【建物賃貸借×敷引特約・定額修補分担金特約|有効性判断】
1 特約により敷金の一部が差し引かれることがある|敷引特約
2 敷引特約は『原状回復費用額とかけ離れる』と無効となる
3 敷引特約の有効性判断|判断要素・基準
4 借主が事業者・会社の場合『敷引特約』は有効となる傾向がある
5 災害による建物滅失→敷引特約は適用されない
6 定額修補分担金特約|内容・有効性
1 特約により敷金の一部が差し引かれることがある|敷引特約
一般的に,敷金は賃貸借契約の開始時点で賃借人が賃貸人に預ける金銭です。
そして,退去時に返還されます。
この時,滞納賃料や原状回復の費用が控除されます。
この控除・返還の部分のルールを特約とする方法があります。
<敷引特約|基本>
あ 敷引特約の内容
敷金のうち『一定額を自動的に差し引く』特約
控除後の残額が契約終了時に返還される
い 敷引特約の趣旨
ア 自然損耗の修繕費用イ 賃料を低額にすることの対価ウ 賃貸借契約終了時の空室保障エ 賃貸借契約成立の謝礼オ 更新時の更新料免除の対価 ※神戸地裁平成17年7月14日
う 普及エリア
関西地方で多い
簡単に言えば,敷金の一部を差し引くというものです。
そこで『敷引特約』(しきびきとくやく)と呼んでいます。
2 敷引特約は『原状回復費用額とかけ離れる』と無効となる
敷引特約は,『原状回復費用を固定化したもの』,という性格が典型的な考え方です。
このことから『金額設定』によっては無効となります。
<敷引特約の有効性|原状回復費用との比較>
平均的な原状回復費用と控除額(敷引の金額)が大幅に異なる場合
→敷引特約が無効となる
※消費者契約法10条
原状回復費用の相当額と『敷引金額』の整合性があまりない場合は無効となる可能性があるのです。
3 敷引特約の有効性判断|判断要素・基準
敷引特約の有効性については,法律上金額や割合の基準が規定されているわけではありません。
しかし,多くの裁判でこの点が争われ,裁判例として個別的な判断が蓄積されています。
その上,最高裁判例としてもいくつか判断が示されています。
これらの判断をまとめると次のようになります。
<敷引特約の有効性|判断要素・判断基準>
あ 判断要素
ア 原状回復費用相当額
↑一般的・平均的な原状回復費用=通常損耗の補修費用
イ 賃料額の近隣相場との乖離ウ 敷金等,その他の負担の有無・金額エ 契約締結時になされた説明の程度
い 判断の方向性(判断基準)
・『ア』と敷引の金額(控除額)が近い→有効傾向
・『ア』よりも敷引の金額が大きい→次の事情による
他の賃借人の負担(『イ・ウ』)が相場よりも低く抑えられている→有効傾向
他の賃借人の負担が相場と変わらない→無効傾向
・契約締結時に敷引特約の説明がなされなかった→無効傾向
※最高裁平成23年3月24日
※最高裁平成23年7月12日
以上は,それぞれの場合の判断の方向性です。
実際には他の事情も含めて総合的に最終判断がなされます。
当然ですが,必ずこのような最終判断に至るわけではありません。
4 借主が事業者・会社の場合『敷引特約』は有効となる傾向がある
借家契約の含まれる敷引特約は一定の範囲で有効性が否定されることがあります。
法律的な理由(根拠)としては,消費者契約法が適用されるのが一般的です。
ここで,消費者契約法は,消費者のみに適用されます。
ですから,賃借人が事業主や株式会社である場合は適用されません。
しかし,消費者契約法以外を根拠として『敷引特約が無効』となる可能性もあります。
具体的には,公序良俗違反(民法90条)が典型です。
特約や合意の合理性が著しく欠けている,つまり,利害のバランスが不合理,という場合に『公序良俗違反』となります。
<公序良俗違反により敷引特約が無効となる例>
あ 金額が不合理
敷引の金額(控除額)が極端に高額である
い 説明が不十分であった
賃貸借契約締結時に,賃貸人(オーナー)が,敷引特約について,意図的に説明しなかった(省略した)
ただし,消費者の場合と異なり,一般論として,契約当事者は対等という原則があります。
つまり,当事者が相互に条件を把握し,双方が納得して初めて契約が成立した,ということです(契約自由の原則)。
このように,相互が自主的に合意した内容は,相互を拘束するという,当然のような理論が尊重されています(私的自治の原則)。
結局,公序良俗違反による無効,という判断が発動するのは,合理性が『著しく』欠けている場合に限定されます。
つまり,非常識な程度がとても高い,という場合のみに無効となる,ということです。
5 災害による建物滅失→敷引特約は適用されない
特殊な事情があると,敷引特約の有効性に影響があります。
判例では『災害による建物滅失』のケースがあります。
この場合,まず,賃貸借契約が終了します。
詳しくはこちら|建物の老朽化による建物賃貸借契約終了の方法の種類
そして,敷引特約については適用しない判断に至っています。
<災害による建物滅失×敷引特約の適用>
あ 『適用しない』判例
災害により家屋が滅失し,賃貸借契約が終了した場合
→敷引特約を適用しない
=敷金全額を返還すべき
※最高裁平成10年9月3日
い 『無効』とした判例
敷引特約を,消費者契約法により無効とした
※神戸地裁平成17年7月14日
6 定額修補分担金特約|内容・有効性
『敷引』と実質的に同じような仕組みもあります。
定額修補分担金特約という条項・設定方法です。
<定額修補分担金特約|内容・有効性>
あ 定額修補分担金特約
敷金の代わりに一定額を賃借人が賃貸人に支払う
軽過失損耗の回復費用の趣旨である
退去時に返金されない
い 裁判所の判断|傾向
自然損耗の修補までも賃借人が負担することになる
→無効である
※消費者契約法10条
※京都地裁平成20年4月30日
※大阪高裁平成20年11月28日
※大阪高裁平成21年3月10日
※京都地裁平成21年9月25日
※京都地裁平成21年9月30日
※大阪高裁平成22年2月24日
具体的に判例となっているものは結論として無効という判断が多いです。
実質的には『敷引特約』と同じような判断の枠組みであると言えます。