【建物賃貸借終了の正当事由のうち『必要性』】
1 正当事由の中の『必要性』|居住の必要性
正当事由の中で『建物使用の必要性』が最も比重が大きいものです。
その中でも『自己使用』の必要性が特に重視されます。
オーナー・賃借人の『必要性』のバランスで分けて判例を紹介します。
(1)オーナーの居住の必要性が大幅に上回っている
オーナー側の『必要性』が大きい
あ オーナー
老齢・1人暮らし
長男の家族と同居予定
い 賃借人
他にも住居を保有している
↓
う 裁判所の判断
正当事由を肯定した
※東京地裁昭和56年10月7日
(2)双方の必要性に差がない
オーナー・賃借人の『必要性』に差がない場合は、当然、他の事情で判断されることになります。
分かりやすいのは『明渡料の提供』です。
判例となっている事例を紹介します。
オーナー・賃借人の『必要性』に差がない
あ オーナー
持病あり
現住の住居は家族6人にしては手狭である
い 借家人
生活状況は苦しい
借家で営業継続の必要がある
↓
う 裁判所の判断
明渡料120万円で正当事由を肯定した
※福岡地裁昭和47年4月21日
(3)賃借人の必要性の方が大きい
賃借人の『必要性』の方が大きい場合『正当事由』が認められにくい方向性です。
賃借人の『必要性』が特に大きい場合は『明渡料の補完』でも足りない、ということになります。
賃借人の『必要性』が大きい
あ オーナー
建物に入居(明渡)をしなくても支障・困難は生じない
い 借家人
長年にわたり、借家で家業を行っていた
↓
う 裁判所の判断
明渡料による補完があっても正当事由を否定した
※東京高裁昭和50年8月5日
2 正当事由の中の『必要性』・営業の必要性
『営業目的』と『居住目的』のバランス
居住は特に強く保護される、という傾向があるのです。
営業の用途に関する判例を紹介します。
昭和41年東京高判は明渡料ゼロで正当事由を認めました。
東京高裁昭和41年6月17日
あ オーナー
長男が建物で牛乳店を開業する必要がある
オーナーは片目を失明していて、長男のサポートが必要
い 賃借人
借家を『倉庫』として事業を行っていた
↓
う 裁判所の判断
正当事由を肯定した
明渡料はゼロ
平成3年9月東京地判は明渡料700万円で正当事由を認めました。
東京地裁平成3年9月6日
あ 事案
営業用使用目的での明渡請求
い 裁判所の判断
明渡料700万円で正当事由を肯定した
ポイント=営業目的よりも居住目的が大きく評価される
平成3年3月東京地判は賃借人が居住していたため、正当事由が否定されました。
東京地裁平成3年2月28日
あ オーナー
居住用から事業用に建物を再築する予定
い 賃借人
居住=生活の本拠としていた
↓
う 裁判所の判断
正当事由を否定した
『営業目的』と関連して『高度利用・有効活用』目的を正当事由として主張するケースも多いです。
これは後述します。
3 正当事由の中の『必要性』|第三者の必要性
一定の範囲の『関係者』が建物を使用する、ということも『必要性』として扱われます。
『賃借人』の関係者の『建物使用の必要性』
→賃借人の親族・従業員などが含まれる
※最高裁昭和27年10月7日
※コンメンタール借地借家 第2版 日本評論社p210
4 正当事由の中の『必要性』|建物売却の必要性
(1)建物売却はその理由で正当事由の判断が異なる
建物売却が目的となっている場合は、さらにその先の『売却する目的』によって判断が違ってきます。
つまり『入ってきた代金の使い道』です。
建物売却代金×正当事由|まとめ
『借金返済』だけは保護される、という傾向があります。
判例を紹介します。
(2)建物売却目的×正当事由の判例
『有利に売却する』目的だけ
→正当事由を否定した
※東京高裁昭和26年1月29日
『借金返済』目的での売却
所有する貸家を高価に売却する必要がある
→明渡料40万円で正当事由を肯定した
※最高裁昭和38年3月1日
5 正当事由の中の『必要性』|借地の明渡の必要性
借地人は通常、建物を所有しています。
そしてこの所有建物を第三者に賃貸する、ということもありふれています。
そうすると、借地契約が終了して、地主が建物収去土地明渡を請求する、という場面も生じます。
借地の終了×『建物』賃貸借終了の正当事由
※東京地裁平成8年1月23日
結局、正当事由としては認めない、という解釈になっています。
なお、現実には、借地人(建物賃貸人)が地主に対して建物買取請求を行えることも多いです。
仮に建物買取請求権が行使された場合、引渡を受けている建物賃借人は優先となります。
結局、建物賃貸借契約自体は継続するということになります。
詳しくはこちら|借地期間満了時の建物買取請求権の基本(借地借家法13条)
詳しくはこちら|建物賃貸借の対抗要件|同意の登記
6 正当事由の中の『必要性』|建物の高度利用
(1)不動産の高度利用・有効活用の目的
不動産のオーナーは、固定資産税や将来の相続税という重い負担が課せられています。
そのため、オーナー側のニーズとして、老朽化した建物を機能の優れた建物に再築し、収益性を改善する必要に迫られています。
貸家を解体し、高層建物・ビルを建築する、という方法が典型です。
土地・建物を所有し、建物を賃貸している場合に『賃貸借終了』のための『正当事由』の判断が問題になります。
このような『不動産の高度利用・有効活用』という目的は『正当事由』として認められることもあります。
ただ『明渡料で補完する』ことが要求されるのが通常です。
明渡料は高額化する傾向があります。
一方で収益改善の根本的背景をうまく裁判官に伝えることができれば高額化を抑制できます。
これについては『貸地(借地)』の場合でもよく問題になることです。
詳しくはこちら|土地の有効活用・高度利用のための借地明渡|正当事由・明渡料
(2)高度利用・有効利用→高額の明渡料+『正当事由』肯定|判例
高度利用→高額な明渡料により『正当事由』を肯定|判例
あ 明渡料=1億6000万円
地区計画によって高度利用地区の指定を受ける可能性があった
建物の老朽化が著しく進んでいた
数年後には『朽廃』に達することが見込まれた
→正当事由は認められたが、明渡料は高額となった
※東京高裁平成元年3月30日
い 明渡料=9000万円
賃借人は建物を事業に用いていた
→営業補償という趣旨が高額化の要因となった
※大阪地裁昭和63年10月31日
明渡料=1億5000万円
※東京地裁平成2年9月10日
う 明渡料=1億円
※東京地裁平成3年7月25日
(3)高度利用・有効利用→明渡料ゼロ+『正当事由』肯定|判例
一定の事情が揃うと、高度利用目的でも『明渡料ゼロ』となることもあります。
高度利用でも明渡料ゼロとなる要因
具体的な判例を紹介します。
高度利用→明渡料ゼロで『正当事由』を肯定|判例
あ 事案
平屋の倉庫が老朽化していた
近代的な建物に立て替える予定を立てた
経済的な効率化が著しく改善されるものであった
い 裁判所の判断
正当事由を肯定した
明渡料=ゼロ
特殊性=『賃借人』の用途が事業用であった
※東京地裁平成2年3月8日
7 正当事由の中の『必要性』|その他付随的事情
(1)建物再築計画が具体的でない→ダミーとして考慮されなかった
建物建築計画が具体的ではなかった事例
あ 事案
オーナーは自己経営会社の社屋を建設する必要性があった
具体的建築計画が具体的ではなかった
い 裁判所の判断
正当事由を否定した
※東京高裁平成5年12月27日
(2)賃借人+親族の所有不動産が考慮された
賃借人とその母親が不動産を所有していた
あ 事案
賃借人が他にも不動産を所有している
近隣に賃借人が居住している母親所有のビルがある
い 裁判所の判断
正当事由を肯定した
※東京地裁平成3年11月26日