【法定地上権の制度趣旨(建物保護の理由=当事者意思や公益)】

1 法定地上権の制度趣旨
2 法定地上権の制度の概要
3 法定地上権の基本的な制度趣旨
4 建物を保護する理由の分析
5 法定地上権の成否による関係者の利害状況
6 建物を保護すべき公益の内容
7 『当事者の合理的意思』の空虚さの指摘

1 法定地上権の制度趣旨

土地や建物の競売によって,もともとなかった地上権(借地権)を誕生させる,法定地上権という制度があります(民法388条)。
当然,この制度が作られた理由(制度趣旨)があり,これはいろいろな解釈の中で登場します。
本記事では,法定地上権の制度趣旨について説明します。

2 法定地上権の制度の概要

法定地上権が成立するのは,土地と建物の所有者が同一であり,その一方(または両方)に抵当権が設定された後,抵当権が実行され,つまり売却されて,その結果,土地と建物の所有者が別人となった時に地上権を誕生させるというものです。
基本的な成立要件については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|法定地上権の成立要件には物理的要件や所有者要件がある

3 法定地上権の基本的な制度趣旨

もともと地上権がないところに,人為的に地上権を誕生させる(設定したものとみなす)設計としたのはなぜでしょう。
それは,そのままの状況だと土地を利用する権原がないので,建物を収去(解体)せざるを得ない状態になってしまうからです。
この点事前に土地の利用権原が設定されていれば(かつ対抗要件を備えていれば),土地や建物の所有者が変わっても利用権原は存続します。しかし,土地と建物の所有者が同じ場合には,土地の利用権原の設定は(混同にあたるので)できないのです。
つまり,法定地上権の制度趣旨は,建物を保護するということなのです。

<法定地上権の基本的な制度趣旨>

あ 問題点(建物収去リスク)

土地とその地上の建物を同一人が所有している場合に,土地または建物に抵当権が設定され,後にそれが実行されて,土地と建物が別人に帰属することになった場合に,土地所有者と建物所有者の間で土地利用に関する合意が成立しないと,建物所有者は建物の収去を余儀なくされることとなる

い 法定地上権による建物保護

そこで,民法388条は,そのような場合に,建物について地上権が設定されたものとみなして,建物の所有者を保護するものである。
※森田修編『新注釈民法(7)物権(4)』有斐閣2019年p146

4 建物を保護する理由の分析

法定地上権の制度趣旨の基礎部分は建物を保護することです(前述)。しかし,土地(の所有者)が地上権を負担を押し付けられるという犠牲を伴います。犠牲が生じてでも建物を保護する理由はなんでしょうか。実はこれについていろいろな考えがあり,また,時代とともに考え方に変化があります。
民法制定当初は公益(社会的な利益)を図るという指摘がありましたが,現在では,抵当権者の意思を理由とする考え方が主流となっています。つまり,抵当権者は法定地上権が発生する(土地に負担が生じる)ことを認識していたという考え方です。

<建物を保護する理由の分析>

あ 民法制定時の公益の指摘

国民経済的観点からの有用な建物の保存ということが民法制定時から言われている
※森田修編『新注釈民法(7)物権(4)』有斐閣2019年p156

い 法案起草者発言

起草者グループの1人である富井博士は,『立法の主旨は抵当権者を保護することにあり,国家経済上の利益は・・・間接の理由に過ぎず・・・』(現代語化)と述べている
※森田修編『新注釈民法(7)物権(4)』有斐閣2019年p155

う 現在の公益の位置づけ

ア 道垣内氏発言 現在では,当事者の意思が重視されている
判例では,抵当権者の意思を重視するものが多い
公益は後退している
※担保法改正委員会(道垣内弘人)『抵当権法改正中間試案の公表』/『ジュリスト1228号』2002年p216
イ 平成9年判例 抵当権設定当事者の合理的意思に反してまでも右公益的要請を重視すべきであるとはいえない
※最判平成9年2月4日
詳しくはこちら|土地・建物への共同抵当権設定後の建物再築と法定地上権の成否(平成9年判例・全体価値考慮説)

5 法定地上権の成否による関係者の利害状況

建物を保護する理由として,現在では抵当権者の意思を重視する傾向があります(前述)。ただし,いろいろな解釈の中では,抵当権者に限らず関係する者の利害を反映させる(考慮する)ことがあります。そこで,法定地上権が成立するかどうかによって利害が及ぶいろいろな立場の者を整理します。
たとえば実際に裁判所の判断の中で買受人の意思が登場することがあります。しかし,買受人に利害が及ぶのは法定地上権の成否ではなく成否の判断の明確性であるはずです。

<法定地上権の成否による関係者の利害状況>

あ 抵当権者

抵当権設定によって把握したはずの担保価値の保全,すなわち,その後の「意外ノ損失」の防止が重要である
土地の全体価値の把握が考慮される

い 土地所有者(抵当権設定者)

土地の価値が抵当権設定の際および競売の際に正当に評価され,担保価値が実現されることに利害を有する
また,土地の「正当な利用」を害されないことに利害を有する

う 競売時の建物所有者

建物が存続することに第一次的な利害を有するが,投下資本の回収として相当な価格が償還されるなら,建物所有権は喪失しても経済的には問題がない
建物に居住している場合は,現在地への居住の利益は別途保護する必要がある

え 買受人

法定地上権が成立する(しない)ことが明白であれば,そのような物件の競売に参加しないか,または法定地上権の成立を計算に入れた評価をすれば不利益は生じない
法定地上権が成立すること(しないこと)による利害は生じない
物件の価値の評価の前提としての権利関係の透明性・法的ルールの安定性に利害を有する

お 後順位担保権者

担保権設定によって把握できたものと期待した残存担保価値が不当に害されないことに利害を有する
※森田修編『新注釈民法(7)物権(4)』有斐閣2019年p155,156

6 建物を保護すべき公益の内容

建物を保護する理由として,特に民法制定当初は公益が指摘されていましたが,今では後退しています(前述)。ただし,無視される(考慮ゼロ)に至ったというわけではありません。
では次に,公益の中身が何なのか,ということが問題となりますが,実はこれもいろいろな考え方があります。
素朴に考えると,建物は建築に資源や資金を要するので壊さない方が社会のためになるという発想が出てきます。しかし,たとえば耐震性能が低い建物や景観を著しく損ねる建物があったら社会としても不利益(マイナス効果)ということもあり得ます。そのような効率的に利用できない建物は解体した方が社会にプラスとなるという考え方です。実際の不動産のマーケットでも土地+建物よりも土地のみ(更地)の方が評価が高いということがあります。
このように公益の中身は簡単に決まらないといえます。

<建物を保護すべき公益の内容>

あ 基本的視点

仮に公益を評価するならば,土地の効率的利用の観点も加味する必要がある
※森田修編『新注釈民法(7)物権(4)』有斐閣2019年p156

い 更地信仰論争(概要)

ア 更地信仰の信者の主張 経済的有用性を欠く建物の存在は,経済活動を阻害し,かえって国益に反する
更地は何にでも利用できる潜在的価値を秘めている
更地の方が土地の効率的利用につながる
イ 更地信仰への批判 更地信仰は,将来の値上り利益狙いの未利用地買いだめ(投機行為)を助長し,バブル経済につながった
公益に反する
詳しくはこちら|更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響とその批判・反論

7 『当事者の合理的意思』の空虚さの指摘

建物を保護する主な理由は,前述のように(抵当権者などの)当事者の合理的意思です。実際に判例が法定地上権の成否を判断する理由として,当事者の意思を挙げることが多いです。
ただし,これもよく考えてみると建物を保護する理由にはなっていないとも思えます。
たとえば抵当権者は法定地上権が成立しないと思っていたということを理由に,法定地上権を否定する判決があったとしましょう。なぜ抵当権者は法定地上権が成立しないと思ったのでしょうか。それは当時の状況を元にすると法定地上権を成立させないのが妥当だと裁判所が考えたからでしょう。
というように,当事者の合理的意思というワードが来たら,その後には裁判所の判断結果が来ていて,理由を省略している,という指摘がなされています。

<『当事者の合理的意思』の空虚さの指摘>

あ 「当事者の合理的意思」を理由とする判例への批判

東京大学助教授 道垣内弘人
・・・私は,「抵当権設定当事者の合理的意思」ということを基準にするのは,あまり望ましくないのではないかと思うのです。
・・・
本判決(最判平成9年2月4日)も,最高裁に失礼な言い方をすると,同じことを三回書いているにとどまっているわけですね(笑)。
それは理由づけの方法としては好ましい方法ではない。
・・・
ただ,最高裁の立場を説得的にといいますか,理屈づけて説示するためには,そういうふうに法定地上権の理念というものをきちんと捉え直して,それを根拠に結論を導いてくるべきであって,当事者の合理的意思がそうだ,というのでは,結論を述べているにすぎないと思います。

い 法定地上権の理念の内容

道垣内弘人
抵当権設定時に存在していた建物というものは,やはり保護されるというふうに考えるのが,土地と建物が別個の不動産であるというふうになっている日本民法上は妥当であろう
それだけの話であって,それ以上の話ではない
※小林明彦ほか談『座談会 再築建物のための法定地上権をめぐって』/『旬刊 金融法務事情1493号』1997年p32

本記事では,法定地上権の制度趣旨を説明しました。
実際に,法定地上権の成否が問題となっている状況で,このような制度趣旨までさかのぼった主張・立証で結論が違ってくることもあります。
実際に法定地上権(競売)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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