【民事訴訟における過剰主張,立証のペナルティー;陳述書,名誉棄損,弁護士の責任】
1 民事訴訟では主張,立証の行き過ぎ傾向がある
2 虚偽内容の陳述書
3 陳述書の虚偽が発覚すると信用性が一気に落ちる
4 陳述書と名誉棄損
5 訴訟詐欺は刑法上の詐欺罪となる
6 過剰な主張・立証で代理人弁護士自身が責任を負うこともある
1 民事訴訟では主張,立証の行き過ぎ傾向がある
民事訴訟は当事者の利害が熾烈に対立します。
主張や立証に過剰気味になる傾向は当然です。
ただし,行き過ぎについては一定のペナルティーの対象となります。
このようなテーマについて説明します。
2 虚偽内容の陳述書
(1)陳述書とは
民事訴訟では「陳述書」がよく使われます。
証人予定となる候補者が,記憶していること=証言する予定の内容,を書面にまとめたものです。
簡単に言えば『私は~~を見ました』とか『私は~~を聞きました』ということをまとめて記載したものです。
これを裁判所に提出し,裁判所が,「証人として採用するかどうか」を判断する材料にするのです。
平成12年の民事訴訟法改正のあたりから多用されるようになっています。
今では,証人申請の前にほぼ必ず提出することが要請される運用になっています。
(2)虚偽陳述書へのペナルティ
陳述書の内容が真実と異なっている場合について説明します。
刑事的あるいは民事的な規定で直接適用されるものはありません。
もちろん,だからといって虚偽内容の書面を作成しても良いという意味ではありません。
関連する法律上の規定について説明します。
<虚偽の陳述書に適用される刑事的な規定>
あ (私文書)偽造罪(刑法159条)
偽造は,作成名義を偽ることと解釈されている
他人の名義(署名や押印)を無断で使用した場合に初めて成立する
つまり,他の者になりすますことという意味である
自分の名前(名義)で作った書面の内容の違いは偽造には該当しない
い 偽証罪(刑法169条)
これは法廷での証言が対象です。書面の作成・提出は該当しません。
条文上宣誓,証人と明記されています。
う 証拠隠滅罪(刑法104条)
刑事事件では不正に証拠を作った場合に犯罪となる
しかし,民事事件は対象外とされている
<虚偽の陳述書に適用される民事訴訟法上の規定>
あ 虚偽の陳述に対する過料(民事訴訟法209条1項)
宣誓した当事者ではないので,陳述書を作成・提出した者は該当しない
い 文書の成立の真正を争ったものに対する過料(民事訴訟法230条1項・参考)
これは,相手方の提出した書面について,不当に(根拠なく)偽物だと主張した場合の規定である
書面を提出した者へのペナルティではない
3 陳述書の虚偽が発覚すると信用性が一気に落ちる
内容が矛盾しているなど,あまりに不合理な陳述書が提出された場合,その作成者の信用性が低くなります。
その後,証人として出廷し,証言しても,証拠としての価値が低いということになります。
特に,陳述書の内容と証言内容が異なることは,信用性が低くなる典型例です。
さらに,当事者(原告か被告)全体が不正な書面を作成するような関係という認識を持たれることにつながります。
訴訟の審理上は,内容虚偽の陳述書に対して,このような不利益(実質的ペナルティ)はあり得ます。
4 陳述書と名誉棄損
一般論として,陳述書の中では過剰な表現,記述が含まれることがあります。
過剰,誇張,人格の批判,非難などが含まれることもあります。
例えば,勝訴のため,という本来の姿を離れ,人格批判のレヴェルに至ってしまうケースもたまにあります。
形式的には刑法上の名誉棄損罪に該当することもあります。
しかし,民事訴訟は,話合いでは解決できなかった私人間の紛争を解決するシステムです。
熾烈な対立が当然の前提となっている世界なのです。
当事者間には法的・理論的な対立だけではなく,感情的なもつれがあることは想定内です。
つまり,訴訟の場においては,ある程度の相手方の批判が繰り出されることは当然の前提なのです。
そのため,虚偽の内容による相手方批判であっても,それが通常の訴訟活動の範囲内であると認められるものであれば,許容されるものと考えられています。
もちろん,そのような訴訟活動の範囲を超えた,極端にひどい誹謗中傷等が陳述書その他の書面中で存在した場合,名誉棄損罪が成立することもあります。
5 訴訟詐欺は刑法上の詐欺罪となる
訴訟(請求)自体が架空,要はでっち上げの提訴,となると責任は大きいです。
裁判所を騙して被告からカネを取った(取ろうとした)ということになります。
結局,刑法上の詐欺罪となる可能性があります。
いわゆる訴訟詐欺です。
しかし,これは架空の請求ということを十分承知の上,架空の証拠を積み上げて提訴したという非常に限られた,悪質性の高い場合のみ成立します。
単にダメ元で提訴した程度では成立しません。
可能性が低くても裁判所で判断を受けることは,国民の権利として憲法上保障されているからです(裁判を受ける権利;憲法32条)。
逆に言えば,裁判の悪用と言える極端なケースでは,提訴自体が詐欺罪となり得ます。
<訴訟詐欺に当たり得るケース>
・認められる可能性がないことが明白
・証拠を偽造している(内容虚偽の陳述書を含む)
6 過剰な主張・立証で代理人弁護士自身が責任を負うこともある
弁護士はあくまでも一方当事者の味方です。
依頼を受けた当事者にとって最大の利益となる行動を考えて実行するのが使命です。
依頼者の意思を尊重して正当な利益を実現させる義務が規定されているのです(弁護士職務基本規程21条,22条)。
一方で,弁護士は,信義誠実の義務もあります(弁護士職務基本規程5条)。
一般的に真実を反映させる,虚偽を回避する義務があります。
以上の規定を総合的に解釈すると次のようになります。
<弁護士の負う真実義務と依頼者の利益尊重のバランス>
あ 真実義務違反の典型例
弁護士が,虚偽の内容であることを知っていて,依頼者(やその関係者)に陳述書の作成を要請した場合は,真実義務違反となる
い 真実義務違反に該当しない例
逆に,虚偽とまでは確信していない場合は,(結果的に虚偽であっても)規程違反にならない