【全面的価格賠償における賠償金支払に関するリスク(履行確保措置の必要性)】

1 全面的価格賠償における賠償金支払に関するリスク(履行確保措置の必要性)

共有物分割訴訟が、全面的価格賠償の判決で終わった場合、その後に賠償金支払(と不動産の移転登記や引渡)が履行されることになります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
この履行の場面で、履行されない(できない)状況になったとしたら判決による解決が実現しないこととなり、大きな問題となります。
本記事では、全面的価格賠償の判決に伴う賠償金支払のリスクについて説明します。なお、このリスクを避けるために履行確保措置を図る解決策も必要となります。履行確保措置については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否

2 賠償金の支払能力認定の困難性とリスク

裁判所が全面的価格賠償の判決をするための要件は判例によって定立されています。要件の中に(現物取得者の)支払能力があります。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
実際に支払能力を評価・判定する場面では、確実な判断ができないという構造的な問題があります。
簡単に言えば、確実になされるだろうと判断しても、その後に実際には支払われないという結果になる可能性が残るということです。

賠償金の支払能力認定の困難性とリスク

あ 支払能力認定の困難性(全体)

ところで、支払能力の有無の認定・判断は、実際には必ずしも容易でない。
例えば、現物取得者が担当額の銀行預金を有していることが証明されても、他に債務を負っているか否か、その額等が明らかでなければ、必ずしもその預金によって対価が支払われるとは断定できない
逆に、格別の資産を有していることが明らかでなくても、何らかの人的関係によって必要額を調達できる場合もある
支払能力の認定・判断とは、結局、将来支払がされるであろう蓋然性の予測であるから、右の例だけでも明らかなように、それを確実に証明し、認定することには本来的な困難が伴うものである
※最判平成10年2月27日・河合裁判官補足意見

い 支払能力認定のリスクの一般的な整理

支払能力(支払意思と現実の資力)の認定に関しては、次のリスクが不可避のものとして存在する
ア 認識の不完全性 当事者の提出した証拠に基づき、これから知り得る範囲のみでしか行うことができないというリスク
イ 将来的事情変更 認定の基準時は口頭弁論終結時であり、その後に事情の変更が生ずるリスク
※『判例タイムズ1002号』p114〜(三1(1))

う リスクが具体化する例

現物取得者が自然人である場合、同人が死亡した後の相続人の支払意思及び資力は全く未知のものである
現物取得者が法人の場合を含め、現物取得者の支払能力は常に変化する可能性がある
※『判例タイムズ1002号』p114〜(三1(1))

え 賠償金不払が生じた場合の状況

ア 平野氏見解 残された問題は、価格賠償義務が履行されない場合への対処である。
裁判所の判決により単独所有になり、価格賠償義務のみが残るが、契約ではないので解除もできない(持分の移転登記との同時履行の抗弁権の保護は認められる)。
※平野裕之稿『裁判による共有物の分割において全面的価格賠償の方法によることの可否(肯定)』/『判例セレクト’97』有斐閣1998年p17
イ 他の見解(要点) (賠償金の給付を債務名義化した場合であっても)
強制執行には相当の期間を要する上に、他の一般債権者との競合等により賠償金の確保に支障を来す可能性もある
賠償金の支払が遅滞した場合においても、債務不履行を理由として解除をすることはできない
※奈良次郎『共有物分割訴訟と全面的価格賠償について』/『判例タイムズ953号』p47
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p892、904

お 対策の必要性

賠償金の支払を確保するための手続的な措置を講ずる必要性がある
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p892
※上田誠一郎稿『全面的価格賠償の方法による共有物の分割と対価の確保の問題について』/『同志社法学296号(55巻6号)』同志社法学会2004年p1440(同趣旨)

3 賠償金不払発生リスクを否定的にみる見解

前記のような、全面的価格賠償の判決の後に、実際には賠償金が支払われないリスクについて、大きな問題ではないという指摘もあります。

賠償金不払発生リスクを否定的にみる見解

あ 賠償金不払発生リスクの程度

全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずるには、当該共有者が全面的価格賠償の方法による分割を希望しており、この者が支払能力を有することが必要とされている
これらの実体要件が的確に認定される限り、賠償金債務が履行されないという事態は、恐らくまれにしか生じないものと推測される

い 賠償金の債務名義化によるリスク抑制

対価取得者が賠償金の支払を命ずる給付判決を取得することができると解するならば、仮に賠償金債務の不履行という事態が生じたら、対価取得者は、判決に基づく強制執行を通じて権利を実現することが可能である
詳しくはこちら|全面的価格賠償における対価取得者保護の履行確保措置(金銭給付・担保設定)
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895、905、906

4 賠償金履行確保の重要性(実質的公平性との関係)

原則論だけから全面的価格賠償の判決を想定すると、判決確定と同時に共有持分が現物取得者に移転し、対価取得者は現物取得者に対する賠償金請求権を持つ、という状態になります。
これを前提とすると、対価取得者が金銭の回収リスクを負担することになり、不公平となります。これも、全面的価格賠償の判決の原則形態の不合理性といえます。

賠償金履行確保の重要性(実質的公平性との関係)

あ 賠償金回収実現の重要性(前提)

裁判所が判決により全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずる場合には、・・・
この判決は、一方当事者(現物取得者)には判決確定と同時に共有物を単独で所有させる反面、他方当事者(対価取得者)には共有持分を失わせる対価として金銭債権を取得させるにとどまるから、その債権の回収可能性について不安を残したのでは共有者間の実質的公平を損なうことになるからである。

い 賠償金支払の履行確保の重要性

そして、またこのことは、現物取得者の価格賠償義務の履行確保について、裁判所としての特別の配慮を要求することになる。
※最判平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見

5 賠償金支払リスクと『支払能力』要件の判断との関係

ところで、共有物分割訴訟の審理において、支払能力という実体要件の審査・認定を厳格にすれば、全面的価格賠償の判決の後の賠償金支払リスクが小さくなる(抑えられる)という関係があります。
では、支払リスクを回避するために支払能力認定ハードルを上げればよいかというとそうではありません。全面的価格賠償の分割類型を採用するという大きなメリットを失うことにつながるからです。逆に支払確保措置により支払リスクを下げられれば、支払能力の認定ハードを下げ、全面的価格賠償の活用場面が拡がるということもいえます。

賠償金支払リスクと『支払能力』要件の判断との関係

あ 支払能力認定の厳格化による履行リスク回避

この問題は、基本的には実体要件の存在(支払能力)を厳密に認定することで対処が可能な性質の事柄ではないかとも考えられる
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895、905、906

い 支払能力認定の厳格化による全面的価格賠償の抑制

そのため(支払能力の認定の困難性のため)、裁判所が、この予測が将来当たらないことを案じて、その認定を厳しく行うことになれば、前示の相当性が認められるにもかかわらずこの方法(全面的価格賠償)が許容されない場合が多くなり、せっかく認められた新しい方法(全面的価格賠償)が画餅に帰するおそれなしとしない
※最高裁平成10年2月27日・河合裁判官補足意見

う 履行確保措置が支払能力認定に与える影響(概要)

賠償金の履行確保措置をとった場合(特に全面的価格賠償の効果発生を賠償金支払にかからしめる手法をとった場合)
→『支払能力』の認定を緩和することにつながる
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における期限や条件(賠償金支払先履行)の設定

本記事では、全面的価格賠償の判決に伴う賠償金支払リスクについて説明しました。
実際には、個別的な事情により最適なアクション(解決手段の選択・主張立証の方法)は異なります。
実際に共有不動産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【オーバーローンの共有不動産の全面的価格賠償(賠償金100万円とした裁判例)】
【共有物分割訴訟における一括分割(複数の不動産・複数種類の財産を対象とする)】

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