【原状回復義務|通常損耗修補特約の有効性|リフォーム・クリーニング・カギ交換】
1 契約書条項・特約|一般的な有効性判断枠組み
2 原状回復義務|通常損耗修補特約の有効性判断基準
3 原状回復義務|通常損耗修補特約の『理解・納得』判断基準
4 原状回復義務|通常損耗修補特約の『合理性』判断基準
5 原状回復の特約|リフォーム・クリーニング→無効傾向
6 原状回復の特約|カギ交換→無効傾向
本記事では原状回復義務の特約の有効性について説明します。
原状回復の基本的事項については別記事で説明しています。
詳しくはこちら|原状回復義務|基本|通常損耗は含まない・特別損耗・契約違反による損傷は含む
1 契約書条項・特約|一般的な有効性判断枠組み
原状回復について,賃借人が負担する範囲,について,賃貸借契約書上に規定されていることが多いです。
賃借人が『経年劣化=通常損耗』以上の補修義務を負う,とされている賃貸借契約書は多いです。
原則を修正しているので,そのような条項を『特約』と呼びます。
実務上,原状回復義務に関する『特約』は設定されているのが通常です。
しかし『無効』となることも結構多いです。
まずは一般的な特約の有効性判断の大枠をまとめます。
<『特約』の有効性判断|枠組み>
ア 特約は原則的には有効である
『一律無効』というわけではない
イ 例外的に無効と判断されることもある
『賃借人保護』・『消費者保護』という観点から無効と判断されることもある
建物の賃貸借契約では『無効』という判断が結構多い
2 原状回復義務|通常損耗修補特約の有効性判断基準
建物の賃貸借契約では『通常損耗の原状回復・修補義務』を賃借人が負うという特約はとても多いです。
『通常損耗修補特約』と呼ぶことも有ります。
まずは有効性判断の基準をまとめます。
<通常損耗修補特約|有効性判断基準>
あ 賃借人の理解・納得の程度
次のいずれかに該当した場合有効となる
ア 通常損耗の範囲が明確にされているイ 賃貸人が口頭で説明した+賃借人が明確に認識した
※最高裁平成17年12月16日
い 特約内容の合理性
特約の内容の合理性によっては無効となる
※民法606条,608条,消費者契約法10条
※大阪高裁平成16年12月17日
3 原状回復義務|通常損耗修補特約の『理解・納得』判断基準
(1)賃借人の『理解・納得』の判断基準
通常損耗修補特約の有効性判断基準の1つは『賃借人の理解・納得』です。
この判断基準をまとめます。
<通常損耗修補特約|『賃借人の理解・納得』判断基準>
次のいずれにも該当する場合,有効となる傾向が強い
ア 具体的な修繕費用の範囲が契約書などに明記されているイ しっかりと説明が行われたウ 賃借人が十分に認識・了解した
(2)賃借人の『理解・納得』の判断の方向性・具体例
賃借人の『理解・納得』の判断の方向性をまとめます。
<通常損耗修補特約|賃借人の理解・納得|具体例>
あ 無効方向となる事情
すべて印字された定型契約書で読み合わせせずにサインだけした
い 有効方向となる事情
ア 契約書等の条項において,負担内容が具体的に記載,規定してあるイ 契約書上,赤い文字で記載するなど,強調されている
4 原状回復義務|通常損耗修補特約の『合理性』判断基準
通常損耗修補特約の有効性判断基準のもう1つが『合理性』の評価です。
判断基準をまとめます。
<通常損耗修補特約|『合理性』判断基準>
あ 賃借人に原状回復義務を負わせる必要性・合理性がある
例;引き換えに家賃を低く設定した→有効方向
い 著しく賃借人に不利,とは言えない内容
例;短期間での退去でも壁紙・床・天井の全面貼り替え→無効方向
う 内容が公序良俗に反しない
例;古い建物なのに新築同様の状態にリフォームする→無効方向
5 原状回復の特約|リフォーム・クリーニング→無効傾向
(1)リフォーム・クリーニングの性質論→特約の有効性
リフォーム・クリーニングを『原状回復』に含める特約は多いです。
<リフォーム・クリーニングの特約|有効性>
あ 特約の条項例
『各種リフォーム費用,ハウスクリーニング費用は借主が負担する』
い 有効性の傾向
『賃借人の理解・認識不足』を理由に否定される判例が多い
※東京簡裁平成14年9月27日など多数
一般的にリフォーム費用,ハウスクリーニング費用は『自然損耗(の対価)』の範囲内です。
そして,この事例での特約は,原則論を排除するものです。
この点,室内のリフォーム費用を賃借人が負担する,という特約の有効性を否定した裁判例は多くあります。
これらの裁判例が理由として指摘するのは,『賃借人の理解,認識が不十分であった』というものが多いです。
逆に言えば,次のような場合は有効となる可能性が高いでしょう。
(2)リフォーム・クリーニングの特約|有効となる事情
リフォーム・クリーニングを原状回復に含める特約が有効となる事情をまとめます。
<リフォーム,クリーニングの特約|有効となる事情>
ア リフォーム・クリーニングの対象(負担の内容)が具体的であるイ 契約書上,強調されている 例;赤い文字で記載するなど
6 原状回復の特約|カギ交換→無効傾向
(1)通常は『カギ交換(費用)』は原状回復に含まれない
一般的に,前の賃借人が合鍵を作成している可能性があります。
この鍵を次の賃借人も使うとセキュリティ・精神的な安心感という面で大きな問題です。
そこで通常,賃借人退去→別の賃借人が入居する,という時点でカギ(と錠前)を交換します。
常識的な賃貸業務の一環と言えます。
つまり,賃貸業における想定内のコストと考えられます。
『自然損耗』ではないですが,同様の位置付けと言えます。
(2)『カギ紛失』の場合は原状回復に一部含まれる
退去の時点で,賃借人がカギ(の1つ)を紛失しているケースもよくあります。
この場合,原状回復の解釈が通常とは異なることがあります。
カギの紛失が,『カギ交換が必要となった』原因の1つとも考えられます。
この解釈を前提とすると『カギ交換費用』は,賃借人とオーナーで分け合う,という判断につながります。
過失相殺と類似する考え方です。
(3)『カギ交換』を原状回復に含める特約→無効となる傾向
『カギの交換』の費用を原状回復の一環として『賃借人負担』とする特約(条項)もよくあります。
この点,前記のとおり『カギ交換』は,賃貸業務の本質的コストです。
性質上賃貸人が負担するものです。
ですから『カギ交換』を借主負担とする特約は無効とされる傾向があります。
<参考情報>
月報司法書士 14年4月号p32〜38