【賃料に関する特約の一般的な有効性判断基準(限定的有効説)】

1 賃料に関する特約の一般的な有効性判断基準(限定的有効説)

借地や借家契約では、賃料(地代・家賃)に関していろいろな特約が使われています。賃料に関する特約は無効となるものも多いです。
本記事では、賃料に関する特約の有効性について説明します。
なお、基本的に借地と借家で規定や解釈は共通しています。そこで、本記事では借地・借家の両方についてまとめて説明します。

2 借地借家法11条1項・32条1項の条文

借地、借家では、賃料が不相当となった場合には賃料の増減額請求が認められています。
詳しくはこちら|借地・借家の賃料増減額請求の基本
この条文上、賃料に関して一定期間、賃料を増額しないという特約(不増額特約)が登場します。

借地借家法11条1項・32条1項の条文

あ 借地

ア 借地借家法11条1項 地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う
※借地借家法11条1項
イ 借地借家法16条(参考) (強行規定)
第十六条 第十条、第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。
※借地借家法16条

あ 借家

ア 借地借家法32条1項 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う
※借地借家法32条1項
イ 借地借家法37条(参考) (強行規定)
第三十七条 第三十一条、第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは、無効とする。
※借地借家法37条

3 不増額特約の有効性判断基準

前述のように、条文で、不増額特約は認められていますが、一定の期間という制限も条文に書かれています。また、条文を離れて、状況によっては増額を禁止するというのは不合理ということもあります。そこで、契約締結当時に予想できなかった事情が生じた場合には特約は無効となる、つまり賃貸人による増額請求は可能になる、ということになっています。

不増額特約の有効性判断基準

あ 不増額特約

内容=賃料の増額は行わない
条文の規定上認められている

い 有効性判断基準

当事者が契約締結当時に予想できなかった事情が生じた場合
→特約の効力は生じない
※東京控判昭和3年7月17日(う)
※水本浩『地代・家賃』/遠藤浩ほか『現代契約法大系3 不動産の賃貸借・売買契約』有斐閣1983年p121
※星野英一『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1969年p240

う 裁判例(引用)

契約締結後、非常なる公租公課の激増、地価・地代の暴騰等経済上当事者の全然予想外なる非常の変動を来したる如き場合には賃料不増額の特約は全然効力を有さない
※東京控判昭和3年7月17日

4 不減額特約の有効性→無効

では逆に、賃料を減額しない特約は有効でしょうか。前述のように条文では増額しない特約を認めているので、反対解釈で、減額しない特約は無効という発想もあります。この点、借地借家法11条1項も32条1項も、16条、37条で強行規定とする条文には含まれていません。条文に書いてないことを合意したら有効、という発想もあります。
このように条文だけからは判断できませんが、賃借人保護の方針による解釈として減額しない特約は無効とされています。理論としては、借地借家法11条1項は(条文には書いてないけれど)強行法規である、という解釈が採用されているのです。

不減額特約の有効性→無効

しかし、借地借家法11条1項の規定は、強行法規であって、本件特約によってその適用を排除することができないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁、最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁、最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁、最高裁平成12年(受)第573号、第574号同15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁参照)。
したがって、本件各賃貸借契約の当事者は、本件特約が存することにより上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使を妨げられるものではないと解すべきである(上記平成15年10月21日第三小法廷判決参照)。
※最判平成16年6月29日

5 賃料改定特約の有効性の基本

以上のように、賃料の増額や減額をしない(禁止する)という特約とは別に、賃料を自動的に改定する特約が実際に活用されることがとても多いです。賃料相場が変動するたびに交渉や裁判によって賃料を改定する必要がなくなるので有用なのです。
一般的な賃料改定特約の有効性に関する基本的事項をまとめます。

賃料改定特約の有効性の基本

あ 賃料改定特約の内容

一定の事情がある場合に賃料を当然に増額する
一定の事情があっても賃料を減額しない

い 有効性判断(概要)

一律に無効となるわけではない
不相当な範囲で無効(失効)となる
限定的有効説と呼ぶ(後記※1

6 旧法の限定的有効説の承継

賃料に関する特約の有効性は、旧法(借地法)の時代に裁判実務で限定的有効説がとられていました。
新法(借地借家法)の時代になってもこの解釈は承継されているといえます。

旧法の限定的有効説の承継

あ 借地法の一般的解釈

賃料増減額請求は片面的強行法規とされていない
詳しくはこちら|賃料増減額請求(変更・改定)の基本
→限定的有効説(後記※1)が大勢を占めていた
※幾代通ほか『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣1996年p867

い 新/旧法の全般的同質性

借地法の賃料増減額請求全般について
→借地借家法でも同様の解釈が妥当する
※幾代通ほか『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣1996年p867
詳しくはこちら|新法と旧法の賃料増減額請求の規定の比較と法改正の経緯

う 法改正における国会での発言

ア 発言した政府委員 法務省民事局長
イ 発言内容 借地借家法の解釈について
限定的有効説の裁判実務の扱いを肯定する
※衆院法務委平成3年9月6日会議録4;清水発言

7 限定的有効説の内容

賃料に関する特約の有効性については、一般的に限定的有効説がとられています(前記)。
この見解の内容を整理します。

限定的有効説の内容(※1)

あ 基本的事項

賃料改定特約をそれだけでただちに無効としない
特約の相当性を評価した上でその効力を定める
不相当なものである場合に限って無効となる
※神戸地判平成元年12月26日
※東京地裁平成元年8月29日
※大阪地裁昭和62年4月16日
※ほか多数の裁判例

い 限定的有効説の基準

『ア・イ』の両方に該当する事情について
事後的に、この事情を超えた経済事情の変動があった場合
→特約は無効となる
ア 特約当時、一般人が予見可能であったイ 特約当時、当事者が予見していた ※鈴木禄弥『現代法律学全集 借地法 下 改訂版』青林書院1971年p872
※星野英一『法律学全集(26) 借地・借家法』有斐閣1969年p240

8 相当性(有効性)を肯定する事情

賃料に関する特約の有効性は『相当性』で判断します(前記)。
相当性の判断には多くの広い範囲の事情が影響します。
相当性を肯定する方向性の事情をまとめます。

相当性(有効性)を肯定する事情

あ 基本的事項

『い・う』に該当する場合
→相当である=特約が有効となる方向に働く

い 客観的数値

賃料の決定基準が客観的な数値によるものである

う 賃料との相関性

賃料に比較的影響を与えやすい要素を基準としている
具体例=増減額請求の条文の規定の例示事項
※大阪高裁平成15年2月5日

9 相当性(有効性)を否定する事情

相当性を否定する方向性の事情をまとめます。

相当性(有効性)を否定する事情

あ 基本的事項

『い・う』に該当する場合
→不相当である=特約が無効となる方向に働く

い 合理性のない増額

経済的事情の変更がなくとも賃料を増額する

う 合理性のない減額排除

経済的事情の変更があっても賃料を減額しない

え 不合理な増減額の幅

増減される賃料の額or割合について
経済的事情の変更の程度と著しく乖離する
=不合理なものである
※大阪地裁昭和62年4月16日

10 特約の有効性を問題にしない見解(概要)

理論的な考え方の枠組みとして『有効性』自体は問題にしない方法もあります。
特約ではなく、法律に基づく賃料増減額請求ができるかできないか、だけを判断すれば足りるというものです。
この場合でも、実質的な判断は『賃料が不相当となったか否か』です。
相当性の判断自体は必要ということに変わりはありません。
この考え方により具体的な事案の結論が異なるというものではありません。

特約の有効性を問題にしない見解(概要)

賃料改定特約による賃料が不相当となった場合
→賃料増減額請求が行使できる
詳しくはこちら|増減額請求権の強行法規性に関する4つの最高裁判例(要点)
→結果的に賃料改定特約に拘束されないことになる
→特約の『有効/無効(失効)』の判断をする必要がない
詳しくはこちら|賃料に関する特約と賃料増減額請求権の関係(排除の有無と影響)

賃料改定特約にはいろいろな種類があります。
種類ごとの有効性判断についてはそれぞれ別の記事で説明しています。
以下、順に紹介します。

11 公租公課連動特約の有効性判断(概要)

賃料を公租公課の変動と連動させる特約はよく使われています。
これについての有効性判断に基準や裁判例は別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|賃料を公租公課に連動させる特約の有効性判断

12 評価額連動特約の有効性判断(概要)

賃料を不動産の評価額の変動と連動させる特約はよく使われています。
評価額にはいくつかの種類があります。
固定資産評価額や路線価が代表的なものです。
このような特約の有効性判断に基準や裁判例は別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|賃料を不動産の評価額に連動させる特約の有効性判断

13 物価指数などとの連動・固定率増額特約の有効性判断(概要)

以上のようなタイプ以外の賃料改定特約もあります。
連動させる指数を複数にしたり、また、減額しない特約を組み合わせるものなどです。
このような特約について実際に有効性が判断された事例については、別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|賃料の消費者物価指数連動・不減額や固定率増額特約の有効性判断

14 定期借家における賃料改定特約(参考)

以上のように、借地・建物賃貸借において、賃料改定特約には大きな制限があります。
この点、定期借家だけは特別な扱いがなされます。原則として賃料改定特約に制限はないのです。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|定期借家における賃料改定特約(賃料増減額請求権を排除する特約)

本記事では、賃料に関する特約(賃料改定特約)の有効性について説明しました。
実際には、細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に借地や建物賃貸借の賃料の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【賃料を公租公課に連動させる特約の有効性判断】

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