【持戻し免除の意思表示を認定した裁判例】
1 暗黙の持戻し免除の意思表示の認定(総論)
2 農業の後継による持戻し免除の認定
3 要扶養状況による持戻し免除の認定(事案)
4 要扶養状況による持戻し免除の認定(判断)
5 夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(事案)
6 夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(判断)
7 申し訳なさという背景による持戻し免除の認定
1 暗黙の持戻し免除の意思表示の認定(総論)
特別受益を無効化する持戻し免除という手段があります。
詳しくはこちら|持戻し免除の意思表示の基本(趣旨と方式や黙示の認定基準)
明確に遺言などの書面に持戻し免除の内容が記載されていると容易に判断できます。しかし実際には明確なメッセージとして残っていないケースが多いです。
そして,いろいろな事情から暗黙(黙示)の意思表示として認定する実例もよくあります。
本記事では,暗黙の持戻し免除の意思表示の実例を紹介します。
2 農業の後継による持戻し免除の認定
家業である農業を承継するという経緯から持戻し免除を認めた裁判例です。
<農業の後継による持戻し免除の認定>
あ 事案
被相続人Aが3男Bに農地などを贈与した
贈与は法定相続分を超えていた
BはAと同居して農耕に従事していた
AはBに後を継がせる気持ちがあった
Aは自筆証書遺言に『全財産を3男に譲渡する』旨記載していた
この遺言は日付記載を欠いており無効となった
い 裁判所の判断
持戻免除の意思表示を認定した
※福岡高裁昭和45年7月31日
3 要扶養状況による持戻し免除の認定(事案)
扶養が必要な特殊な状況から持戻し免除の意思表示を認めた裁判例があります。まずは事案内容だけをまとめます。
<要扶養状況による持戻し免除の認定(事案)>
あ 当事者
男性Aが亡くなった
相続人
=妻B・長女C・次女D
い 長女Cの状況
長女Cは次のような状況にあった
日本女子大学卒業の翌年頃に強度の神経症となった
その後入院再発を繰り返していた
Cは40歳に達しながら結婚もできない状態でいた
両親の庇護のもとに生活していた
Cの母であるBが身の回りの世話をしていた
将来にわたってその状態が続くことが予測されていた
=独立した生計を営むことが期待できない状態にあった
う 次女Dの状況
Dは既に嫁いでいた
え 生前贈与
AはB・C・Dに株式を贈与した
AはBに土地4筆を贈与した
AはCに土地1筆を贈与した
※東京高裁昭和51年4月16日
4 要扶養状況による持戻し免除の認定(判断)
前記事案についての裁判所の判断の内容を整理します。要するに,暗黙の持戻し免除を認めたのです。
<要扶養状況による持戻し免除の認定(判断)>
あ 株式の贈与
B・Cへの株式の贈与について
株式の利益配当をもってB・Cの生活の安定を図る趣旨である
Dへの株式の贈与はB・Cへの贈与と同時期である
B・C・Dへの贈与について
→持戻し免除の意思を黙示的に表示した
い 土地の贈与
Cへの土地贈与について
Bへの土地贈与とは明確に区別している
→持戻し免除の意思を黙示的に表示した
※東京高裁昭和51年4月16日
5 夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(事案)
資金の負担,つまり贈与の目的から持戻し免除を認めた裁判例があります。まずは背景となる事案の内容をまとめます。
<夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(事案)>
あ 金銭の生前贈与
被相続人Aが甲土地を所有していた
Aは妻Bに対して
甲土地について建物所有目的の使用貸借権を設定した
Bは甲土地上に乙建物を建築した
建築費用は約46万円であった
AはBに対して,この費用のうち20万円を贈与した
い 経済的状況
A・Bは乙建物に夫婦として同居していた
Aは,死亡までの約9年間を乙建物に居住していた
Bは乙建物で飲食業を営んでいた
Aは主にBの事業収入で生活を維持していた
※東京高裁昭和57年3月16日
6 夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(判断)
前記事案について,裁判所の判断の内容をまとめます。結論として持戻し免除を認めました。
<夫婦の建物建築目的による持戻し免除の認定(判断)>
あ 特別受益の判断
AがBに建物建築資金として贈与した20万円について
→特別受益に該当する
い 客観的な状況の評価
Bが贈与を受けた財産を基礎とした収入によって
A自身の生活が維持されていた
う 被相続人Aの意向の認定
遅くともAが亡くなる前頃において
Aとしては,次の意思を有していなかった
否定する意思の内容=『あ』の生前贈与を『相続分の前渡し』とする
え 結論
AはBに対し黙示に特別受益の持戻の免除の意思表示をした
※東京高裁昭和57年3月16日
7 申し訳なさという背景による持戻し免除の認定
生前贈与の背景・趣旨から持戻し免除を認めた裁判例です。申し訳ないという気持ちを手がかりに判断しています。
別の言い方をすると,相続人間の公平という結論に結びつけるという実質的な価値判断に基づくということです。
<申し訳なさという背景による持戻し免除の認定>
あ 生前贈与の内容
被相続人Aは次男に土地建物購入費用を贈与した
これには次のような趣旨・理由があった
い 贈与の趣旨
長男が復員し,次男に出て行ってもらう必要が生じた
Aはこの申し訳なさが理由となり『あ』の贈与を行った
う 持戻し免除の意思表示の認定
持戻免除の意思表示を認めた
※鳥取家裁平成5年3月10日
2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
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