【改定賃料算定の総合方式の比率配分の実例(裁判例の集約)】
1 改定賃料算定の総合方式の比率配分の実例(裁判例の集約)
2 利回り法を中心した鑑定を採用した裁判例
3 地価急騰時期の利回り法・差額配分法の比重低下
4 土地価格の高騰を比率に反映させた事例
5 地価高騰時の差額配分法の比率低下
6 各試算賃料の採用/不採用と比率の工夫(概要)
7 比重の妥当性を判断した事例
1 改定賃料算定の総合方式の比率配分の実例(裁判例の集約)
賃料(地代・家賃)の増減額請求のケースでは,適切な改定賃料(継続賃料)の算定を行います。継続賃料の算定では,総合方式が用いられています。
総合方式では,主に4つの試算賃料を総合判断します。
詳しくはこちら|改定賃料算定の総合方式(一般的な比重配分の傾向や目安)
単に4つの試算賃料を平均するような安直な方法に陥ることは適正ではありません。
本記事では,4つの試算賃料の採否や比重について工夫した事例を紹介します。
2 利回り法を中心した鑑定を採用した裁判例
まずは,個々の試算手法の性格を検討して採否を判断した鑑定を裁判所が採用した事例です。
<利回り法を中心した鑑定を採用した裁判例>
あ 利回り法の特徴
利回り法は賃貸借当事者間の過去の合意に基礎を置く
→契約の個別性をより反映することができる
→個別性の強い賃貸借契約においては有力な試算方式である
詳しくはこちら|利回り法の基本(考え方と算定式)
い 鑑定における各資産賃料の比重
利回り法による試算賃料を中心としていた
スライド法の試算も参照していた
差額配分法・賃貸事例比較法の試算は用いていない
う 裁判所の判断
鑑定の内容は妥当である
※東京地裁平成4年4月15日(建物賃貸借)/『判例時報1462号』p128
3 地価急騰時期の利回り法・差額配分法の比重低下
一時的な地価急騰という特殊事情を試算賃料の比重に反映させた事例です。
<地価急騰時期の利回り法・差額配分法の比重低下>
あ 一時的な地価急騰
昭和59年に比較して
昭和62年・平成元年の地価について
対象土地の近隣では土地の価格が急騰していた
これに応じて次の指数も高騰していた
い 一時的な高騰を生じた指数
ア 公示価格イ 東京都基準地価格ウ 路線価
う 各試算賃料の扱い
一時的な不動産への集中的な投機が生じていた
→土地の価格が著しく高騰していた
→この地価を前提として正常な賃料額を定められない
→利回り法・差額配分法の結果は重視しない
※東京地裁平成3年9月25日/『判例時報1427号』p103
4 土地価格の高騰を比率に反映させた事例
土地価格が高騰していたという事情を各試算賃料の比重に反映させた事例です。
<土地価格の高騰を比率に反映させた事例>
あ 差額配分法の配分率
土地価格が高騰していた
→差額配分法の配分率は3分の1(法)が妥当である
詳しくはこちら|差額配分法の配分率の基本(理論と代表的/マイナーな配分率)
い 各試算の比重
ア 主な考慮事情
土地価格が高騰していた
→純賃料割合法は妥当性が下がっていた
→純賃料割合法の比重を下げる
イ 比重
差額配分法・純賃料割合法・スライド法の比率
=2:1:2
※東京地裁平成3年10月21日
5 地価高騰時の差額配分法の比率低下
前述の裁判例と同じように,地価が高騰している時期の改定賃料に関する裁判例です。裁判所は,差額配分法は地価を強く反映することを指摘し,差額配分法の試算の比率を意図的に下げる判断を示しました。具体的には,差額配分法の比率を50%とした鑑定について,私的鑑定であることと,その時期が提訴後であることも理由として,採用しませんでした。
<地価高騰時の差額配分法の比率低下>
あ 地価高騰の状況
本件建物賃料が最後に増額改定された昭和62年3月1日以降右増額請求がされる(平成元年3月1日)までの2年間,東京都区部の地価が依然高騰傾向にあり,同地域の住宅家賃も上昇傾向にある・・・
い 裁判所の鑑定(A鑑定)
鑑定評価の方式として差額配分法とスライド法を併用し,差額配分法における正常賃料と合意実際賃料との差額の配分については,貸主にその3分の1を帰属させる三分法を基礎に市場性を考慮した修正を加え,最終的に貸主にその15分の4を帰属させるものとして,・・・試算し,・・・
右差額配分法による試算賃料とスライド法によるそれとをそれぞれ2対3の割合で加重平均した額である42万8000円をもつて適正賃料とするものである
・・・
右鑑定の結果が採用した方法,基礎数値は一応の合理性があり,信頼するに足りるものである。
う 私的鑑定(B鑑定)
(鑑定人沢野順彦作成にかかる鑑定書)
差額配分法による賃料を54万3000円,スライド法による賃料を48万2500円といずれもA鑑定を上回る額に試算したうえ,これをほぼ相加平均した51万3000円をもつて適正賃料としている・・・
B鑑定は本訴提起後一方当事者である原告側の依頼に基づいて行われたものであり,その意味でA鑑定に比べ信頼性に劣ること,・・・
急激な地価の高騰を強く反映する差額配分法とスライド法とを等分に考慮するのは妥当でなく,スライド法をより重視すべきと考えられること,右のような観点からB鑑定は採用しない。
※東京地裁平成4年2月6日(建物賃貸借)
え 裁判例への批判
私的鑑定は,鑑定結果を弾劾するために行われることが多く,当事者の一方の信頼に基づくものであるか否か,また,本訴提起後であるか否かにより信頼性を云々することは,公正な判断をすべき裁判所としては誤った先入観に基づく考え方であり正当でない。
※澤野順彦著『判例にみる 地代・家賃増減請求 初版第三刷』新日本法規出版2006年・事例76
6 各試算賃料の採用/不採用と比率の工夫(概要)
個々の試算賃料の採否と比率を慎重に検討した事例です。
<各試算賃料の採用/不採用と比率の工夫(概要)>
あ 賃貸事例比較法の不採用
借主が本件の借主と同一である賃貸事例は取得できた
他の賃貸事例を取得できなかった
→賃貸事例比較法は採用しない
※藤田耕三ほか『不動産訴訟の実務 7訂版』新日本法規出版2010年p762
い 各試算賃料の比率
次のような比率を用いた
差額配分法:利回り法:スライド法
=3:2:5
※甲府地裁平成16年4月27日;借家について
詳しくはこちら|改定賃料の算定事例(利回り法の利回り率の修正・比重の工夫)
7 比重の妥当性を判断した事例
私的鑑定と裁判所の鑑定の内容が異なることはよくあります。
そのようなケースで,試算賃料の比率について裁判所が判断を示した事例です。
<比重の妥当性を判断した事例>
あ 私的鑑定の比重
差額配分法:賃貸事例比較法:利回り法:スライド法
=4:4:1:1
い 公的鑑定の比重
すべて均等(1:1:1:1)
う 裁判所の判断
ア 私的鑑定の評価
私的鑑定(あ)について
→次の理由などで合理性を欠く
・必要経費分の2重算定
・階層別効用比の割合
・スライド率
イ 公的鑑定の評価
公的鑑定(い)について
→合理的である
→公的鑑定の結果どおりの賃料への改定を認めた
※東京地裁平成11年6月30日
本記事では,総合方式による改定賃料の算定の中の試算賃料の比重について,いろいろな裁判例の判断を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃料(地代や家賃)の増減額に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。