【マンションの売買における管理費・修繕積立金の承継(区分所有法8条)】
1 マンションの売買における管理費・修繕積立金の承継
マンションの売買では、売主(前の区分所有者)が管理費・修繕積立金を滞納していた場合、それを買主(新たな区分所有者)が承継します。安く買えたと思ったら、後で、大きな負担がついていたことに気づく、ということがないように注意が必要です。
2 区分所有法7条、8条の条文
買主(特定承継人)に負担が承継する、というルールは区分所有法8条に定められています。承継する内容は7条1項が定めています。最初に条文を押さえておきます。
区分所有法7条、8条の条文
あ 区分所有法7条1項
区分所有者は、共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき他の区分所有者に対して有する債権又は規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して有する債権について、債務者の区分所有権(共用部分に関する権利及び敷地利用権を含む。)及び建物に備え付けた動産の上に先取特権を有する。管理者又は管理組合法人がその職務又は業務を行うにつき区分所有者に対して有する債権についても、同様とする。
※区分所有法7条1項
い 区分所有法8条
前条第一項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。
※区分所有法8条
3 マンションの買主への承継の典型例
条文上、一定の債権は特定承継人に対しても行うことができる、と書いてあります。少しわかりにくいですが、言い換えると、マンションの居室(専有部分)の買主は、売主が負っていた管理費、修繕積立金の支払義務を引き受ける、ということになります。もちろん滞納があった場合だけです。
マンションの買主への承継の典型例
→買主(新たな区分所有者)が承継する
※丸山英氣著『法律学講座 区分所有法 第2版』信山社2023年p221
4 特定承継人の範囲→買主・競売による買受人
条文上、負担を引き受けるのは特定承継人と書いてあります(前述)。具体的には買主や競売で取得した者です。
特定承継人の範囲→買主・競売による買受人
ここでいう特定承継人とは、相続、会社合併などによって権利を承継する一般承継人と対比されるべき承継をいい、他人の権利を個々的に取得する者である。
売買はもとより、贈与、さらには強制競売や担保権の実行による競売によって権利を取得した競落人も、特定承継人である(東京地判平成9年6月26日判時1634号94頁)。
根抵当権を実行して買受人となった者も、特定承継人に含まれる。
※丸山英氣著『法律学講座 区分所有法 第2版』信山社2023年p223
5 中間者(転売後)の責任→肯定方向
売主Aが管理費を滞納していて、それを買主Bが引き受けたことを想定します。さらに、BがCに売却した場合、Bの責任はどうなるでしょうか。
すでにBは区分所有者ではなくなっているので、引き受けた責任はなくなる、という見解もあります。区分所有法8条と似ている規定である民法254条についてはこの見解がとられることがあります。
詳しくはこちら|共有持分の転々譲渡における中間者の責任(民法254条)
しかし、区分所有法8条は、債権を強化する政策により作られた(改正した)経緯があるので、最近は、責任を負ったまま、という解釈が主流になっています。
中間者(転売後)の責任→肯定方向
あ 古い裁判例の傾向→否定
次に、中間者たる特定承継人が旧規定一五条の特定承継人に当たるか否かについてみる。
旧規定一五条が民法二五四条と同趣旨に出た規定であつて、同条の立法趣旨が前記のとおりであると解するとき、負担となるべき共用部分についての債権は区分所有権がそのひき当てとなつており、かつ特定承継人の債務負担はその限りにおいてのみ意味があるものと解すべきである(民法二五四条に関する、石田文次郎・物権法論四九三頁及び横田秀雄・改訂増補物権法四〇二頁参照)。それゆえ、旧規定一五条に定める特定承継人はその負担を支える区分所有権を現に有する特定承継人に限られると解すべきである。
※大阪地判昭和62年6月23日
い 丸山英氣氏指摘→肯定傾向
・・・中間者たるBをも特定承継人であるとの判例が増加している。
※丸山英氣著『法律学講座 区分所有法 第2版』信山社2023年p223
う 平成21年3月大阪地判→肯定
ア 問題提起
区分所有法8条は、「前条第1項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。」と定めるところ、被告のように既に区分所有建物の所有権を喪失したいわゆる「中間取得者」についても、同条に定める責任を負うのか否かについて問題となるので、以下、検討する。
イ 区分所有法8条新設の趣旨(民法254条との違い)
同条は、昭和58年5月21日法律第51号による区分所有法の改正によって新設されたものであるが、上記改正前に存した同法15条(以下「旧15条」という。)は、「共有者が共用部分につき他の共有者に対して有する債権は、その特定承継人に対しても行うことができる。」とし、共有物一般に関する民法254条の規定をそのまま共用部分の共有関係に当てはめていたにすぎなかった。
しかるに、旧15条が廃止され、8条が新設されたのは、共用部分やその共有に属する附属部分等に関する適正な維持管理を図るという上記改正の目的に則り、単に共有物についての共有者間の債権の保護を図るにとどまらず、区分所有における団体的管理のための経費にかかる債権について、広くその履行の確保を図る必要があったことによるものと解されるところである。
ウ 管理費が建物価値に化体
かかる同条が新設された趣旨に加え、区分所有建物の管理費等は、建物及び敷地の現状を維持・修繕する等のために使用されるものであり、当該建物等の全体の価値に化体しているということができ、中間取得者といえども、その所有にかかる期間中は上記価値を享受しているのであるし、また、中間取得者においては、売買等による換価処分の際、上記建物等に化体した価値に対応する利益を享受しているのであるから、かかる債権の行使を中間取得者に対し認めたとしても必ずしも不当とはいえない。
エ 条文の文言→限定なし
さらには、同条の文言は「区分所有者の特定承継人」と規定するのみで、その善悪等の主観的態様はもちろん、現に区分所有権を有している特定承継人に限定しているわけではないし、一方で、中間取得者が上記「特定承継人」に該当しないとすると、本件被告のように訴訟中、あるいは、敗訴判決確定後に、区分所有権を譲渡すれば、中間取得者はその責任を免れることになり、管理組合等の管理費の負担者側の実質的保護に欠けることになりかねない。
オ 結論→肯定
以上によれば、被告のような中間取得者であっても、区分所有法8条に定める「区分所有者の特定承継人」に当たるというべきである。
※大阪地判平成21年3月12日
え 平成21年7月大阪高判
ア 結論→肯定
甲事件被告は、債務者たる区分所有者の特定承継人として、区分所有法8条に基づき元の区分所有者の管理費等の債務をいったん負うことになった以上、その後その区分所有権を他に譲渡しても、その債務の支払を免れることはできないと解すべきである。
イ 理由→立法趣旨
すなわち、区分所有法8条は、その債務の履行を確実にするために特定承継人に特に債務の履行責任を負わせることを法定して債務履行の確実性を担保することに立法趣旨があり、いったん特定承継人となって債務を負うことになった者が所有権を他に譲渡して債務を免れるなどという責任軽減は、規定もなく、全く想定していないと考えられるからである。
区分所有法7条1項による先取特権があることも、同様に債務履行の確実性を担保する立法趣旨にすぎないから、先取特権があるからといって現に区分所有権を有する者にしか請求できないというような責任限定の解釈をすべき根拠はない。
※大阪地判平成21年7月24日
6 売主と買主の関係→併存的債務引受・不真正連帯・負担部分なし
マンションの買主(特定承継人)が責任を引き受けた場合でも、売主(譲渡人)の責任が消滅するわけではありません。管理組合(債権者)は買主、売主のどちらにも請求できる状態になります。
では、買主が支払った場合は売主と買主の関係はどうなるでしょうか。結論として、支払った全額を売主に請求できる、という解釈が一般的です。
売主と買主の関係→併存的債務引受・不真正連帯・負担部分なし
あ コンメンタールマンション区分所有法
ア 譲渡人・譲受人間→不真正連帯・譲受人負担部分ゼロ
債務者たる区分所有者の債務と特定承継人の債務との関係は、不真正連帯の関係(他の点では連帯債務と同じであるが、債務者相互間の負担部分がないもの)と法務省立法担当者は解している・・・
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p66
イ 対債権者→催告・検索の抗弁権ありの可能性
特定承継人は、債権者の請求に対して催告の抗弁権(民法452条の類推)および検索の抗弁権(民法453条の類推)を有する保証人の立場にあると考える余地がある(鎌野・特定承継人128参照)。
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p67
い 丸山英氣氏・区分所有法
ア 対債権者→併存的債務引受
特定承継人に弁済義務があるからといって債務者の債務が消滅するものではないことは当然である(併存的債務引受 玉田編コンメンタール区分所有法127頁)。
債権者は債務者に対しても請求できる。
※丸山英氣著『法律学講座 区分所有法 第2版』信山社2023年p221
イ 譲渡人・譲受人間→不真正連帯・譲受人負担部分ゼロ
特定承継人が債務を弁済した場合、特定承継人は、滞納者である区分所有者に求償できるか。
譲渡人の債務と特定承継人の債務は、不真正連帯債務の関係にあり、両者の負担関係は内部関係によるとされる(新版注民(7)640頁)。
「特定承継人の責任は、当該区分所有者(滞納者)に比して、二次的、補完的なものにすぎないから、当該区分所有者がこれを全額負担すべきものであり、特定承継人には負担部分がないものと解するのが担当である。
したがって、被控訴人(特定承継人)は、本件管理費等の滞納分につき、弁済に係る全額を控訴人(滞納者)に対して請求することができる」(東京高判平成17年3月30日判時915号32頁)。
※丸山英氣著『法律学講座 区分所有法 第2版』信山社2023年p223、224
う 平成17年東京高判
ア 対債権者→重畳的(併存的)債務引受
建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)8条は、同法7条1項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる旨規定しており、これによれば、被控訴人は、本件管理費等の滞納分について、控訴人の特定承継人として支払義務を負っていることは明らかである。
これは、集合建物を円滑に継持管理するため、他の区分所有者又は管理者が当該区分所有者に対して有する債権の効力を強化する趣旨から、本来の債務者たる当該区分所有者に加えて、特定承継人に対して重畳的な債務引受人としての義務を法定したものであり、
イ 譲渡人・譲受人間→不真正連帯・譲受人負担部分ゼロ
債務者たる当該区分所有者の債務とその特定承継人の債務とは不真正連帯債務の関係にあるものと解されるから、真正連帯債務についての民法442条は適用されないが、区分所有法8条の趣旨に照らせば、当該区分所有者と競売による特定承継人相互間の負担関係については、特定承継人の責任は当該区分所有者に比して二次的、補完的なものに過ぎないから、当該区分所有者がこれを全部負担すべきものであり、特定承継人には負担部分はないものと解するのが相当である。
※東京高判平成17年3月30日
本記事では、マンションの売買において買主が管理費・修繕積立金の支払義務を引き受けることについて説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際にマンションの売買や管理組合との関係などの問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。