【離婚後に氏(苗字)を変更する家庭裁判所の許可手続の許可基準】

1 離婚後に氏(苗字)を変更する家庭裁判所の許可手続の許可基準
2 続称届をした後の婚姻前の氏への変更許可の傾向
3 婚姻前の氏への変更許可の裁判例の変遷
4 婚姻前の氏への変更の許可基準
5 婚姻前の氏への変更における継続使用期間
6 婚姻前の氏への変更における恣意性を否定する事情
7 復氏後の婚姻中の氏への変更許可の傾向(期間制限後の続称)
8 離婚後の氏の変更許可の裁判例(概要)

1 離婚後に氏(苗字)を変更する家庭裁判所の許可手続の許可基準

婚姻(結婚)の際、夫婦の一方は氏(苗字)を変更します。離婚した時には、原則として婚姻前の苗字に戻りますが、離婚から3か月以内に続称届を役所に出せば、戻さない(婚姻中の苗字を使い続ける)ことができます。
詳しくはこちら|婚姻と離婚による苗字(姓・氏)の変化(夫婦同姓・離婚時の復氏・続称届)
ところが実際には、この期間が経過した後に婚姻中の苗字を使いたい、また逆に、婚姻中の苗字を選んだ(続称届を出した)後に、やっぱり婚姻前の苗字に戻したいという状況になることがあります。
本記事では、このような場合の家庭裁判所の氏の変更許可の手続や判断基準について説明します。

2 続称届をした後の婚姻前の氏への変更許可の傾向

離婚の際に、続称届を出して、婚姻中の苗字を使い続けることができます。その後から、事情が変わって婚姻前の苗字に戻したいという場合には、一般的な氏(苗字)の変更として、家庭裁判所の許可が必要になります。
家庭裁判所は、このようなケースでは変更を認める(許可する)傾向が強いです。

<続称届をした後の婚姻前の氏への変更許可の傾向>

あ 一般的な変更許可の傾向

ア 昭和52年大阪高決 婚姻によって氏を変えた者が離婚によって婚姻前の氏に復することは、離婚の事実を対外的に明確にし、新たな身分関係を社会一般周知させることに役立つので、これが原則であり、婚氏の継続使用は右以外の必要によって認められた例外というべきものであり、婚姻前と同一の氏に変更することはむしろ氏のもつ法的社会的機能から望ましいものと解される・・・(一般的な場合よりも緩和できる)
※大阪高決昭和52年12月21日
イ 平成3年大阪高決 離婚をして婚氏の続称を選択した者が、その後婚前の氏への変更を求める場合には、戸籍法一〇七条所定の「やむを得ない事由」の存在については、これを一般の場合程厳格に解する必要はない
※大阪高決平成3年9月4日
ウ 他の裁判例の傾向 変更の許可を認容する事例が多い(後記※1
※岡部喜代子『離婚後の婚氏続称と婚姻前の氏への変更』/『判例タイムズ747号』p122
※石井美智子『離婚に伴う続称と復氏の手続』/『判例タイムズ747号』p386

い 反対説(少数)

選択の自由(機会)は1度与えられた
→その後は安定性が重視される
→変更を安易に許可すべきではない
現在ではこの見解は主流ではない(後記※1
※村重慶一『精選 戸籍法判例解説』日本加除出版2007年p110

3 婚姻前の氏への変更許可の裁判例の変遷

前述のように、離婚の時に続称届を出してから、その後、婚姻前の苗字に戻すことは、現在では裁判所はほぼ認めています。しかし、以前は許可しない傾向が強い時代もありました。時代とともに社会の考え方が変化したので、裁判所の判断の傾向も変わってきたのです。

<婚姻前の氏への変更許可の裁判例の変遷(※1)

あ 以前=消極説

以前は消極説(許可しない)もあった
※福岡家裁直方支部昭和51年10月6日
※大阪家裁昭和52年8月29日
※大阪家審昭和52年2月5日

い 現在=積極説

現在は積極説(許可する)が定着している
※大阪高決昭和52年12月21日
※東京高決昭和58年11月1日
※東京高決昭和59年8月15日
※札幌高裁昭和61年11月9日
※広島高裁昭和62年1月19日
※福岡高決平成6年9月27日

4 婚姻前の氏への変更の許可基準

現在では、前述のような、婚姻前の苗字への変更が許可される傾向が強いですが、絶対というわけではありません。判断の枠組みがあります。

<婚姻前の氏への変更の許可基準>

あ 判断基準

ア 婚姻中の氏の定着前 婚氏続称の届出後、婚姻中の氏が社会的に定着する前に申立てをした
イ 恣意的ではない 申立が恣意的でない
ウ 社会的弊害がない 第三者が不測の損害を被るなどの社会的弊害が発生するおそれがない
※東京高決昭和59年8月15日
※札幌高決昭和61年11月19日
※東京高決平成2年4月4日

い 判断要素

ア 変更前と後の氏に関する事情 ・使用期間(後記※2
・知名度
・浸透範囲
イ 職業ウ 経済活動エ 生活環境 ※村重慶一『精選 戸籍法判例解説』日本加除出版2007年p110

5 婚姻前の氏への変更における継続使用期間

婚姻前の苗字に戻す氏の変更許可の審理において、婚姻中の苗字の継続使用期間が判断要素の1つとなっています。婚姻中の苗字を長期間使用していると、周囲に定着するので戻すべきではない方向に働くのです。
とはいっても、前述のように、現在ではそう簡単に変更が否定されることはありません。婚姻中の苗字を15年間使用していた、というケースでも変更は許可されています。

<婚姻前の氏への変更における継続使用期間(※2)

あ 一般的な検討

婚姻中の氏の使用期間が長いと社会に定着する
婚姻中の氏から婚姻前の氏に変更することについて
婚姻中の氏の使用期間が短い方が望ましい

い 判断の傾向

婚姻中の氏の仕様期間が短期でなくても変更を許可する方向性である

う 主要な裁判例

次のいずれも変更を許可している

継続使用期間 裁判例
3年7か月 広島高決昭和62年1月19日
8年 山形家審平成2年1月15日
約11年 大阪高決平成3年9月4日
15年 仙台家石巻支審平成5年2月15日

6 婚姻前の氏への変更における恣意性を否定する事情

婚姻前の苗字への変更許可の審理での判断基準の中に恣意的ではない、というものがあります。なぜ、苗字を戻したいのか、という問題です。要するに苗字を戻す理由・事情が合理的である(ならば許可する)、ということです。
典型例は、同居する両親と別の苗字になっている、お墓の管理を引き受ける、家業を承継することになったので実家と別の苗字だと不具合があるというような事情です。
逆に、離婚の時になぜ続称届を出したのか、ということも問題になります。本当は苗字を戻したかったけれど、便宜的に戻さなかった、という事情があれば変更を許可する方向に働きます。
たとえば、子供の苗字が変わることを避けたかった、周囲に離婚したことを知られたくなかった、マンション売却の手続上、離婚したことを知られたくなかった、などの事情です。

<婚姻前の氏への変更における恣意性を否定する事情>

あ 親との同居

自分の父母と同居して生活している

い 祭祀・家業の承継

家の祭祀や家業を継ぐことが決まっている

う 婚姻前の氏の通称使用

実際にすでに婚姻前の氏を(通称として)使用して生活していること

え 離婚時に続称を選択した理由

ア 基本的考え方 自分の主体的な意思で婚氏続称を選んだのではない場合や、現在では婚氏続称をする必要性がなくなっている場合には、許可される方向に働く
イ 具体例 ・夫婦共有のマンションの売却を円滑にするため
・離婚の事実を知られたくなかったため
・子が改氏を嫌がったため
・市役所の係員からいつでも旧姓に変えられると誤って聞いたため
・2人の子を夫婦それぞれが1人ずつ引き取って育てることになったが、きょうだいは同じ氏を称するべきだと考えたため
※東京高決昭和58年11月1日
※東京高決昭和59年8月15日
※広島高裁昭和62年1月19日
※東京高決平成2年4月4日
※山形家審平成2年1月15日
※大阪高決平成3年9月4日
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p181、182

7 復氏後の婚姻中の氏への変更許可の傾向(期間制限後の続称)

以上で説明したケースとは逆方向、つまり、離婚の時に復氏を選択して(続称届をしなかった)、婚姻前の氏になったケースで、後から婚姻中の氏に変更する許可の申立をすることもあります。
この場合にも、変更が許可される傾向があります。

<復氏後の婚姻中の氏への変更許可の傾向(期間制限後の続称)>

あ 緩やかな解釈の傾向

婚姻期間中長期にわたって婚氏を称してきたことにより、社会生活上すでにその婚氏によってのみその者の同一性が識別されるような状況になっている者が離婚し、婚姻前の氏に復した場合においては、その者が離婚後余り日時の経過しない時期にその氏を婚氏に戻すのであれば、前記のような混乱が生ずる可能性は少ないので、右のような場合には「やむを得ない事由」を一般の場合よりゆるやかに解して差し支えないものというべきである。
※東京高決平成元年2月15日
※非公表裁判例令和4年同趣旨(当事務所扱い事例)

い 事案内容

離婚裁判確定から約5か月後に離婚の届出をしたため、3か月の婚氏続称届出期間を経過していた(復氏となっていた)
家庭裁判所は、婚姻中の氏への変更を許可した
※東京高決平成元年2月15日

う 裁判例が少ない理由

本件(東京高決平成元年2月15日)のように、離婚の際に婚氏を称する旨の届出をしなかった者が離婚から三か月以上経過した後に、戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」があるとして婚氏への氏の変更を求めた裁判例は、公刊されているものとしては見当たらないようである。
(その理由は必ずしも明らかではないが、申立が少ない訳ではなく、これを認容する審判は一審で確定するためではないかと思われる。)が、その解釈、適用にあたっては、前記の一旦婚氏を称する旨の届出をした者がその後生来の氏を称する場合の解釈が参考になる。
※片桐春一稿/『判例タイムズ臨時増刊735号 主要民事判例解説』p170〜

8 離婚後の氏の変更許可の裁判例(概要)

離婚後に氏の変更許可が申し立てられたケースは多くあります。実際に家庭裁判所は許可する傾向が強いです。具体的な裁判例は別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|離婚後の氏の変更許可申立(裁判例の集約)

本記事では、離婚後に氏(苗字)を変更する家庭裁判所の許可手続における判断基準を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応は違ってきます。
実際に離婚後の苗字の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【夫婦同姓の制度の合憲性(平成27年最高裁判例)】
【離婚後の氏の変更許可申立(裁判例の集約)】

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