【高額所得者の婚姻費用の金額計算の全体像(4つの算定方式と選択基準)】
1 高額所得者の婚姻費用の金額算定の全体像
2 婚姻費用の標準的算定方式(簡易算定表)の上限
3 高額所得者の婚姻費用の金額計算の基礎
4 高額所得者の婚姻費用の算定方式のバリエーション
5 算定方式を選択する判断基準(目安)
6 算定方式選択の補足事項
7 高額所得者特有の考慮事項(概要)
8 高額所得者が支払う婚姻費用の金額の上限(概要)
9 高額所得者が支払う養育費(参考)
10 高額所得者のケースは専門性が高い
1 高額所得者の婚姻費用の金額算定の全体像
婚姻費用(分担金)の金額を計算では,通常,標準算定方式が使われます。
詳しくはこちら|標準算定方式による養育費・婚姻費用の算定(計算式・生活費指数)
実際にはその計算結果を早見表にまとめた簡易算定表が使われることも多いです。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用分担金の金額算定の基本(簡易算定表と具体例)
しかし,簡易算定表には収入の上限があります。この上限を超える収入がある場合の婚姻費用の金額の計算方法にはバリエーションがあります。
本記事では,高額所得者に関する婚姻費用の金額の計算方法の全体像を説明します。
2 婚姻費用の標準的算定方式(簡易算定表)の上限
標準的算定方式(を元にした簡易算定表)の上限となっている年収は,給与所得者については2000万円,自営業者については1409万円です。
標準的算定方式は,この範囲内(これ以下の年収)を想定して作られています。
<婚姻費用の標準的算定方式(簡易算定表)の上限(※1)>
あ 上限
婚姻費用の標準的算定方式(を元にした簡易算定表)について
総収入には次の上限がある
義務者の収入形態 | 総収入として用いる金額(い) | 総収入の上限 |
給与所得者 | 源泉徴収票の支払金額 | 2000万円 |
自営業者 | 確定申告書の課税される所得金額 | 1409万円 |
い 総収入の意味(概要)
総収入とは,いわゆる税込収入のことである
詳しくはこちら|総収入の認定と基礎収入の意味や計算方法(公租公課・職業費・特別経費の控除)
この収入を超える場合の計算方法について,以下説明します。
3 高額所得者の婚姻費用の金額計算の基礎
最初に,年収が前記の上限を超えると,それ以下のケースとどのような違いが出てくるか,ということを考えます。
まず,(総収入に占める)生活費に充てる金額の割合が下がってくる傾向があります。一方,(総収入に占める)貯蓄に回す金額の割合が上がってくる傾向があります。
このような傾向を具体的な考慮した具体的な計算方法は次に説明します。
<高額所得者の婚姻費用の金額計算の基礎>
あ 高額所得者の特有の状況
義務者の収入が前記※1を超過する場合
※本サイトでは『高額所得者』と呼ぶ
→2つの特有の状況(ア・イ)が生じる
ア 基礎収入割合(う)がさらに下がるイ 貯蓄部分が出てくる
い 高額所得者の婚姻費用算定(概要)
標準的算定方式の前提に整合しない
→主に4つの算定方式(計算方法)が存在する(後記※2)
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p78
う 基礎収入割合の意味(概要)
基礎収入とは,総収入のうち必要な支出を除いた部分,つまり,処分できる金額のことである
標準的算定方式では,総収入に一定の割合を掛けて基礎収入を算出する
この一定の割合を基礎収入割合という
基礎収入割合は,総収入の金額によって異なる
詳しくはこちら|標準的算定方式による養育費・婚姻費用の算定(計算式・基礎収入割合・生活費指数)
4 高額所得者の婚姻費用の算定方式のバリエーション
高額所得者の婚姻費用の金額を計算する方法は大きく2つ(細かい分類だと4つ)に分けられます。
<高額所得者の婚姻費用の算定方式のバリエーション(※2)>
あ 標準的算定方式維持
標準的算定方式の枠組みを利用する
一定の修正などの処理を行う
『ア〜ウ』の3つに分類できる
ア 上限頭打ち方式
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の上限頭打ち方式
イ 基礎収入割合修正方式
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の基礎収入割合修正方式
ウ 貯蓄率控除方式
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の貯蓄率控除方式
い フリーハンド算定方式
標準的算定方式の枠組みを利用しない
明確な算定方法・方式を用いない
裁判所の広範な裁量で個別的に算定する
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中のフリーハンド算定方式
5 算定方式を選択する判断基準(目安)
高額所得者の婚姻費用の計算方法は4つあります(前記)。実際の事案にどの計算方法を使うか(選択するか)という判断について明確な基準はありません。
ただし,年収の大きさ(ゾーン)によって妥当な計算方法がどれか,という傾向はあります。
簡易算定表の年収の上限から500万円以内であるケースでは,大きく上回らない,つまり違いが小さいので,上限年収と同じ扱いにすることが妥当といえる傾向があります。
それより上のゾーンでは,標準的算定方式を維持しつつ,中のパラメータの調整で済ませる,という意味で,基礎収入割合修正か貯蓄率控除の方式が妥当といえる傾向があります。
年収が1億円を超えるケースでは,標準的算定方式からの乖離(違い)がとても大きいので,標準的算定方式の枠組みを使うこと自体が適していない傾向が強くなります。つまり,フリーハンド算定方式が妥当という傾向です。
<算定方式を選択する判断基準(目安)>
あ 算定方式選択の基本
標準的算定方式の収入額の上限を超過している場合
→超過額によって算定方式を選択する
い 算定方式選択の基準・目安
超過額 | 算定方式 |
億円単位(※5) | フリーハンド算定方式 |
〜1億円程度 | 基礎収入割合修正方式or貯蓄率控除方式(※4) |
〜500万円程度(※3) | 上限頭打ち方式 |
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p144
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p83〜85
6 算定方式選択の補足事項
前記の算定方式選択の基準の目安は大まかな傾向です。振り分ける選択(判断)基準として明確なものではありません。
例えば,簡易算定表の上限年収からの超過が900万円程度であるケースに上限頭打ち方式を採用した実例も多いです。
ここで,貯蓄率控除方式は,基礎収入から貯蓄に回す分を独立して差し引きます。一方,基礎収入割合修正方式では,生活費に充てない金額を割合として加算します。この生活費に充てない金額の中に貯蓄に回す分を含めることも多いです。
このような意味で,貯蓄率控除方式と基礎収入割合修正方式は,似ている考え方が元になっているので,計算結果も似てくる傾向があります。
<算定方式選択の補足事項>
あ 上限頭打ち方式採用の範囲(前記※3)
超過額900万円程度まで拡げることもあり得る
※大阪高裁平成17年12月19日
※大阪高裁平成22年3月19日
い 基礎収入割合修正・貯蓄率控除方式(前記※4)
いずれの方式でも違いはそれほどない
う 億円単位のケース(前記※5)
(年収の金額自体は大きく変わらないが)生活状況が標準的な世帯と著しく異なる場合も含む
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p83
7 高額所得者特有の考慮事項(概要)
高額所得者に関する婚姻費用の計算方法(算定方式)は標準的なものとは異なります(前記)。
さらに,計算方法(方式)以外についても,計算において考慮する(修正する)ことが必要となることもいろいろとあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額の計算における特有の考慮事項
8 高額所得者が支払う婚姻費用の金額の上限(概要)
以上のように,高額所得者(が義務者であるケース)の婚姻費用の計算では,標準的算定方式とは別の計算方法を使いますし,また,いろいろな事情の考慮が必要となります。
いずれにしても婚姻費用の金額は,標準的な金額よりも大きくなります。
この点,婚姻費用の金額(絶対額)には上限があるという考えもあります。上限を否定する考えもあります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|婚姻費用分担金の金額の上限(月額100万円という上限の有無)
9 高額所得者が支払う養育費(参考)
以上の説明は,婚姻費用(離婚が成立する前の期間)です。一方で,離婚が成立した後には,子供の養育費の支払が続くことになります。
高額所得者が支払う養育費については,(婚姻費用と異なり)計算方法のバリエーションがたくさんあるということはありません。金額の上限を設定するかどうか,という大きな問題はあります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|高額所得者の養育費の金額(基準の不存在・上限の有無・実例の傾向)
10 高額所得者のケースは専門性が高い
高額所得者に関する婚姻費用の算定は複雑です。
以上の整理は画一的・統一的な解釈・基準ではありません。
一般的に弁護士・裁判所も『標準的算定方式』はよく理解しています。
一方,高額所得者の扱いについては詳しく知らないことも多いです。
方式が4つある,ということ自体を知らない方も実際に多いです。
その結果,高額所得者でも標準的算定方式をそのまま適用するケースも見かけます。
逆に言えば,適切な解釈論・論文の説得力がとても強いのです。
適切な裁判例や解釈論・論文を提出することで結果を大きく変えることがよくあります。
高額所得者に関する夫婦問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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