【利回り法における期待利回りの位置付け(適正利潤率の不合理性)】
1 利回り法における期待利回りの位置付け
継続賃料の算定方式の1つに利回り法があります。利回り法の計算の中の継続賃料利回りを決定する際、期待利回りを参考にするという考え方もありますが、これを否定する考え方もあります。
詳しくはこちら|利回り法の基本(考え方と算定式)
本記事では、利回り法の試算における期待利回りを使うことに関する問題を説明します。
2 過去と現在の期待利回りの位置付け
期待利回りとは、一般的な適正利潤率のことです。継続賃料の計算の中で期待利回りを使うかどうか、ということは、時代とともに変わってきています。古い時代には比較的期待利回りを使う傾向が強かったこともあります。
しかし現在では期待利回りは使わない、つまり、過去の当該契約における利回り(継続賃料利回り)を使う傾向がとても強くなっています。要するに現在の利回り法は過去の地代を地価の変動でスライドさせる、というものになっているのです。その上で、期待利回りを参考にすることもある、というような程度なのです。
過去と現在の期待利回りの位置付け
あ 過去の判断
現在の不動産鑑定評価基準の公表(改正)前において
期待利回りをそのまま利用するケースも多くあった
い 現在の不動産鑑定評価基準(概要)
利回り法の試算において
直近合意(改定)時の利回りが基礎となる
一般的な期待利回りも比較衡量の対象となる
詳しくはこちら|利回り法の基本(考え方と算定式)
う 現在の期待利回りの位置付け
現在は期待利回りがそのまま適用されるわけではない
期待利回りは参考として参照される位置付けである
期待利回りを反映させるかさせないか、(反映させる場合)その程度について判断の幅がある
3 従前賃料の修正による利回り算定事例(参考)
実際に、継続賃料利回りを修正して計算の中で用いたという裁判例を紹介します。期待利回りを参考にして利回り(率)を修正したわけではありませんが、1つの参考になります。
従前賃料の修正による利回り算定事例(参考)
あ 権利金の法的性格
支払われた権利金について
→賃料の前払いという性格である
い 継続賃料の算定
地価に連動させる算定方法において
=現在の利回り法に近い
前払い分も含めた金額を従前の賃料とみなした
これを前提として改定賃料を算定した
※旭川地裁昭和40年3月23日・権利金などの授受を参酌した
4 期待利回りの率
(1)実務における相場→5、6%
利回り法の計算の中で、期待利回りを参考程度に使うことも一応あります。ここで、期待利回りとして使う数値(率)にもいろいろなパターンがありますが、(参考として使う場合には)法定利率として5%や6%を使うことがあります。
実務における相場→5、6%
→5%、6%
※民法404条(改正前)、商法514条
※澤野順彦稿/田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p76
※藤田耕三ほか『不動産訴訟の実務 7訂版』新日本法規出版2010年p756
(2)不法占有による損害金の算定→5%の実例あり(参考)
ところで、土地の不法占有のケースで損害金を算定する局面で、賃料相当額(賃料の相場)が使われます。賃料(相当額)の算定の中で、土地評価額(固定資産評価額)に利回りとして5%を乗じた裁判例もあります。
詳しくはこちら|不動産の不法占有(賃貸借契約終了後)の損害金算定(賃料相当額・固定資産税倍率など)
(3)税務上の「相当の地代」→6%(参考)
税務上の概念として「相当の地代」というものがあります。限定的な状況で使われる概念ですが、権利金の授受がない借地における地代に関して、更地価格の6%が標準として使われています。要するに、期待利回りとして6%を採用している、ということになります。
詳しくはこちら|権利金の授受がない借地契約における認定課税(相当の地代・無償返還の届出書による回避)
5 期待利回りの不合理性(修正の必要性)
ところで、継続賃料ではなく新規賃料を計算するときには期待利回りを使います(過去の賃料額がないので当然です)。そして、新規賃料と継続賃料はイコールではありません。そこで、期待利回りを使って賃料額を試算した場合、(継続賃料として使うには)その後に大幅に修正する必要があります。
期待利回りの不合理性(修正の必要性)
6 適正利潤率の不合理性と修正要素
前述のように、期待利回り(適正利潤率)を使って賃料額を計算した場合に、これを継続賃料の判断に使うとすれば、修正が必要になります。このことをはっきりと指摘した裁判例がありますので紹介します。
適正利潤率の不合理性と修正要素(※1)
あ 一般的な期待利回り
期待利回りについて考えてみると、通常上記利回りは不動産の取引利回り、公債利回りその他一般の金利水準に照らし、年5分ないし6分とするのが客観的に適正であるとされる
い 賃料額の形成要素
元来前記継続賃料については、従前からの賃貸借契約の内容、過去における賃料値上の経緯、権利金、敷金又は更新料等の授受の有無、当事者の生活状態及び力関係等、要するに個別的要因によって大きくその決定が左右されるものである
一般に急激な地価の上昇、異常な物価の高騰、大幅な租税の増加等経済変動の激しい場合には庶民の生活はこれに追随することができず、従って賃料も相当低額に押さえられる傾向があ(る)
う 賃料額の社会的な相場
殊に永年賃貸借が継続した住宅地については特段の事情がない限り賃料は適正ないし期待される利潤率よりかなり下廻るのが実情である
え 期待利回りの修正要素
継続賃料の算定における利回り率について
一般的な期待利回りを用いることは相当ではない
個別的要因を十分に考慮し、妥当な利益調整を行う
→合理的な期待利回りを決定すべきである
※東京高裁昭和49年10月29日
お 補足説明
『あ〜え』の裁判例は現在の鑑定評価基準の公表前である
現在の基準を前提にすると次のように言い換えられる
一般的な期待利回りは考慮すべきではない
=直近合意時の利回りをそのまま用いることが妥当である
7 具体例による適正利潤率の不合理性
前記と同じように、適正利潤率を用いて試算した賃料は、継続賃料としては不合理である、ということを具体的な計算を示しつつ指摘した裁判例もあります。
具体例による適正利潤率の不合理性(※2)
あ 適正利潤率の不合理性
適正利潤率は『高度利用をしている前提の利益率』である(い)
借地人が居住用の住宅の敷地として利用している場合
借地人は適正利潤率に相当する利益を挙げていない(う)
適正利潤率により算定した賃料の請求は公平を欠く
この算定方法はとれない
い 高度利用における利益率
土地の時価5000万円
借地権者がマンションを建築した
建築費1億円
家賃収益年額900万円
土地全体を含めた投資効率=6%
6%の投資効率を底地に適用する
→妥当である
う 居住用住宅の敷地利用の利益率
土地の時間5000万円
借地人が住居を建築した
建築費1000万円
土地を含めた投資効率について
6%(年額360万円)を大きく下回る
※東京地裁昭和47年11月14日
※『判例タイムズ298号』p388
8 期待利回りを用いる不合理性の回避方法(概要)
以上のように、利回り法で継続賃料を計算するときに期待利回りを使ってしまうと、そのままでは使えず、大幅な修正が必要となります。その修正の方法にはいくつかのものがあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|利回り法の試算の修正方法の種類全体
本記事では、継続賃料の算定方式のうち利回り法の中で期待利回りを使うことに関する問題を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に地代などの土地の賃貸借に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。