【会社の支配権や役員の変動を禁止する特約(COC条項)と解除の効力】
1 会社の支配権や役員の変動を禁止する特約(COC条項)と解除の効力
建物の賃貸借契約では、誰が建物を使用するのかということが重要です。そこで、賃借人である会社の支配権に変動があった場合に解除できるという特約を用いるケースがよくあります。
本記事では、このような特約やこの特約による解除の効力について説明します。
2 法人の構成員・役員の変動と賃借権譲渡(要点)
賃借人である会社の構成員(株主)や役員が変わっても、賃借人である法人自体が変わったわけではありません。そこで、賃借権の譲渡にはあたりません。このことを理由として解除するということはできません。
ただし、一般論として、信頼関係破壊の程度が著しい場合には解除できることがありますし、また、法人格が形骸化している場合には、そもそも個人として契約した(ので経営者の変更は賃借権譲渡にあたる)という扱いになることはあり得ます。
法人の構成員・役員の変動と賃借権譲渡(要点)
あ 発想
賃借人である会社(法人)の構成員(株式・出資持分)や役員(取締役)が交替した場合
賃借権の譲渡といえるので解除できるのではないか
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
い 平成8年判例の要点
構成員・機関(役員)の変更があっても、法人格の同一性は維持されている
→賃借権の譲渡ではない
小規模で閉鎖的な会社であっても同様である
法人格が完全に形骸化している場合(否認の法理)は別である
※最高裁平成8年10月14日
3 平成8年判例の引用
前述の判断を示している平成8年判例は重要です。具体的な事案について正確な法的判断をする際には判例の内容をしっかり理解する必要があります。平成8年判例の重要な箇所を引用しておきます。
平成8年判例の引用
あ 賃借権譲渡の否定
(建物所有目的の土地賃貸借について)
賃借人が法人である場合において、右法人の構成員や機関に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではないから、賃借権の譲渡には当たらないと解すべきである。
そして、右の理は、特定の個人が経営の実権を握り、社員や役員が右個人及びその家族、知人等によって占められているような小規模で閉鎖的な有限会社が賃借人である場合についても基本的に変わるところはないのであり、
右のような小規模で閉鎖的な有限会社において、持分の譲渡及び役員の交代により実質的な経営者が交代しても、同条にいう賃借権の譲渡には当たらないと解するのが相当である。
賃借人に有限会社としての活動の実体がなく、その法人格が全く形骸化しているような場合はともかくとして、そのような事情が認められないのに右のような経営者の交代の事実をとらえて賃借権の譲渡に当たるとすることは、賃借人の法人格を無視するものであり、正当ではない。
い 信頼関係破壊による解除の可能性
賃借人である有限会社の経営者の交代の事実が、賃貸借契約における賃貸人・賃借人間の信頼関係を悪化させるものと評価され、その他の事情と相まって賃貸借契約解除の事由となり得るかどうかは、右事実が賃借権の譲渡に当たるかどうかとは別の問題である。
う 特約による対応の可能性
賃貸人としては、有限会社の経営者である個人の資力、信用や同人との信頼関係を重視する場合には、右個人を相手方として賃貸借契約を締結し、あるいは、会社との間で賃貸借契約を締結する際に、賃借人が賃貸人の承諾を得ずに役員や資本構成を変動させたときは契約を解除することができる旨の特約をするなどの措置を講ずることができるのであり、賃借権の譲渡の有無につき右のように解しても、賃貸人の利益を不当に損なうものとはいえない。
※最判平成8年10月14日
4 合併・株式・役員・商号変更と賃借権譲渡(否定裁判例)
平成8年判例と同じような判断をした下級審裁判例をひとつ追加して紹介しておきます。
賃借人(法人)の合併があり、株主や役員が変わるとともに、商号も変更されたというケースについて、賃借権の譲渡ではない、解除を認めないという判断をしたものです。
合併・株式・役員・商号変更と賃借権譲渡(否定裁判例)
あ 事案
賃借人(法人)について、合併・商号変更・株式譲渡(株主変更)・経営陣変更が生じた
賃貸人は、賃借権の無断譲渡にあたるとして、解除の意思表示をした
COC条項のような特約はなかった
い 裁判所の判断
実質的な賃借権の無断譲渡にはあたらない
信頼関係の破壊はない
解除を無効とした
※東京地判平成2年11月13日
5 チェンジオブコントロール条項(COC)・資本拘束条項
前述のように、構成員や役員が大きく変わっても、賃借権譲渡とはいえないので解除はできません。そこで、予防策として、契約締結の段階からから支配権に変動があった場合には解除できるという特約を合意しておく、という方法がとられることがよくあります。平成8年判例の中でもそのような対応をできることが指摘されています(前記)。
このような特約をCOC条項といいます。賃貸借契約以外にも、ライセンス契約、代理店やFC契約などの継続的な契約でよく用いられています。
チェンジオブコントロール条項(COC)・資本拘束条項
あ COCの意味
一方の会社の支配権(control)が変わった(change)場合に契約を解消(解除)できると規定する条項
主に『株主』の変更=M&Aを対象とする
このほか、取締役の変更・組織再編(事業譲渡・合併・会社分割)を含めることもある
い COCが用いられる契約の典型例
一定期間継続する契約で、COC条項が用いられることがある
ア 賃貸借契約イ ライセンス契約ウ 代理店契約・FC契約
6 賃貸借のCOC条項や解除の効力
賃貸借契約の特約にCOC条項があったケースで、その後株主変更(株式譲渡)などが生じた場合にCOC条項の有効性が問題になります。
COC条項の規定どおりに契約解除が認められるとは限らないのです。賃貸借契約でも、他の種類の契約でも、解除が制限されるのが通常です。
賃貸借契約の正当事由の判断と似ている判断といえます。いろいろな状況から、解除を認めるか否定するかを判断します。
賃貸借のCOC条項や解除の効力(※4)
あ 解除の効力の傾向
賃借人がCOC条項に違反した
賃貸人は債務不履行による解除を通知した
解除は信頼関係破壊理論によって制限される
詳しくはこちら|信頼関係破壊理論と背信行為論の基本(同質性・主な3つの効果)
実質的に正当事由と似ている判断となる
詳しくはこちら|建物賃貸借終了の正当事由の内容|基本|必要な場面・各要素の比重
い 解除の効力の判断要素の例
ア 賃料支払の状況が変動する可能性・将来の賃料支払の確実性イ 建物使用態様の変更の有無ウ 義務違反の性質エ 契約上の義務である『承認を求める手続や届出を提出する手続』を直ちにとったか否かオ 支配権の移転に際し、虚偽事実を述べたか否かカ 役員・従業員の変更
7 COC条項による解除の効力を判断した裁判例(概要)
実際に、COC条項による賃貸借契約の解除の有効性を判断した裁判例が多くあります。まとめて別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|COC条項違反を理由とする解除の有効性を判断した裁判例の集約
8 賃借権譲渡・転貸を理由とする解除の効力のまとめ
以上のように、賃借権譲渡や転貸(賃借権譲渡等)を理由とする解除が認められるかどうかの判断は少し複雑になってきます。そこで最後に、タイプごとの判断を表にまとめておきます。
COC条項を入れておきさえすれば支配権(構成員)の変動があれば解除できるわけではありません。COC条項を入れることで違いが出てくるのは、形式的には賃借権譲渡ではないけれど実質的に賃借権譲渡(と同じ)という状況だけです。
賃借権譲渡・転貸を理由とする解除の効力のまとめ
あ 解除の可否のまとめ
(◯=解除可能、✕=解除不可)
―
COC条項なし
COC条項あり
形式・実質ともに賃借権譲渡等ではない
✕
✕
形式は賃借権譲渡等ではない・実質は賃借権譲渡等といえる
✕(後記※1)
◯(後記※2)
形式は賃借権譲渡等である・実質は賃借権譲渡等といえない
✕(後記※3)
✕(後記※3)
形式・実質ともに賃借権譲渡等である(といえる)
◯
◯
い 補足説明
(※1)最判平成8年10月14日(前記)
(※2)多くの裁判例で背信性や信頼関係破壊を必要としている(前記※4)
(※3)一般的に背信性や信頼関係破壊が必要である
詳しくはこちら|無断転貸・賃借権譲渡による解除の制限(背信行為論)
参考情報
本記事では、会社の支配権(構成員)や役員に変動があった場合に解除できるという特約に関する法的扱いを説明しました。
実際には、個別的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸借などの契約における支配権や役員の変動に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。