【ウォレット内ビットコインの差押|SPVクライアント型は可能性あり】
1 SPVクライアント型ウォレット→返還請求権の差押|『譲渡命令』
2 ウォレット内のビットコインの差押×『差押回避的条項』|差押が優先される傾向
3 レガシー電子マネー×差押|法律上『払戻禁止』→差押できない|参考
4 ウォレット内のビットコインの差押×『ユーザー特定』|匿名性→差押回避
5 ビットコインの『財産性』|大前提の判断|裁判所は認めている
6 ビットコインの差押が可能となる根本的理由=ウォレット業者が送信可能
本記事では,SPVクライアント型ウォレットに入ったビットコインの差押について説明します。
ビットコイン・ウォレットの基本的事項は別記事で説明しています。
詳しくはこちら|ビットコイン『返還請求権』の差押|基本|ウォレットを預貯金と同じ方式で差押
1 SPVクライアント型ウォレット→返還請求権の差押|『譲渡命令』
ビットコイン・ウォレットがSPVクライアント型の場合は『返還請求権』が存在することがあります。
そして,この『返還請求権』が差押の対象となる可能性もあります。
<ウォレットの中のビットコインの差押|具体的アクション>
あ 裁判所→ウォレット業者への『譲渡命令』
《譲渡命令の内容》
適切な金額(日本円)で『債権者に』売却する
売却代金は債権者に引き渡す
い 具体的送信作業
差押債権者が自身のアドレスをウォレット業者に通知する
→ウォレット業者がこのアドレスへのビットコイン送信作業を実行する
※民事執行法167条1項,161条1項
具体的な『差押・換価』の方法はいくつかありますが実用的・代表的なものは『譲渡命令』です。
2 ウォレット内のビットコインの差押×『差押回避的条項』|差押が優先される傾向
ビットコインの『差押回避』の工夫も考えられます。
しかし,いったん既存の差押手続に『乗る』と『差押回避策』は無効化されることが多いです。
<ビットコインの返還請求権の差押|差押回避策→無効化メカニズム>
あ 差押債権者による『解約』
仮に約款上『解約した時だけビットコインを返還(送信)する』という場合
→差押債権者は,差押手続の一環として『解約する権利』も認められる
※最高裁平成11年9月9日;保険契約の解約について
い 『差押禁止・譲渡禁止』特約突破
仮に約款上次のような条項(特約)がある場合
ア 『差押禁止・譲渡禁止』という条項(特約)イ 『ユーザー保有のビットコインを(事業者が)送信する権限』を否定する条項
↓
いずれも差押は可能
理由;私人間の合意で『差押』を回避することは許されない
※最高裁昭和45年4月10日
詳しくはこちら|生命保険の解約返戻金の差押(特定の程度や事前の調査内容)
詳しくはこちら|譲渡禁止特約付債権・非公開・譲渡制限株式の差押|租税滞納→株式公売は多い
3 レガシー電子マネー×差押|法律上『払戻禁止』→差押できない|参考
(1)電子マネー×差押→できない
ここで参考として従来型の電子マネーの差押,についてまとめます。
<電子マネーの差押×資金決済法|参考>
電子マネーは原則的に『払戻請求権』がない
→『差押対象物』がない
→差押ができない
※資金決済法20条2項
(2)資金決済法・譲渡禁止特約の強弱比較
『資金決済法』による『払戻禁止』と,債権の『譲渡禁止特約』で『差押』の可否に違いがあるのです。
この比較をまとめます。
<『譲渡禁止特約』『払戻禁止』×『差押』|比較>
あ 差押の可否
法律上の『払戻禁止』 | 『差押』できない(劣後) |
債権の譲渡禁止特約 | 『差押』できる(優先;前記判例) |
い 違いの理由
法律による制限は『差押』よりも強い(優先)
私人間の合意による制限は『差押』よりも弱い(劣後)
4 ウォレット内のビットコインの差押×『ユーザー特定』|匿名性→差押回避
以上の説明事項以外に,ウォレットにあるビットコインの差押が『できない』事情があります。
<ビットコインの『預かり』×差押|債務者の特定・識別>
あ 一般論
差押の前提として『債務者の特定』が必要である
い ビットコインのウォレット・交換所における『債務者特定』
事業者が次の2つの同一性を判断・識別できることが前提条件となる
ア 『債務者の氏名・住所』などの一般的個人識別情報イ 特定のユーザー(ID)
う 一般的なSPVクライアント型サービスの実態
ア ユーザー登録時に『本人確認』を実行していることが多いイ クレジットカードを利用するものなど
『差押対象が特定できない』という素朴なものです。
ただし,この部分は注意が必要です。
『アドレス(公開キー)のみ』でも『特定できた』と判断される可能性がゼロではありません。
『差押対象の特定の程度』については,レガシーな預貯金でも解釈が統一されていないテーマが多くあります。
詳しくはこちら|預貯金の差押|特定の趣旨・範囲|支店特定不要説|特定方式
ましてや前例のない『ビットコインの差押』では,より『解釈の幅(ブレ)』が大きいと言えます。
再現可能性の精度が低い,ということです。
5 ビットコインの『財産性』|大前提の判断|裁判所は認めている
差押の大前提ですが,ビットコインが『財産』と言えるかどうか,という問題もあります。
現在はビットコインが普及し,多くの商品・サービスが購入できるようになってきています。
また,レガシー通貨との『交換・両替』も多くのサービスが常時稼働して,取引が継続しています。
財産的・経済的価値は『ない』とは言えないでしょう。
このような状況から,裁判所も実質的に『財産として扱う』判断を示しています(後述)。
『財産性がない』という理由で差押ができない,ということは考えにくいです。
6 ビットコインの差押が可能となる根本的理由=ウォレット業者が送信可能
(1)ビットコインの差押が可能となる『条件』
ビットコインは一般的に差押ができないと言えます。
これは本質的な特徴です。
それなのに,一定のウォレットの中身は差押を受ける可能性があります(前述)。
『差押不可能』が破られるクリティカルな状況となる『条件』を最小限でまとめます。
<ビットコインの差押が可能となる根本的理由>
客観的・物理的に『ユーザーのビットコインの送信作業を,ウォレット業者が実行可能』である
(2)ビットコインの差押|可能/不可能|理由の整理
ビットコインの差押の可否について,結論と根本的な事情を整理します。
<ビットコイン×『差押』|結論と理由の整理>
あ 原則=差押を受けない
理由=本質的な仕組み
ア 『アドレスと秘密キー』だけで管理する;機密性イ 氏名・住所などの特定情報は無関係;匿名性ウ 特定の管理者が存在しない;P2Pプロトコルの性質
い 例外=差押を受ける
理由=ビットコインの本質的仕組みを『排除』した状態
ア 『秘密キー』を『保有者』が管理していないイ ウォレット業者が,ユーザーの『氏名・住所』などの情報を保管しているウ 『特定の第三者(ウォレット業者)』が『秘密キー』を管理している
ウォレットのシステム・運用によっては『機密性・匿名性』というビットコインの本質を『欠如』させてしまっているのです。
もちろん,ビットコインを利用する理由は『差押回避』だけではありません。
これ以外に多くのメリットがあります。
簡易な支払・決済,エリアによる通貨の違いがない,特定の国家への信用リスクがない,などです。
SPVクライアント型ウォレットには『簡易』というメリットもあります。
一概にどのウォレットのシステムが『最適』とは一概に判断できません。