【ビットコイン所有権否定判決・東京地裁平成27年8月|誤解×正解】
1 ビットコインの所有権を否定した判決|誤解を生じている
2 BTC所有権否定判決(概要)
3 BTC所有権否定判決×ありがちな誤解
4 BTC所有権否定判決×正しい理解|概要
5 BTC所有権否定判決×分かりやすい例え
6 『所有権』と『債権』|権利の基本的性格
7 金銭・BTC|『所有権or債権』での違い
8 債務者の資力不足×『所有権or債権』の違い
9 金銭・預金×『所有権or債権』解釈論
10 預けたビットコイン×『所有権or債権』解釈論
11 所有権or債権の違い|具体例|レンタカー
12 所有権or債権の違い|具体例|売却後の自動車
13 所有権or債権の違い|具体例|預金
14 BTC所有権否定判決|提訴の狙い×裁判を受ける権利
15 レガシー通貨・ビットコインの違い|返還時の所有権の有無
1 ビットコインの所有権を否定した判決|誤解を生じている
ビットコイン(BTC)に関する東京地裁の判決が話題となっています。
大胆にはしょると『ビットコインに所有権はない』というものです。
誤解を生じる表現です。
本記事ではこの判決の内容を説明します。
<注意>
分かりやすさを優先しています。
例外的な扱い・解釈の説明を省略したものもあります。
2 BTC所有権否定判決(概要)
まずはビットコインの所有権を否定した判決の概要をまとめます。
『BTC所有権否定判決』と呼びます。
<BTC所有権否定判決(概要)>
あ 前提事情
原告=マウントゴックスの利用者
口座にビットコインを預けていた
い 原告の請求内容
預けたビットコインの『所有権』に基づいた返還請求
う 裁判所の判断
預けたビットコインの『所有権』は原告にはない
所有権に基づいた返還請求権は認めない
※東京地裁平成27年8月5日
※時事通信社など各社報道
なお,判決が示した理論の詳しい内容は別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地裁)の理論内容
3 BTC所有権否定判決×ありがちな誤解
BTC所有権否定判決から高い頻度で誤解が生じているようです。
細かい説明に入る前に『誤解』をまとめておきます。
最初に否定しておきます。
<BTC所有権否定判決×ありがちな誤解>
あ 権利の有無
返還を受ける法律上の権利がない(←誤り)
い 不正の責任
不正に取得した人には法的責任(刑事・民事)がない(←誤り)
例;持ち逃げした人など
4 BTC所有権否定判決×正しい理解|概要
BTC所有権否定判決の『正しい理解』をまとめておきます。
<BTC所有権否定判決×正しい理解|概要>
あ 権利の有無
ア 『所有権に基づく』返還請求権はないイ 『BTCの返還を受ける権利』は『全額分』が存在する
『債権』という権利である(後述)
法解釈以外の理由で『戻ってこない』ことはあり得る(後述)
い 不正の責任|基本
不正に取得した人には法的責任が生じる
ア 刑事責任
例;窃盗罪・詐欺罪・電磁的記録不正作出・同供用罪など
イ 民事責任
返還義務
例;不当利得返還義務・不法行為による損害賠償義務など
一般の方には分かりにくいと思います。
1つずつ順に説明を進めます。
5 BTC所有権否定判決×分かりやすい例え
一般には『日本円を銀行に預金する』ことは日常馴染みがあります。
そこで『銀行預金』を使った『例え』をまとめてみます。
<BTC所有権否定判決×分かりやすい例え>
あ レガシービジネスで例えてみる
次の2つは『法的に同じ状態』である
ア BTC交換所のBTCが不正に持ち逃げされた状態イ 銀行に預け入れられた預金を銀行員が持ち逃げした状態
い 『法的な状態』の内容
ア 『預金者・BTCを預けた者の所有権』はないイ 『預金者・BTCを預けた者』は『返還請求権=債権』を持つウ 持ち逃げした者は法的責任を負う 具体的な内容は後述する
『所有権がない』というのはビットコインだけではないのです。
『銀行預金』も『預金者の所有権はない』ということは同じなのです。
預金者・預けた者が持つ権利は『所有権ではなく債権』ということです。
次に『所有権』と『債権』の違いを説明します。
6 『所有権』と『債権』|権利の基本的性格
『所有権・債権』は民法上の基本的な権利です。
根本的な法的な権利の性格の違いをまずは整理します。
『所有権/債権』をBTCの場合に具体化したものも含めてまとめます。
<所有権の基本的性格>
あ 性質
対象物を直接支配する権利
い 具体的に請求できること
所有権に基づく引渡請求権を行使できる
→『対象物そのもの』を受け取ることを実現する
→『預けたBTCそのもの』を受け取ることを実現する
<債権の基本的性格>
あ 性質
『価値』として把握している権利
い 具体的に請求できること
一定の数量の金銭(BTC)の支払を請求できる
預けたビットコインについて『債権』としての権利は認められています。
このことについての解釈論・裁判所の判断は別記事で説明しています。
詳しくはこちら|MTGOX破産手続におけるビットコインと返還請求権の法的扱い
なおビットコイン自体の法的な扱い・解釈論についても別記事で説明しています。
詳しくはこちら|仮想通貨(ビットコイン)の法的性質についての主要な見解(全体)
7 金銭・BTC|『所有権or債権』での違い
『所有権』と『債権』で具体的に違いが生じる部分をまとめます。
<金銭・BTC|『所有権or債権』での違い>
あ 基本的な法律理論
『支払・返還の請求ができる』ことに変わりはない
→『所有権or債権』で違いはない
い 違いが生じるところ
破産や差押の場面で『競合』がある場合
=『債務総額全額の返済が不可能』な状態
=預かった者(債務者)の資力が不足している状態
→『所有権or債権』で違いが生じる(後述)
『預かったもの=債務者』が『資力(資金)不足』という場合に違いが生じるのです。
具体的な内容を次に説明します。
8 債務者の資力不足×『所有権or債権』の違い
債務者が資力不足の場合の『所有権/債権』の違いをまとめます。
<債務者の資力不足×『所有権or債権』の違い>
あ 所有権の場合
優先的に返還を受けられる
=全額の返還が実現する
※『対抗関係』による例外もあるが省略する
い 債権
『債権者平等原則』が適用される
→按分配当となる
例;配当率の割合しか返還されない
具体例は後述する
金銭を預かった者が破産した場合の具体例は後述します。
9 金銭・預金×『所有権or債権』解釈論
以上のように『所有権・債権』では一定の場合に違いが具体化します。
つまり『所有権or債権』の法解釈によって違いが生じるということです。
そこで次に『所有権or債権』の解釈論を説明します。
最初にレガシーな金銭=日本円,についての確立された解釈を紹介します。
<金銭・預金×『所有権or債権』解釈論>
あ 所有権の帰属|基本的解釈
『金銭は所有権と占有が一致する』
※最高裁平成15年2月21日ほか多数
※末川博『貨幣とその所有権 経済学雑誌1巻2号』1937年
※末川博『物権・親族・相続 末川博法律論文集Ⅳ』
い 所有権の帰属|具体的な適用結果
『預けた金銭=預金』の『所有権』は『銀行』にある
※強奪の場合などの例外は省略する
う 預金者の立場
ア 基本的事項
『預金者』は『返還請求権=債権』を持っている(に過ぎない)
イ 『返還請求権』の法的根拠|例
・預金返還請求権
・不当利得返還請求権
・不法行為による損害賠償義務
10 預けたビットコイン×『所有権or債権』解釈論
今回の『預けたビットコインの法解釈』をまとめます。
<預けたビットコイン×『所有権or債権』解釈論>
あ 裁判所の判断
ビットコインの所有権は預かった者にある
預けた者に所有権はない
※東京地裁平成27年8月5日
い 解釈論・解説
従来の『金銭×所有権』の解釈(前記)と同様の考え方である
『レガシー金銭』と『BTC』で『支配の程度』は違わない
→『金銭同様の解釈』以外は考え難い
11 所有権or債権の違い|具体例|レンタカー
所有権と債権の違いは破産の場合に具体化します(前述)。
これについて,さらに,分かりやすい具体例をまとめておきます。
まずは『レンタカー』のケースです。
<所有権or債権の違い|具体例|レンタカー>
あ 事例
A社が自動車を所有していた
A社はこの自動車をB社に貸した(レンタカー)
B社が破産した
い 『所有権』がある
A社は『自動車の所有権』を持っている
う 全部が返還される
A社はこの自動車の返還を受けることができる
12 所有権or債権の違い|具体例|売却後の自動車
前記のレンタカーのケースと『自動車売却』のケースが対照的です。
<所有権or債権の違い|具体例|売却後の自動車>
あ 事例
A社が自動車をB社に売却した
代金は分割払いとした
B社が破産した
い 『(金銭)債権』がある
A社は『代金請求権=金銭債権』を持っている
自動車はB社が所有権を持っている
う 全部は返還されない
破産管財人が『自動車も含めたB社の所有物すべて』を売却する
売却代金をすべて集約する(『破産財団』という)
破産財団のうち『一定割合=配当率』をそれぞれの債権者に配当する
※所有権留保などの『担保権』の設定はないものとする
※債権の種類による優先扱いは省略する
13 所有権or債権の違い|具体例|預金
預金について『所有権/債権』での違いの具体例をまとめます。
<所有権or債権の違い|具体例|預金>
あ 事例
AがB銀行に1万円を預金した
翌日B銀行が破産した
Aが支払った1万円札は銀行の金庫の中の札の束の1番上に置いてある
い 思考実験|所有権の場合
仮にAが持っている権利が『1万円札の所有権』だとしたら
→対象の1万円札そのものの返還を受けられる
→実質損失ゼロで済む
う 判例理論=債権の場合
Aが持っている権利は『1万円(分の)債権』である
→配当率相当の『配当』を受けられる(のみ)
→配当率が0.1%の場合
→『1円』が配当される
=9999円は実質的な損失となる
※預金保険機構による一定範囲での保証は省略する
※配当額が少額である場合の例外扱いは省略する
この違いが『所有権を主張する実質的な理由』です。
14 BTC所有権否定判決|提訴の狙い×裁判を受ける権利
『所有権』の主張が通ると『全額回収』が可能となります(前述)。
BTC所有権否定判決の原告は『全額回収』を狙ったと言えましょう。
そこでレアな判断を求めて訴訟を提起した,と考えられます。
なお,金銭の場合でも例外的に『所有権』が認められる可能性もゼロではありません。
新たな解釈にトライする提訴も『裁判を受ける権利』として認められています。
主張・提訴を非難するものではありません。
15 レガシー通貨・ビットコインの違い|返還時の所有権の有無
以上の法解釈ではレガシー通貨・ビットコインの扱いは『同一』と言えます。
つまり『預けた状態』での『預けた者』の権利の性質に違いはありません。
この点『レガシー通貨・ビットコインの違い』についても最後に指摘しておきます。
<レガシー通貨・ビットコインの法的性質・違い>
あ 違いが生じる場面
預けた通貨の返還を受けた時
→『所有権』の獲得の有無が異なる
い 違い|具体的内容
ア レガシー通貨
返還を受けた者は『所有権』を獲得する
イ ビットコイン
物理的紙幣・貨幣の『返還』を受けない
→『所有権』を獲得することはない
このことはBTC所有権否定判決のテーマからずれます。
他の法的扱いを考える上でのベースとなるものです。
そこで補足しておきました。