【不動産賃貸と『人の死』|賃借人の相続人・保証人の損害賠償責任】
1 賃貸物件における『人の死』→『貸しにくくなる=逸失利益』という損害
2 賃貸物件における『自殺』→賠償責任あり
3 賃貸物件における『自殺』|例外的・賠償責任否定事例
4 賃貸物件における『殺人事件』|原則的に賠償責任なし
5 賃貸物件における自然死(概要)
6 賃貸物件における人の死による損害賠償額の算定(まとめ)
1 賃貸物件における『人の死』→『貸しにくくなる=逸失利益』という損害
建物内や周辺において人の死が生じると,評価額が減少することがあります。
不動産の利用が妨げられるからです。
具体的には,貸しにくくなる,売りにくくなるというのが典型例です。
『不動産の価値の減少』・『損害の発生』につながります。
『死因』などの事情によって,法的な賠償責任が認められることもあります。
以下,判例を中心に責任の有無・内容についてまとめます。
2 賃貸物件における『自殺』→賠償責任あり
『自殺する』という行為については『違法性がある』と考えられます。
そこで,自殺者の相続人や保証人など賠償責任を負うことになります。
いくつかの判例を紹介します。
<賃貸借|自殺→損害額算定>
あ 物件
東京都世田谷区
単身者向け
9階建マンションの1室
い 契約概要
期間2年
賃料月額12万6000円
敷金25万2000円
う 発生事実
当該物件の無断転貸中に,無断転借人が当該物件内で自殺した
え 裁判所の判断
ア 責任の有無
賃借人(及び保証人)の債務不履行による損害賠償責任を肯定した
イ 損害額
3年分の賃料差額相当額+原状回復費用
→342万円
※東京地裁平成22年9月2日
<賃貸借|自殺→損害額算定>
あ 物件
東京都世田谷区
単身者向け
木造2階建共同住宅の1室
い 契約概要
期間2年
賃料月額6万円
敷金3万5000円
う 発生事実
賃借人が当該物件内で自殺した
い 裁判所の判断
ア 責任の有無
賃借人の相続人(及び連帯保証人)の債務不履行による損害賠償責任を肯定した
イ 責任の範囲
当該物件以外の部屋についての逸失利益は否定した
ウ 損害額
当該部屋の3年分の逸失利益
→約132万円
※東京地裁平成19年8月10日
<賃貸借|自殺→損害額算定>
あ 物件
仙台市内
単身者向け
会社が社宅として借り上げていたアパート
い 契約概要
期間2年
賃料月額4万8000円
敷金8万6000円
う 発生事実
居住者(社宅を使用していた従業員)が当該物件内で自殺した
う 裁判所の判断
ア 責任の有無
責任を認めた
イ 損害額
2年間の賃料差額
→約44万円
※東京地裁平成13年11月29日
<賃貸借|自殺→損害額算定>
あ 物件
東京都品川区
単身者向けアパート
い 契約概要
期間2年
賃料月額8万5000円
敷金17万円
う 発生事実
賃借人が当該物件内で自殺した
え 裁判所の判断
ア 責任の有無
責任を認めた
イ 損害額
4年分の賃料差額+リフォーム代
→約142万円
※東京地裁平成22年12月6日
<賃貸借|自殺→損害額算定>
あ 物件
神奈川県
学生用マンション
い 契約概要
期間2年
賃料月額7万5000円
敷金15万円
う 発生事実
賃借人の長女=居住者が自殺した
え 裁判所の判断
ア 責任の有無
責任を認めた
イ 損害額
逸失利益+原状回復費用+供養費用
→155万円
※東京地裁平成23年1月27日
3 賃貸物件における『自殺』|例外的・賠償責任否定事例
賃貸物件における『自殺』について,例外的に賠償責任が否定されることもあります。
特殊事情が考慮された判例を紹介します。
<賃貸借|自殺→責任『否定』>
あ 物件
木造2階建共同住宅の1室
社宅として利用する前提で契約(入居)した
い 発生事実
合意解約に伴う明渡期日の前日に,賃借人の従業員が当該物件内で自殺した
う 賃貸人の主張
賃貸人は更地にして売却する予定だったが,売却代金減少の影響を直接被った
え 裁判所の判断
賃借人の債務不履行責任・不法行為責任を否定した
お 理由・ポイント
『建物は解体する』予定であった
『更地』としては影響が少ない
※東京地裁平成16年11月10日
4 賃貸物件における『殺人事件』|原則的に賠償責任なし
殺人事件については,加害者に違法性が認められ,責任を負うのは当然です。
賃貸物件については,賃借人が責任を負うかどうかが問題となります。
裁判例を紹介します。
<殺人事件→責任『否定』>
あ 物件
店舗
8階建ビルの1階・2階部分
い 強盗殺人事件の発生
賃借人が無断で,従業員に『転貸』した
当該物件で,転借人従業員が副店長を殺害した
従業員が売上金を強取した
う 裁判所の判断
賃借人の債務不履行責任
転借人の不法行為責任・使用者責任
→いずれも否定した
え 判断のポイント
『賃借人の判断』によって事件が発生したわけではない
※東京地裁平成18年4月26日
5 賃貸物件における自然死(概要)
自然死や病死によって,不動産を売りにくくなるとか,貸しにくくなるということはあり得ます。結果的に不動産の価値が下がることもあり得ます。
しかし,自然死や病死をしたこと自体が,義務違反や過失であるとはいえません。そこで,原則的に,賃借人・その相続人・保証人が責任を負うことはありません。
遺体の腐敗で汚損が生じたとしても,経年劣化を超えた賃借人の過失による損傷であるとはいえないことが多いです。そこで原状回復義務(費用)も否定される傾向があります。
<賃貸物件における自然死(概要)>
賃貸住宅における自然死(孤独死や腐乱事件)について
→賃借人の善管注意義務違反や過失はない
賃借人(の相続人)の債務不履行責任や不法行為責任は生じない
連帯保証人の賠償責任も生じない
(死亡したことによる)原状回復義務も認められない
詳しくはこちら|賃貸建物内で自然死(病死)があった後の原状回復義務(汚損の清掃費用の負担)
6 賃貸物件における人の死による損害賠償額の算定(まとめ)
人の死について関係者に賠償責任が認められることがあります。
その場合の損害の算定について説明します。
原理としては,不動産の価値,評価額の減少分ということになります。
具体的な算定としては,賃貸収入の減少分というシンプルな考え方を用いることが多いです。
賃料の減少分について,判例を集約した基準の目安を次にまとめます。
<『人の死』による賃料減少の目安>
人の死からの時間経過 | 賃料減少 |
1年目 | 賃貸不能(100%減少) |
2,3年目 | 半額(が減少) |
4年目以降 | ゼロ(減少しない) |
売買も含めた総合的な法的責任の基準・目安は別記事でまてめています。
詳しくはこちら|不動産売買・賃貸×『過去の人の死』|告知義務・損害賠償|包括的判断基準
本記事では,賃貸物件(建物)で人が亡くなったケースでの法的責任(賠償責任)について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることがあります。
実際に賃貸物件での人の死亡に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。