべきバトルでした。
なわばり争い,つまり職域論がメイン争点の訴訟でした。
しかし,この訴訟ではテンションが上り詰め,過激表現が登場しました。
弁護士が司法書士のことを『劣位下等』と,訴状で表現したのです。
これについては別記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|弁護士vs司法書士のなわばり争い|登記業務の職域論|埼玉訴訟(ネオラッダイト)
<参考情報>
高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂
7 法律家ではない素人の司法書士という侮辱(懲戒・参考)
前記と同様に,弁護士が司法書士のことを侮辱するような言動をして責任を負うことになった別の事例があります。
これは民事的責任ではなく,弁護士会の懲戒という行政的な責任ですが,内容は前記の埼玉訴訟のケースと非常に似ていますので紹介します。
まず,法務大臣の認定を受けた司法書士(認定司法書士)は一定の範囲内で代理人として交渉することができます。それにも関わらず,代理人となれないようなことを表現(連絡)したこと自体が不当です。さらに法律家ではない・素人という表現も許容範囲を超えています。
最終的に戒告の処分がなされています。
<法律家ではない素人の司法書士という侮辱(懲戒・参考)>
あ 不当な連絡に至る経緯
Aが認定司法書士Yに金銭の返還請求を依頼した
司法書士Yは,金銭の返還請求を求める通知を代理人として作成・送付した
弁護士Xは,(代理人Yではなく)Aに対して直接連絡した
い 連絡に含まれた主な表現
『法的根拠に基づかない書面』
『流石に内容を含め承服できない』
『弁護士なら相手もしますが』
『法律家ではない素人の司法書士』
う 弁護士会の判断
代理人である認定司法書士Yを相手とはせず,直接Aと交渉するともとれる表現であった
Yを含む司法書士という職業に対する侮辱的な表現を含んでいる
→弁護士としての品位を失うべき非行である
※弁護士法56条1項
→戒告とする
平成29年11月9日(効力発生日)
※『自由と正義69巻3号』日本弁護士連合会2018年3月p120