【ビットコイン『返還請求権』の差押|基本|ウォレットを預貯金と同じ方式で差押】
1 ビットコインとレガシー通貨の『預かる』の比較|『銀行』と似ている
2 ビットコインの保管・預かり×差押|預貯金・生命保険の差押と似ている
3 ビットコインの『返還請求権』|法的構成
4 ビットコインの『返還請求権』|法的構成×差押の可能性
5 ビットコインを『預ける』プロセス|ウォレットのシステムによって異なる
6 ビットコイン・ウォレットの分類|『完全/SPV/サーバー』クライアント型
7 ビットコイン・ウォレットの分類|まとめ
8 完全クライアント・サーバー・クライアント型ウォレット→差押NG
9 SPVクライアント型ウォレットの差押(概要)
本記事ではウォレットに入ったビットコインの『返還請求権』の差押のうち基本的部分について説明します。
別記事で説明している『ビットコイン自体の差押』とは大きく異なります。
詳しくはこちら|仮想通貨自体の差押の分類(日本円/仮想通貨建て債権)
1 ビットコインとレガシー通貨の『預かる』の比較|『銀行』と似ている
ビットコインを使うには,最初に既存の通貨で『購入する』のが通常です。
例えば『日本円』と『ビットコイン』を交換・両替した,という状態です。
銀行が既存通貨を外国通貨に『替える』のと似ています。
ビットコインの『取引所』と既存通貨の『銀行』の比較を整理します。
<ビットコインとレガシー通貨|『預かる・交換』業務の比較>
あ レガシー『銀行』の業務内容
ア 日本円・外国通貨を顧客から預かる・貸すイ 他の種類の通貨と両替(交換)する
い ビットコインの『取引仲介会社・交換所・ウォレット』の業務内容
ア ビットコイン・他の仮想通貨を顧客から預かる
一般的に約款上『入金』『出金』という表現を用いている
イ ビットコインを既存通貨(日本円)と交換(売買)する
約款上『委託売買』という表現を用いるケースが多い
取引所の具体的サービスの中では『ビットコインや日本円を預かる』こともあります。
全体として『銀行の預金』と似ている状態にあります。
この点『預貯金』については,代表的な『差押の対象』です。
2 ビットコインの保管・預かり×差押|預貯金・生命保険の差押と似ている
既存の実務で『第三者が預かった財産』を差し押えるケースがあります。
前述の『預貯金の差押』のことです。
ビットコインの差押にも応用できる可能性があるので紹介します。
<取引所が『預かっている』ビットコイン×差押>
あ ヒントとなるレガシー差押
ア 日本円の預貯金の差押
『金融機関への払戻請求権』を差し押える(受領する)
イ 生命保険の差押
『解約→解約返戻金請求権の差押(受領)』をセットとして行う
い 新発想=ビットコインの差押に応用
『ビットコイン返還請求権』を差し押えるという発想
当然『預けてあるビットコインを差し押える』という応用技の可能性が予感されます。
3 ビットコインの『返還請求権』|法的構成
ビットコインを『預けた』場合の『返還請求権』の法的扱いを分析します。
<ビットコインの『保管』『預かり』→返還請求権>
あ 消費寄託
『寄託物』の返還請求
※民法666条,662条
い 準委任
『受領物』の引渡請求
特に『他の通貨との交換・売買』の委託方式とは整合する
※民法646条1項
う 合意・特約(無名契約)
個別的な合意・特約は優先される
え 『返還請求権』は存在しない
個別的な合意や解釈によっては『返還請求権』は否定される(後述)
このようにいくつかの考え方があります。
しかしこの解釈論は『差押』の可能性には大きな影響を与えません。
返還請求権の解釈論はここまでにします。
4 ビットコインの『返還請求権』|法的構成×差押の可能性
ビットコインの『返還請求権』の分析と『差押』は直結するわけではありません。
このことを整理します。
<差押×『返還請求権の法的構成』|関係性>
あ 『差押』と『法的構成』の関係
『法的構成』の解釈を完全にクリアしない場合でも
→『差押』ができないわけではない
い 『差押』に必要な『法的状態』
『保管中のビットコインの送信を要請できる立場・権利』が認められる場合
→『差押』ができる可能性がある
う ビットコイン返還請求権の差押が可能となる条件
『送信(出金)先のアドレスを指定し,送信作業を要請する』権利が認められる
→既存の差押手続に『乗る(適合する)』
5 ビットコインを『預ける』プロセス|ウォレットのシステムによって異なる
以上は『ビットコインを預けた』ことを前提にした説明です。
この点『ビットコインを預ける』という概念は『レガシー通貨(日本円)』のように簡単ではありません。
ビットコインの『保管・送信・受信』は『ウォレット』という仕組みを使います。
ウォレットについてまとめます。
<ビットコイン・ウォレット|基本事項>
あ ビットコインの流通システムの根幹
P2P方式(プロトコル)
=大きな台帳(ブロックチェーン)を参加者全員で共有する方法
い 原則・原理的な具体的方法
各参加者(ユーザー)が『台帳』を端末に『ダウンロード→保管』する
→現在では『台帳』が膨大→実行しようとすると非常に不便である
う 不便を解消するサービス・アプリ
『台帳管理』を工夫・代行するサービスがたくさん登場している
→『ビットコイン・ウォレット』と呼んでいる
『ウォレット』の機能を持つ『取引所』も多く存在する
6 ビットコイン・ウォレットの分類|『完全/SPV/サーバー』クライアント型
『ビットコイン・ウォレット』の構造には複数の種類が存在します。
この種類によって法的に『預けた』状態として扱えるかどうかが違ってくるのです。
3種類のウォレットの仕組みを順にまとめます。
<完全クライアント>
あ 概要
台帳全体・秘密キーを『ユーザーの端末』で保管・管理する
い メリット
他社(ウォレット業者など)に秘密キーを『預ける』ことがない→秘密キーの悪用・盗用が生じない
う デメリット
ユーザー管理のデータ要領が膨大→セットアップに時間が掛かる
『データ消失=秘密キー紛失』時に『ビットコイン送信』ができなくなる
<SPVクライアント型>
あ 概要
台帳・秘密キーを『ウォレット業者』が保管・管理する
『Simplified Payment Verification』の略→『SPV』
い メリット
ユーザーは台帳を自身の端末に保管する必要がない
自身の端末上での『データ消失=秘密キー紛失』が生じない
う デメリット
秘密キーを業者が管理する→悪用・盗用・倒産リスクがある
倒産リスクについては,一定の条件をクリアすれば回避できます。
ただ,前例のないテーマですので,具体的な扱い・解釈が統一されていないと言えます。
詳しくはこちら|預けた財産の権利の帰属と信託による倒産隔離の全体像
<サーバー・クライアント型>
『あ』『い』の中間的なタイプ
7 ビットコイン・ウォレットの分類|まとめ
ビットコイン・ウォレットの分類は3つあります(前述)。
具体的・代表的なサービスも含めてまとめます。
<ビットコイン・ウォレットの分類|まとめ>
種類 | 台帳保管 | 秘密キー管理 | サービス例 |
完全クライアント型 | ユーザー | ユーザー | Bitcoin-Qt・bitcoind |
サーバー・クライアント型 | 外部サーバー | ユーザー | Electrum |
SPVクライアント型 | 業者 | 業者 | MultiBit・Bitcoin_Wallet |
8 完全クライアント・サーバー・クライアント型ウォレット→差押NG
複数ある,ビットコイン・ウォレットの扱い上重要なのは『秘密キー』の管理方法です。
『完全クライアント』『サーバー・クライアント』型は秘密キー管理をユーザーが行います。
逆にウォレット業者側は秘密キーを把握していません。
構造的に『ユーザーのビットコインの動き』に触れることはできないのです。
『ユーザーからウォレット業者に対する返還請求権』というものは存在しません。
ということは『返還請求権を差し押える』こともできません。
9 SPVクライアント型ウォレットの差押(概要)
ビットコイン・ウォレットがSPVクライアント型の場合は『返還請求権』が認められることがあります。
そうすると,これを『差し押える』という可能性があります。
詳しい内容は別記事で説明しています。
詳しくはこちら|ウォレット内ビットコインの差押|SPVクライアント型は可能性あり