【建物賃貸借の更新料特約の有効性判断基準と不払いによる解除の効力】
1 建物賃貸借の更新料特約の有効性判断基準と不払いによる解除の効力
建物賃貸借において,賃借人が更新料を支払う義務があるかどうかが問題となるケースはよくあります。
この点,長い間,更新料特約の有効性については見解が分かれており,平成23年判例が原則的に有効とする,統一的な判断を示しました。
詳しくはこちら|更新料を有効・無効とする理論と平成23年判例による統一
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料特約を有効とした平成23年最高裁判例
本記事では,建物賃貸借の更新料特約の有効性と,更新料不払いを理由とする解除について説明します。
2 更新料特約(条項)の有無と支払義務(前提)
更新料の支払について問題となるのは,更新料を支払う特約(条項)がある場合だけです。更新料特約がない場合は,更新料の支払義務はありません。この点,借地の場合は,特約がなくても慣習があれば支払義務があるという考え方もあります。(結果的には否定傾向です)。
詳しくはこちら|借地の更新料の支払義務(全体・更新料特約なし)
この点,建物賃貸借では,更新料を支払う慣習はありません(問題とされていません)。
では,更新料特約があれば支払義務があるかというと,そうとは限りません。更新料特約は賃借人を保護する借地借家法(旧借家法)に反するから無効であるという発想もあります。
更新料特約(条項)の有無と支払義務(前提)
あ 更新料特約なし
更新料特約(条項)がない場合
→更新料支払義務は発生しない
い 更新料特約あり
更新料特約は有効かどうか
どのような状況で更新料特約が適用されるか
という問題がある(後述)
3 更新料特約の有効性(平成23年判例以前)
更新料特約は有効なのでしょうか。平成23年判例よりも前から,一般論としては有効とされる傾向はありました。
更新料特約の有効性(平成23年判例以前)
※東京地判昭和48年2月16日
4 更新料特約の文言の解釈(概要)
更新料特約が有効だとしても,実際には,特約の文言(言葉)の読み方(解釈)が問題となることがよくあります。純粋に日本語として,合意更新の時に更新料を支払うという意味なのか,そうではなく法定更新も含むのか,というような読み方の問題です。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料特約の文言の解釈(適用される範囲・裁判例の集約)
5 法定更新に適用される更新料特約の有効性(平成23年判例以前)
では,更新料特約にはっきりと,法定更新の時も更新料を支払うと書いてあったらどうでしょうか。ここでまた次の問題が出てきます。それは,法定更新の時まで更新料が必要なのは,賃借人を保護する借地借家法(旧借家法)に反するのではないか,という発想があるのです。これについては,平成23年判例より前は,見解が分かれていました。
法定更新に適用される更新料特約の有効性(平成23年判例以前)
あ 有効
法定更新においても更新料を支払う特約について
更新料特約を,相当金額の範囲内で有効とした
※東京地判昭和61年10月5日
い 無効
ア 平成2年東京地判
法定更新においても更新料を支払う特約を有効とするには合理的根拠を要する
当該事案ではその根拠がないため無効とした
※東京地判平成2年7月30日
イ 平成12年東京地判
法定更新の場合の更新料の支払を賃料の前払いと説明すること自体に相当の問題がある
そのように説明したとしても,これは借地借家法の趣旨に適合しない
更新料条項を法定更新の場合に適用することは,借地借家法の趣旨に反して許されない
更新料条項は法定更新の場合には適用されない
※東京地判平成12年9月8日
ウ 平成21年東京地判
法定更新の制度は,賃借人が期間満了後に土地又は建物の使用を継続している場合に,賃貸人に更新拒絶の正当事由が備わらない限り賃借人による使用継続という事実状態を保護して賃貸借契約を存続させようとするものである
賃借人に何らの金銭的負担なしに更新の効果を享受させようとするのが法の趣旨である
(更新料特約は,合意更新を前提として規定されたものであり,法定更新の場合には適用されない)
※東京地判平成21年12月16日
6 更新料特約の有効性判断基準(平成23年判例)
以上のように,以前は,更新料特約の有効性について統一的な見解がなく,裁判例や学説が分かれていました。この解釈について,平成23年の最高裁判例が判断基準を示し,見解が統一されました。
簡単にいうと,法定更新に適用される更新料特約をも含めて,原則として有効であり,ただし特約が明確ではない場合や更新料が高額すぎる場合には無効となる,という判断基準(枠組み)です。
実際のケースでは,更新料特約の文言(言葉)が,合意更新だけなのか,法定更新も含むのか,はっきりと読み取れないということがよくあります。
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料特約の文言の解釈(適用される範囲・裁判例の集約)
更新料特約の有効性判断基準(平成23年判例)
あ 原則論
(法定更新にも適用される)更新料特約は有効である
(借地借家法30条に反するものではない)
い 有効性判断基準
『ア・イ』のどちらかに該当する場合
→更新料特約は無効となる
ア 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載されていないイ 更新料の額が高額過ぎる(特段の事情の例)
賃料額・更新される期間などに照らして判断する
※民法1条2項,消費者契約法10条
※最高裁平成23年7月15日
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料特約を有効とした平成23年最高裁判例
7 有効性判断と賃借人の消費者という属性の関係(概要)
平成23年判例の判断基準については注意すべきことがあります。判例の理論の中で消費者契約法が使われているということです。
有効性判断では,賃借人が,消費者契約法上の消費者であることが前提となっているのです。逆に,賃借人が消費者以外(事業者や法人)である場合は平成23年の判断基準は使えないのではないか,という発想も出てきます。
これに関しては少し複雑な解釈があるのですが,結論としては,賃借人が消費者以外であっても,判断の枠組みは変わりません。
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料特約を有効とした平成23年最高裁判例
8 更新料の金額による有効性判断(裁判例)
平成23年判例の判断基準には,更新料の金額が高すぎる場合に無効となる,というものを含みます。
更新料の金額に着目して判断した裁判例が多くありますので,代表的なものを紹介します。実際の更新料特約では,賃料1〜3か月分程度を更新料として定めているものが多いです。
裁判例の傾向としては,この程度であれば有効とする方向性ですが,個別的な事情によっては無効となることもあります。
なお,ここで紹介している裁判例は平成23年判例より前のものです。現在(平成23年判例以降)でも同じ,または,少し有効となる方向に傾いたといえるでしょう。
更新料の金額による有効性判断(裁判例)
あ 有効と判断した裁判例
ア 賃料1〜2か月分の更新料
更新料の額が賃料の1ないし2か月分程度である限り旧借家法6条に反せず有効である
※東京地判昭和54年9月3日
※東京地判昭和56年11月24日
イ 賃料3か月分の賃料
(店舗の賃貸借における更新料の定めについて)
特約=「契約期間満了の場合は甲乙協議の上更新出来るものとし,更新の場合は更新料として新賃料の参か月分を甲に支払う」
契約期間が3年とされていることなどに照らせば,未だ不相当に高額であるとはいえず,借家法6条により無効とすべき賃借人に不利なものということはできない
※東京地判平成5年8月25日
い 無効と判断した裁判例
更新料が賃料の2か月分であった
消費者契約法10条により無効である
※京都地判平成21年7月23日
※田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』日本評論社2014年p185
9 更新料不払と(法定)更新の関係
以上の説明は,更新料特約の有効性でした。
では,更新料特約が有効であるとした場合,賃借人が更新料を支払わないと更新されないことになるのでしょうか。結論としてはそうではありません。法定更新については,更新料支払が条件になるということはないのです。
更新料不払と(法定)更新の関係
※東京地判昭和55年5月14日
10 更新料不払を理由とする解除の効力
前述のように,更新料特約が有効であっても,賃借人は更新料を支払わずに法定更新ができます。では賃借人は更新料特約を無視しておけばよいか,というとそうではありません。
更新料を支払わないということを理由に賃貸借契約を解除されることがあります。以前は,賃貸借契約の解除ではなく,合意更新の解除にすぎない,つまり法定更新に変わるだけ(賃貸借契約は継続している)という解釈もありましたが,現在では一般的な解釈ではありません。
更新料不払を理由とする解除の効力
あ (賃貸借の)解除を否定する見解
更新料の不払いについて
更新契約の解除原因とはなるが借家契約自体の解除原因にはならない
※東京地判昭和45年2月13日
い (賃貸借の)解除を肯定する見解
ア 理由=賃料前払という性質
更新料は賃料前払の性質をもつ
更新料不払は借家契約の解除原因になる
※東京地判昭和50年9月22日
イ 理由=借家契約の成立基盤という性質
更新料は更新後の借家契約の成立基盤である
更新料不払は借家契約の解除原因になる
※東京地判昭和51年7月20日
ウ 更新料の性質(参考)
更新料の性質にはいろいろなものが含まれる
詳しくはこちら|建物賃貸借の更新料の意味と法的性質(複合的性質)
11 借地と借家の更新料支払義務の違い
以上の説明は建物賃貸借(借家)の更新料に関するものでした。
この点借地の更新料については,更新料特約(支払義務)を否定する傾向が(借家よりは)少し強い傾向があります。借地の更新料と借家の更新料は似ていますがまったく同じというわけではないのです。
借地と借家の更新料支払義務の違い
あ 借地の更新料(概要)
一般的な更新料支払義務はない
詳しくはこちら|借地の更新料の支払義務(全体・更新料特約なし)
更新料の特約があっても
法定更新については更新料支払義務が否定される傾向がある
詳しくはこちら|更新料特約の法定更新への適用(更新料支払義務)の有無
い 借家の更新料
一般的な更新料支払義務はない
更新料を支払う特約(条項)がある場合
→更新料を支払う義務がある
法定更新でも支払義務が適用される特約も原則として有効である
※東京地裁平成22年8月26日
本記事では,建物賃貸借の更新料の支払義務の有無や更新料特約の有効性判断基準をまとめて説明しました。
実際には,個別的な事情によって判断が大きく変わってきます。
実際に更新料の問題に直面されている方や,賃貸借契約書を作ろうとしている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。