【借地権優先譲受申出(介入権)の基本(趣旨・典型例・相当の対価)】
1 借地権優先譲受申出(介入権)の基本
2 介入権の制度の趣旨
3 介入権を行使する典型的状況
4 介入権行使の要件(概要)
5 介入権行使の結果(認容裁判の内容)
6 介入権における相当の対価
7 介入権における対価の計算の実例(裁判例・概要)
8 権利金未払いを相当の対価に反映させた裁判例
9 介入権に関する実務的かけひき
1 借地権優先譲受申出(介入権)の基本
借地人が借地権譲渡許可の申立(非訟手続)をした場合に,地主自身が優先的に借地権を買い取る制度があります。これを借地権優先譲受申立といいます。俗称として介入権・先買権ということもあります。
本記事では,この介入権の基本的事項を説明します。
2 介入権の制度の趣旨
介入権の制度の趣旨は,借地人には想定したとおりに借地権の対価を取得させつつ,地主が負担のない所有権を取り戻すことを実現するというものです。
<介入権の制度の趣旨>
あ 地主の典型的な発想
第三者への譲渡を強行される状況
→それよりは自身で買い取った方が良い
い 借地人の立場
借地権譲渡の重要な機能
→借地権+建物を金銭に換えることである
=投下資本の回収である
譲り受ける者が誰か,は重要ではない
う 介入権の制度の機能
譲渡許可の裁判において
地主が優先譲受申立をすることができる
→地主が優先的に買い取ることになる
※借地借家法19条3項
介入権・先買権とも呼ばれる
※田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』日本評論社2014年p115
3 介入権を行使する典型的状況
地主が介入権を行使する典型的な状況は,借地権の評価額が思ったよりも低いので,この機会に借地権を取り戻そうと考える,というようなケースです。
<介入権を行使する典型的状況>
あ 前提事情
借地権譲渡許可の裁判において
借地権の評価額が低いことが判明した
い 地主の発想
譲渡が許可されると入手する承諾料が低額となる
一方,地主自身が買い取る場合,安く済む
→介入権を行使する発想が生じる
4 介入権行使の要件(概要)
地主が介入権を行使した場合,原則的に認められます。ただし,例外的に認められないこともあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|借地権優先譲受申出(介入権)の要件や申立人
5 介入権行使の結果(認容裁判の内容)
裁判所が介入権行使を認める場合,つまり認容の裁判をする場合,具体的には,一定の対価を決めて,建物と借地権を地主に譲渡することを命じるということになります。
<介入権行使の結果(認容裁判の内容)>
あ 基本的内容
(借地権譲渡の場合)
裁判所は,相当の対価を定める(後記※1)
建物と借地権を地主に譲渡せよと命じる
い 裁量による内容
裁判所が建物引渡・登記移転と代金支払の同時履行を命じること
→可能である
う 実体的効果
土地の賃貸借契約が終了する
※稻本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第3版』日本評論社p144
6 介入権における相当の対価
実際に問題となるのは,介入権による建物と借地権の譲渡の対価の金額算定です。条文では『相当の対価』という文言です。
通常は,建物の評価額と借地権の評価額の合計額から譲渡承諾料相当額を控除した金額となります。
<介入権における相当の対価(※1)>
あ 一般的な計算方法
ア 計算方法
(借地権譲渡の場合)
『相当の対価』は,建物の価格と借地権の価格の合計額から,譲渡承諾料相当額(借地権価格の10%程度)を控除した額が基準となる
権利金の額や借地権の残存期間などの諸般の事情を考慮する
※田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』日本評論社2014年p118
※稻本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第3版』日本評論社p144(同趣旨)
イ 借地権譲渡承諾料の相場(参考)
詳しくはこちら|借地権譲渡の承諾料の相場(借地権価格×10%)と借地権価格の評価法
い 個別事情の反映
個別的な特殊事情を相当の対価の計算に反映させることもある(後記※2)
う 裁判手続における鑑定委員の意見聴取
裁判所は,鑑定委員会の意見を聴かなければならない
※借地借家法19条6項
7 介入権における対価の計算の実例(裁判例・概要)
介入権が行使され,裁判所が相当の対価を計算した実例を別の記事で紹介しています。鑑定委員会の意見を否定し,私的鑑定を採用したというレアなものです。
詳しくはこちら|借地権優先譲受申出(介入権)の対価の計算で私的鑑定を採用した裁判例
8 権利金未払いを相当の対価に反映させた裁判例
相当の対価の計算方法(枠組み)は前記のように単純ですが,特殊な事情がある場合は,いろいろな方法で相当の対価の計算の中で反映させます。合意した権利金の金額のうち大部分は未払いのままであった,という特殊事情があったケースで,この事情を相当の対価を下げる方向に用いたという実例を紹介します。
<権利金未払いを相当の対価に反映させた裁判例(※2)>
あ 借地権設定時の特殊事情
権利金として490万円の支払を合意した
実際に借地人が支払ったのはそのうち70万円(または60万円)である
これは権利金としては非常に低額である
い 借地権価格の計算
本件土地付近の借地権価格は更地価格の70%程度である
本件土地の借地権価格は更地価格の55%が相当である
う 建物の評価額
無価値と評価する
え 譲渡承諾料相当額の計算
本件土地付近における譲渡承諾料は更地価格の10%程度である
本件の場合は更地価格の20%以上が相当である
お 相当の対価の計算の枠組み
借地権価格から譲渡承諾料相当額を控除したものを相当の対価とする
か まとめ(具体的計算)
ア 更地価格
1平方メートル単価4万円×286.92平方メートル=1147.68万円
イ 借地権価格
更地価格1147.68万円×55%≒631万円
ウ 譲渡承諾料相当額
更地価格1147.68万円×20%≒230万円
エ 相当の対価
借地権価格631万円+建物評価額ゼロ−譲渡承諾料相当額230万円=401万円
→譲渡対価を400万円とする
※東京地裁昭和46年5月18日
き 標準的な計算(比較)
更地価格1147.68万円×70%≒803万円(借地権価格)
借地権価格803万円×10%≒80万円(譲渡承諾料相当額)
借地権価格803万円+建物評価額ゼロ−譲渡承諾料相当額80万円=723万円
9 介入権に関する実務的かけひき
介入権の理論面は以上のとおりですが,実務ではこれを前提としたかけひき(交渉)が行われます。というのは,相当の対価で(建物と)借地権の売買をするというのは,ごく一般的な取引からすると高いのです。そこで,地主としてはできる限り介入権行使以外の任意の交渉で安く借地権を取り戻したいと考え,一方借地人としては介入権を行使されるととても大きな利益を得られることになるのです。
<介入権に関する実務的かけひき>
あ 介入権の特徴
ア 確実性
介入権は地主が再優先・確実に借地を取得できる
=実質的に貸地の状態から更地にできるという意味
イ 高額化
標準的な計算方法で代金が決められる(前記※1)
マーケットにおける流通相場からは異様に高いと言える
い 譲受人の狙い
地主が介入権行使をすると大きな転売益が確定する
→他の活用方法よりも大きな利益を得られる
う 地主の狙い
介入権行使により高値つかみが確定する
通常は,介入権行使はいわゆる悪手(NGワード)である
→交渉により,借地権の入手金額を大きく下げることを狙う方が好ましい
本記事では,借地権譲渡許可の裁判における介入権の基本的な内容を説明しました。
実際には,介入権の行使は不利になることが多いです。しかし,状況によっては駆け引きの1つとして有効に活用できることもあります。
みずほ中央法律事務所では,介入権も含めて,多くの規定や裁判例・学説を元にして最適な方法を選択することを徹底しています。
実際の借地権譲渡の承諾や裁判所の許可の手続に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。