【建物の老朽化による建物賃貸借終了・明渡の裁判例の集約】
1 建物老朽化による正当事由(明渡料なし)
2 長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;事案)
3 長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;判断)
4 長屋の老朽化による正当事由(明渡料算定)
5 耐震強度不足による正当事由(明渡料なし)
1 建物老朽化による正当事由(明渡料なし)
建物が老朽化することにより,結果的に建物賃貸借が終了することがよくあります。
詳しくはこちら|建物の老朽化による建物賃貸借契約終了の方法の種類
本記事では,老朽化した建物の賃貸借の終了についての裁判例を紹介します。
まずは,明渡料なしで,解約申入の正当事由が認められた事例です。
<建物老朽化による正当事由(明渡料なし)>
あ 賃貸人側の事情
『ア・イ』の事情により
オーナーが本件建物を取り壊しビルを再築する必要性は大きい
ア 賃貸建物が既に建築後60年以上経過している
建物の老朽化が著しい
イ 敷地の地盤崩壊等の危険性がある
い 賃借人側の事情
『ア〜ウ』の事情により
賃借人が建物を使用する必要性は小さい
ア 移転の可能性・容易性
賃借人は賃貸建物を薬局として長年使用していた
→今後も使用することが理想である
→しかし移転先を探すことは可能である
イ 賃借人は賃貸建物を住居としては使用してないウ 賃貸建物の近隣には賃借人の親族所有のビルが存在する
ここに賃借人が居住している
う 結論
『解約申入の正当事由』がある
→賃貸借契約は終了した
→明渡請求を認める
※東京地裁平成3年11月26日
※東京地裁昭和36年7月8日;同趣旨
2 長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;事案)
長屋について,複数の賃借人が入居していたケースです。
正当事由による契約終了は認められましたが,明渡料150万円と引き換えの判決となったケースです。
まずは事案の内容をまとめます。
<長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;事案)>
あ 建物の老朽化の程度
木造平家建の長屋
築50年以上が経過している
長屋の中央2戸が倒壊のおそれがある
い 改修と再築の費用の比較
ア 一部取壊し・改修の費用
590万円を要する
耐用年数は『7〜8年の延長』にとどまる
イ 長屋全体の新築(建替え)の費用
約1000万円を要する
※大阪地裁昭和59年7月20日
3 長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;判断)
前記の事案についての裁判所の判断をまとめます。
<長屋の老朽化による正当事由(明渡料あり;判断)>
あ 修理or再築の必要性
一般木造住宅としての安全性を欠く
→抜本的な修理or再築を要する状態である
い 再築の優位性
修理の費用は高い+投資した資金回収の可能性は低い
→長屋全体を取り壊し再築する経済的な合理性がある
う 明渡を否定する方向の事情
ア 長屋のうち当該賃貸部分だけでみると住居としての機能を維持している
オーナーの承諾を得て,賃借人が修繕をしていた
イ 中央2戸の老朽化は『長期間修繕しなかった』ことが原因である
オーナーが雨漏りを防ぐ程度の応急的修理をすれば,耐用年数は2,3年延長したはず
この応急的修理の経済的負担は大きくなかった
ウ オーナー側が,建て替えた建物を使用する必要性は小さい
オーナーは別に広い自宅を所有し,一家で居住している
オーナーの子が結婚適齢にあり,将来,『子供の一家が別の住居』を必要とする
→差し迫った必要性ではない
エ 賃借人の『引き続きの居住』を期待している+この期待は相当である
賃借人は,約30年の長期に渡って当該建物に居住している
賃料は比較的低廉である
→『既に本件賃貸借の目的を達した』とは言えない
え 結論
無条件での賃貸借契約の終了は認めない
明渡料150万円(後記※n)の提供により正当事由を認める
→明渡料の支払と引き換えの明渡請求を認める
※大阪地裁昭和59年7月20日
4 長屋の老朽化による正当事由(明渡料算定)
前記の判決での明渡料の算定に関する事情をまとめます。
この考え方は現在ではそのまま当てはまりるものではありません。
明渡を認めたという判断は現在でも特に違いはありません。現在でも参考となる判断です。
<長屋の老朽化による正当事由(明渡料算定)>
あ 明渡料算定に関する事情
ア 更地価格=1坪約30万円イ 敷地面積(本件建物部分)=8.5坪ウ 累積賃料額=約180万円
い 明渡料算定
『あ』の事情を元にして
→明渡料を150万円を判断した
※大阪地裁昭和59年7月20日
う 算定の特殊性
この事案では『地代家賃統制令』の適用があった
家賃収入を制限する内容の規制である
明渡料算定において,この規制が考慮されている
→現在では明渡料の算定内容が異なると思われる
5 耐震強度不足による正当事由(明渡料なし)
単純な老朽化ではなく,耐震強度が不足しているという事情が発覚したケースです。
明渡料なしで正当事由が認められました。
<耐震強度不足による正当事由(明渡料なし)>
あ 建物の耐震強度不足
昭和46年5月築の建物について
築後約42年が経過した
耐震強度が不足している
補強工事or建替え工事が必要な状態である
法的な建替の義務があるわけではない
い 更新拒絶
賃貸人は賃借人に対して
更新拒絶の意思表示をした
う 裁判所の判断
更新拒絶の正当事由がある
=賃貸借契約は終了した
明渡料は不要である
→無条件での明渡を認めた
え 注意
控訴され,未確定ではある
ただし仮執行宣言が付されている
※東京地裁立川支部平成25年3月28日