【広告費の悪用による暗黙の販売促進費用=タンボー・AD】

1 不動産流通業界の暗黙の販売促進費用

不動産の流通業界ではある種の『販売促進費用』が蔓延しています。法律の規制と食い違うようなものでありながら、表面化していません。
行政の肥大化に伴うありがちな現象です。
詳しくはこちら|行政の肥大化・官僚統治|コスト・ブロック現象|小規模事業・大企業
まずは販売促進費用の正体を特定します。

<不動産流通業界の暗黙の販売促進費用>

あ 厳しい上限規定(前提)

仲介手数料は上限が規定されている
詳しくはこちら|不動産売買・賃貸の仲介手数料(報酬額)の上限(基本)
例外的な上乗せ費用も認められるが厳しく限定されている
詳しくはこちら|不動産売買・賃貸の仲介手数料(報酬額)の上限の例外

い 業界の実情

流通業界では実質的な違反行為も存在する模様である

う 仕組み

管理会社(オーナー)が仲介業者に販売促進の金銭を支払う
仲介業者の営業マン個人が受け取ることもある
販売促進の費用の形式・名目にはバラエティーがある(後記※1
営業マンは、意欲的に熱意を持って、この物件の成約を目指す
『なりぎまり』を理想とする

え なりぎまり(業界用語)

1つ目の候補物件の内見だけで成約すること

お 成約アップの方法

古典的なものがいくつか存在する(後記※3

2 販促の金銭の名目あれこれ

販売促進の金銭は、本来、宅建業法で禁止されているものです。そこで、表面的な名目には工夫がほどこされています。業界用語のバラエティーを紹介します。

<販促の金銭の名目あれこれ(※1)

あ AD(エーディー)

最もよく使われる用語である
次のようなデリケートなニュアンスが込められている
ア 本来の広告費とは違うものであるイ 『適法な追加費用』である広告費を名目だけ流用する

う 特別営業費・業務委託料・入居者補助業務実施手数料

ややストレートな名称

う タンボー

『担当者ボーナス』を略した業界用語である
販売促進のための『心付け』という趣旨である

以下、主に、言いやすい『AD』という言葉を使います。

3 AD表記の具体例

実際に、物件案内(マイソク)で次のような表記があふれています。

<AD表記の具体例>

あ 記載例

客付会社様へ AD400
申込から10日以内の賃発に限る

い 意味

賃料の400%(4か月分)をADとする
申込から10日以内に賃料が発生した場合に限る

4 管理会社・オーナーの立場から見たAD

ADという慣習の存在からいろいろなことが見えてきます。流通業界のプレイヤーごとの立場におけるADの意味合いをまとめます。
最初に、管理会社・オーナーのサイドにおけるADの意味を考えてみましょう。

<管理会社・オーナーの立場から見たAD>

あ ADの意味合い

物件の魅力が低いとADに頼ることになる
=高いADで選んでもらうしかない
物件の魅力を高める施策が足りない場合
→ADが跳ね上がっていく

い ADの功罪

賃貸サービスの事業者間の競争
=『物件の魅力=入居者への提供価値』のアップ
ADはこれ(魅力アップ)を止めてしまう

5 仲介業者の立場から見たAD

仲介業者(客付業者)の立場からADを見てみましょう。もらえて良かった!という単純なものではありません。
実際にどのくらいのADが動いている(もらっている)のか、というと、仲介手数料よりもADの方が多いという実例もあります。

<仲介業者の立場から見たAD>

あ 究極の選択

入居候補者へ推奨する物件の判断について
次のどちらを優先するか迷う状況が生じる
ア 物件の魅力イ ADの高さ

い ADの功罪

AD(『イ』)を優先した場合
→いろいろな効果やリスクが生じる(後記※2

う AD比率の例

(グローバルトラストネットワークスの賃貸仲介部門の売上について)
賃貸仲介事業の売上高は8000万円で、内訳はAD(広告費)が57%仲介手数料が42%、その他0.5%となっている。
※全国賃貸住宅新聞オンライン記事2021年11月25日

ADが及ぼす効果・現象は内容が多いので、次にまとめます。

6 仲介業者にとってのADの功罪

ADが仲介業者に及ぼす影響という視点でまとめます。

<仲介業者にとってのADの功罪(※2)

あ 直接的効果

その時点では利益が上がる
行政処分・損害賠償責任を負うリスクが一定程度存在する

い テナントリテンション

入居者の退去リスクが高い
テナントリテンションが最初から低い状態である

う 信用失墜

入居者・オーナー(顧客)の信用を失う
→マーケットで淘汰される方向性

え 人材的視点

営業マンが仕事へのやりがい・やる気を失う
→人材リテンションが下がる(退職が増える)

7 成約アップの方法あれこれ

不動産の仲介業では成約アップへの取り組みが行われます。これ自体は正しい方向性で使命とも言えます。しかし、中には行き過ぎ、つまり違法なものもあります。

<成約アップの方法あれこれ(※3)

あ 詐欺タイプ=錯誤誘引

入居候補者に、他の物件よりも優良であると強調する
適正な根拠はない場合は違法となる
例=ADが高い物件(というだけの理由)

い 承認欲求充足タイプ

(仮に入居候補者が自身で指摘した物件である場合)
入居候補者が『選んだ目』を褒める
当該物件を褒める
例=『さすが、◯◯の点をよくご理解されていますね』

う 引き回し差分法

内見の順序を工夫する
例=高スペック(予算オーバー)な物件
→低スペックな物件
→本命の物件

『あ』は違法となることがあります。それ以外は一般的には適法なセールスの範囲内、と言えるでしょう。

8 『広告料』名目で『礼金』横取り事件

AD、つまり広告料という名目は違法な金銭のやりとりで流用(悪用)されることがよくあります(前記)。ここで、同じ悪用でも、ちょっと変わった悪用が問題となったケースを紹介します。仲介業者が『料金の上限規定』と闘ってきた痕跡とも言えます。アイデア・企画名人とも言える新商品でしたが裁判所に止められました。

<『広告料』名目で『礼金』横取り事件>

あ 事案

ア 礼金支払合意 賃借人が賃貸人に礼金を支払う合意
イ 礼金取得合意 賃借人から賃貸人が受領した礼金について
→仲介業者が『広告料』名目で取得する合意

い 裁判所の判断

『あ』の『ア・イ』の両方について
→宅建業法の報酬の上限・広告料の制限を潜脱するものである
→違法である
→いずれの合意も無効である
※東京地裁平成25年6月26日

本記事では、不動産仲介の業界における『広告費』の転用という現象について説明しました。
実際には、具体的な事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
不動産仲介(流通)の運営に関して検討されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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