【建物買取請求権行使の効果(同時履行・代金提供前の使用対価支払義務)】
1 建物買取請求権行使の効果(同時履行・代金提供前の使用対価支払義務)
借地期間が満了して更新がない場合や、借地権譲渡を地主が承諾しない場合に、建物買取請求権を行使されることがあります。
詳しくはこちら|借地期間満了時の建物買取請求権の基本(借地借家法13条)
詳しくはこちら|第三者の建物買取請求権(無断の借地権譲渡・転貸ケース・借地借家法14条)
この場合、文字どおり地主が建物を買い取ることになるので、地主には代金支払義務、借地人には建物を地主に明け渡す義務が発生します。これに関連していくつかの法的問題があります。本記事ではこのようなことを説明します。
2 建物買取請求権の行使に関する基本的な理論
(1)建物買取請求権の性質→形成権(参考)
ところで、建物買取請求権は形成権の性質をもっています。借地人が権利の行使、つまり意思表示をした時点で法律的な効果が発生する、というものです。
建物買取請求権の行使の効果→形成権(参考)
あ 理論的な効果
借地人が建物買取請求の意思表示をした場合
→建物の売買が成立したものとして扱われる
地主の承諾・拒否などの意向は関係ない
い 法的性質
形成権と呼ばれる
=一方的意思表示で効果が生じること
(2)建物買取請求権の実務的な行使プロセス→交渉
建物買取請求権は、理論的には意思表示によって効果が発生しますが、実際には、地主と条件の交渉をするところから始めることが多いです。
(3)建物買取請求権による原状回復義務回避
建物買取請求権の行使により、建物は地主の所有となります。そこで、借地人の原状回復義務、つまり建物を解体する義務はなくなります。
3 同時履行の抗弁権・留置権→適用あり・建物使用対価支払不要
(1)新版注釈民法
建物買取請求権の行使の効果は、売買と同じ内容です。建物の所有権移転は、すぐに生じます。そして履行、具体的には代金支払義務と目的物である建物の引渡や移転登記の義務が発生する、ということになります。
そして、地主が負う義務と借地人が負う義務は同時履行の関係となります。つまり地主が代金(時価)を支払うまでは借地人は建物を引き渡さなくてよい、ということです。
そうすると代金支払がなされるまでは、建物の所有者は地主、そこに借地人が居住(占有)するという状態になります。一見使用対価(不当利得)を支払う必要があるように思えますが、売買のルールの1つとして、代金支払があるまでは売主に果実が帰属するというものがあります(民法575条)。そこで使用対価の支払義務はないことになります。借地人自身が居住しているケースでも、第三者に建物を賃貸して賃料収入を得ている場合でも同じです。
新版注釈民法
あ 同時履行の抗弁権→適用あり
ア 適用→あり
買取請求権者の同時履行抗弁権行使により、代金支払まで、かれは建物をその占有下に止めうる。
イ 建物使用対価(不当利得)→否定
その間、かれが建物を使用しても、不当利得にならない(575I)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p606
い 留置権→適用あり
買取請求権者が代金支払のあるまで建物の引渡を拒否しうるのは、通説によれば、同時履行の抗弁権によるばかりでなく、留置権によってもよい、と解されている(大判昭18・2・18民集22・91、最判昭52・12・8金法850・38。なお、後者は、建物の所有権移転登記義務は留置権により拒否しえないとする)。
留置権によりうるといっても、買主に予先履行を強いうる(薄根・前掲総判民(11)132)というわけではないから、いずれの権利によるかは、ほとんど差がない(かかるいわば「抗弁権の競合」を認めることの可否については、鈴木禄弥・物権法講義〔3訂版:昭60〕296参照)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p607
(2)コンメンタール借地借家法
コンメンタール借地借家法も、同じ解釈を説明しています。
コンメンタール借地借家法
借地権者であった者は、同時履行の抗弁権または留置権により、相手方が建物の代金を支払うまで建物の引渡しを拒絶でき、建物占有の必要上その敷地の占有もなしうる。
※山本豊稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p106、107
(3)昭和7年大判・代金支払後の果実収取権→否定(参考)
以上のように、(買主にあたる)地主が建物の代金を支払うまでは建物の使用対価を支払う必要はありませんが、逆に代金を支払った後は、原則に戻ります。つまり不法占有と同じことになるので建物の使用対価を支払う必要があります。
昭和7年大判・代金支払後の果実収取権→否定(参考)
(注・現代語化・要旨)
※大判昭和7年3月3日
4 代金提供前の土地(敷地)の使用対価→原則支払義務あり
(1)新版注釈民法
以上のように、借地人は代金支払があるまでは建物を引き渡さなくてもよいのですが、ここで1つ注意点があります。土地(敷地)の占有も適法なのでその対価(不当利得や損害賠償)を支払わなくてよいような感覚がありますが、結論としては支払う必要があります。実質的なバランスを考えると、建物の代金に対応するのは建物の使用対価(果実)です。土地の使用対価まで入れるとバランスがとれなくなるのです。
ただしこれは借地人が建物を活用している、つまり建物から利得を得ていることが前提です。借地人が建物に居住しておらず、また第三者に貸してもいない(つまり空き家である)ケースでは土地の使用対価の支払義務はないと思われます。
新版注釈民法
あ 権利行使「前」・不法占有→損害賠償責任あり
(ア)買取請求権行使前の状態
建物所有者は、建物敷地の使用権原を有しないから、かれは敷地の「不法占拠者」であり、損害賠償(通常は、地代額に相当する)を土地所有者に支払わねばならない。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p607
い 権利行使「後」・原則=不当利得返還義務あり
ア 原則→不当利得返還義務あり
しかし、土地所有者の代金提供があるまで、請求権者は、建物の引渡を拒否しえ、適法に建物を占有しうるから、同時に敷地をも適法に占有しうることとなる。
しかし、実質的に考えると、請求権者が建物引渡を拒否しうるのは、建物代金が支払われないからであり、建物代金が支払われないことは、代金のその間の利息をかれが収取しえないことを意味する。
この請求権者の不利益を填補するために、代金支払があるまでの建物の果実、すなわちかれが第三者に賃貸しているときの家賃が、かれに与えられるのである。
しかし、いわゆる家賃には、建物代金を元本とする利息相当額すなわち純家賃のみならず、敷地の地代額も加算されている。
したがって、請求権者が家賃全額を取得するならば、かれは、地代相当額だけ不当利得することになる。
このことは、請求権者が建物を自ら使用している場合も、全く同じである。
したがって、請求権者は、この間の地代相当額を不当利得として、土地所有者に返還しなければならない(前掲大判昭11・5・26、同最判昭35・9・20―以上、本条に関する、前掲大判昭18・2・18―4条2項に関する、我妻491、広瀬76、薄根・前掲総判民(11)271、伊東132、広橋・前掲論文16、星野・借地借家364、水本=遠藤編・前掲書116〔伊藤〕)。
イ 例外・建物使用なし→不当利得返還義務なし
ただし、以上の不当利得の問題は、買取請求権者がみずから建物を使用しているか、他人に賃貸している場合にのみ生ずるのであって、買取請求権者が代金支払を促進するために建物を引き渡さないでいるにすぎず何ら利得をえていない場合には、かれには不当利得返還の義務がないことは、もちろんである
(前掲東京控判昭10・11・8、大阪高判昭40・3・9判時406・54、薄根・前掲総判民(11)271)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p609、610
(2)コンメンタール借地借家法
コンメンタール借地借家法には、前述の解釈の中の原則部分が説明されています。
コンメンタール借地借家法
※山本豊稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p107
5 関連テーマ
(1)賃貸中の建物の建物買取請求権→地主が建物賃貸人となる
建物買取請求の対象建物が賃貸中という場合もよくあります。この場合通常、建物の賃借人は居住している、つまり引渡を受けているので、新しい建物所有者である地主が賃貸借契約を引き継ぎます。
結局、地主は建物賃借人を退去させられない、ということになります。
詳しくはこちら|所有権と賃借権の対抗関係|対抗要件取得時期が早い方が優先|典型事例の整理
(2)不動産の不法占有による損害金の算定
一般的に不動産の不法占有の状態では使用対価の金額を算出することがよくあります。この場合の金額の算定方法については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|不動産の不法占有(賃貸借契約終了後)の損害金算定(賃料相当額・固定資産税倍率など)
本記事では、建物買取請求権を行使した効果について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地契約における借地権譲渡や土地明渡に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。