【建物明渡の自力救済特約の有効性を判断した裁判例】

1 建物明渡の自力救済特約の有効性を判断した裁判例

建物の賃貸借が終了した時に、賃貸人(オーナー)が建物内の物を搬出して明渡を実現してしまうことは、自力救済として違法になるのが原則です。ただし、契約書の中にこのような明渡を認める条項がある場合には一定の範囲で適法となります。
詳しくはこちら|所有権放棄・自力救済特約|基本|有効性判断基準
本記事では具体的な事案について、そのような条項が有効か無効か、また、実際に搬出をしてしまったケースでは違法か適法かを判断した裁判例を紹介します。

2 自力救済特約→一定範囲で有効(平成3年東京高判)

平成3年東京高判は、自力救済を認めると読める特約について、賃借人が自主的に退去した後(に残された動産の処分)に限定して有効である、という判断をしました。

自力救済特約→一定範囲で有効(平成3年東京高判)

あ 特約内容

賃貸借終了後、借主が建物内の所有物件を貸主の指定する期限内に搬出しないときは、貸主はこれを搬出保管又は処分の処置をとることができる

い 判断

右合意は本件建物の明渡し自体に直接触れるものではなく、また物件の搬出を許容したことから明渡しまでも許容したものと解することは困難であるから、右合意があることによって、本件建物に関する控訴人の占有を排除した被控訴人の前示行為が控訴人の事前の承諾に基づくものということはできない。
また、什器備品類の搬出、処分については、右合意は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分(例えば、控訴人が任意に本件建物から退去した後における残された物件の搬出、処分)について定めたものと解するのが賃貸借契約全体の趣旨に照らして合理的であり、これを本件建物についての控訴人の占有を侵害して行う搬出、処分をも許容する趣旨の合意であると解するのは相当ではない。
・・・
したがって、右合意は、前者のように解する限りにおいてのみ効力を有するものと解するのが相当である。
※東京高判平成3年1月29日

3 自力救済特約による立入→損害賠償責任(平成18年東京地判)

自力救済特約があったため、賃貸人が建物に立ち入ったケースで、裁判所が特約を無効として、損害賠償請求を認めた裁判例です。

自力救済特約による立入→損害賠償責任(平成18年東京地判)

あ 特約内容

ア 立ち入り条項 賃借人が賃料を滞納した場合
→賃貸人は賃借人の承諾を得ずに本件建物内に立ち入り、適当な処置を取ることができる
イ 解除条項 賃借人が賃料を2か月分以上滞納した時
→催告なしで解除できる

い 事案

滞納が2か月分に達した
管理業者は解除の旨を内容証明郵便で通知した
賃借人の不在中に建物内に立ち入った
ドアの施錠具を取り付けた
賃借人が本件建物に入ることが困難となった

う 裁判所の判断

ア 立ち入り条項の有効性 賃借人の平穏に生活する権利を侵害するものである
→公序良俗に反する
→無効である
※民法90条
イ 具体的措置の責任 立ち入ったこと+施錠具の取り付け
→これらは不法行為に該当する
→賃借人からの損害賠償請求を認めた
精神的苦痛=5万円
※東京地裁平成18年5月30日

4 自力救済特約→無効(平成16年東京地判)

自力救済特約があったため、賃貸人が建物の鍵を交換して、賃借人が部屋に入れないようにしたケースです。裁判所は、特約は無効であると判断しましたが、損害賠償は認めませんでした。というのは、賃借人が身柄拘束を受けていたので、その期間中は鍵を交換してもしていなくても部屋に入れなかったという事情があったのです。

自力救済特約→無効(平成16年東京地判)

あ 特約内容

保安管理その他の必要がある場合には建物内に立ち入ることができる

い 事案内容

賃貸人は当該建物でインテリア小物の販売を行っていた
賃借人(法人)の実質的経営者が司法的な身柄拘束を受けた
賃料の滞納が2か月分以上に達した
賃貸人は賃借人に解除通知を行った
この時点で賃借人は正常な業務を遂行できていなかった
その6日後に賃貸人は鍵を交換した
賃借人が立ち入ることができなくなった
鍵交換については、賃借人への事前の連絡はなかった
賃借人には、動産を搬出する機会さえなかった

う 裁判所の判断

ア 特約の有効性・行為の違法性 特約の有効な範囲ではない
→不法行為が成立する
イ 損害算定 逸失利益(=損害)は発生していない
→結果的に賃貸人の責任は生じなかった
※東京地判平成16年6月2日

5 自力救済特約→一定範囲で有効(平成11年札幌地判)

自力救済特約を一定の範囲で有効とした裁判例です。

自力救済特約→一定範囲で有効(平成11年札幌地判)

あ 特約内容

賃料の支払いを7日以上怠った時
→賃貸人は、直ちに建物の施錠をすることができる
その後7日以上経過した時
→建物内にある動産を賃借人の費用負担において賃貸人が自由に処分できる

い 裁判所の判断

特約条項は一定の範囲だけで有効である
※札幌地判平成11年12月24日

6 自力救済特約→一定範囲で有効(平成6年浦和地判)

賃料1か月分の滞納で解除される(契約が終了する)ということを含む自力救済特約があったケースです。裁判所は、この特約に基づく残置物の処分は適法とは限らないと判断しました。つまり、一定の範囲に限って有効である、という判断だといえます。

自力救済特約→一定範囲で有効(平成6年浦和地判)

あ 特約内容

ア 自動解除 次のいずれかの事情が生じた場合、無催告で契約は解除される
・賃借人が契約の各条項に違反し、賃料を1か月分滞納した時
・無断で1か月以上不在の時
イ 所有権放棄 解除後、明渡ができない時
→室内遺留品は放棄されたものとする
ウ 動産処分 賃貸人は、保証人または取引業者立会の上、随意遺留品を売却処分の上債務に充当できる

い 裁判所の判断

具体的事情によっては適法ではない
=条項は一定の範囲だけで有効である
※浦和地判平成6年4月22日

7 自力救済特約の差止請求→特約の改善

賃借人ではなく、適格消費者団体が原告となって、自力救済特約は無効であるという主張をする訴訟もあります。日本版クラスアクションと呼ぶこともある制度です。
詳しくはこちら|消費者契約法|差止請求|適格消費者団体・公表・提訴前フロー
この方式の訴訟で、自力救済特約の差止請求がなされ、最終的に特約の改善(変更)がなされて終わった、という事例です。

自力救済特約の差止請求→特約の改善

あ 締め出し1

賃借人が家賃などを遅延した場合
→賃貸人は入口(玄関ドア)の錠前を取替・施錠し賃借人の入室を拒むことができる

い 締め出し2

賃借人に賃料の未払いが生じた後
賃貸人からの請求にも関らず指定期日までに支払を行わなかった場合
→賃貸人が『強制退室』を行う

う 動産処分

賃借人が契約終了時までに本件建物内外の賃借人の占有に係る車両及び動産を持ち出さない時
→賃貸人がこれを任意に処分して未払賃料等の損害に充当できる
この場合、賃借人は賃借人の所有物の所有権を放棄したものとみなす
賃貸人は、物件内の賃借人の所有物を処分することができる
明渡に要した費用はすべて賃借人の負担とする
例示=裁判費用・弁護士費用・運送料・荷物運搬人日当

え 賃借人の請求シャットアウト

契約終了後賃借人が直ちに原状回復・退去をしない場合
→賃貸人は直ちに明け渡しを執行することができる
その際、賃借人は賃貸人に対して契約に基づく金銭以外の請求を一切しない
請求できない項目の例示=移転料・立退料・損害賠償

お 解約通知の簡略化

賃借人の債務不履行による解除により直ちに明渡す場合
→賃貸人が鍵交換を執行した日を以て『解約通知日』とする

か 裁判所の判断

ア 結論 いずれの条項も改善された
イ 公表情報 適格消費者団体による差止請求は公表される
以上紹介した事案は公表されたものの一部である
オリジナルの情報はオンラインで開示されている
外部サイト|消費者庁|差止請求事例集
↑のサイトのp63〜、104〜

本記事では、自力救済特約の有効性を判断したいろいろな裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に建物の明渡(建物の賃貸借の終了)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

共有不動産の紛争解決の実務第2版

使用方法・共有物分割の協議・訴訟から登記・税務まで

共有不動産の紛争解決の実務 第2版 弁護士・司法書士 三平聡史 著 使用方法・共有物分割の協議・訴訟から登記、税務まで 第2班では、背景にある判例、学説の考え方を追加して事例検討をより深化させるとともに、改正債権法・相続法が紛争解決に与える影響など最新の実務動向を丁寧に追録して大幅改訂増補! 共有物分割、共有物持分買取権行使、共有持分放棄、共有持分譲渡などの手続きを上手に使い分けるためこ指針を示した定番書!

実務で使用する書式、知っておくべき判例を多数収録した待望の改訂版!

  • 第2版では、背景にある判例・学説の考え方を追加して事例検討をより深化させるとともに、改正債権法・相続法が紛争解決に与える影響など最新の実務動向を丁寧に追録して大幅改訂増補!
  • 共有物分割、共有持分買取権行使、共有持分放棄、共有持分譲渡などの手続を上手に使い分けるための指針を示した定番書!
  • 他の共有者等に対する通知書・合意書、共有物分割の類型ごとの訴状、紛争当事者の関係図を多数収録しており、実務に至便!
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINE
【所有権放棄・自力救済特約|基本|有効性判断基準】
【無催告解除特約・当然解除特約の有効性(借地借家法との抵触)】

関連記事

無料相談予約 受付中

0120-96-1040

受付時間 平日9:00 - 20:00