【会社内の情報リークの責任と公益通報者保護法】

当社の従業員が,当社の商品の不備をマスコミにリークしました。
その結果,報道され,悪評が立ちました。
責任を取らせることはできないでしょうか。
会社内の情報を外部にリークした場合,状況によっては,減給,懲戒解雇などのペナルティーや損害賠償請求が可能です。
しかし,一定の範囲で公益通報者保護制度により保護されます。

1 従業員が内部情報をリークした場合,損害賠償,懲戒の責任が生じる
2 公益通報の対象となる不正行為の内容
3 公益通報の対象となる不正行為の主体は広い
4 公益通報は状況によって段階的に通報先が定められている
5 公益通報の適用除外;悪ふざけ投稿
6 不意打ち的マスコミリークを予防するためにも『内部通報制度』導入が好ましい
7 内部通報窓口の種類
8 内部通報制度;マスコミへのリーク
9 内部通報制度を導入する際は,制度整備+周知が重要

1 従業員が内部情報をリークした場合,損害賠償,懲戒の責任が生じる

<事例設定>

従業員が業務上の不備に気付いた
マスコミに情報を伝えた

公益通報としての保護は後で説明します(後記『2』)。
まずは原則論を説明します。

通常であれば,従業員が業務上で不備に気付いたら,改善すべく,責任者(上司)に提案を行うべきと言えます。
従業員として,順守すべき義務の中に,『雇用主(会社)への損害回避義務』があります(労働契約法3条4項)。
意図的に会社側への嫌がらせとして,外部に情報を漏洩させた場合,その機密性の程度によっては,違法性が高いということになります。
従業員の負う義務と,違法な行為に対する責任をまとめます。

<従業員の負う義務やマナー>

・信義に従う
・誠実な義務履行
・品位保持
・雇用主(会社)への損害回避
※労働契約法3条4項

<不正な情報リークに対する従業員の負う責任>

違法性,不当性の程度によって,次の責任が認められることがあります。

あ 懲戒処分

減給や解雇です。

い 損害賠償責任

情報のリークによる売上減少や信用失墜という損害が発生した場合です。
身元保証人がいる場合は,この保証人に対しても同様の損害賠償請求ができます。
職場の規律維持が不十分だったことについて,雇用主側にも過失があるような場合は,過失相殺として損害賠償額は減額されます。

以上のような責任について,公益通報者保護法によって大きな例外が規定されています。

<情報リークについて従業員の責任が生じない例外>

情報リークが公益通報者保護法上の公益通報に該当する場合

2 公益通報の対象となる不正行為の内容

公益通報者保護法で通報することが適法とされる通報内容は,次のようにまとめられます。
通報対象事実と言われます。

通報対象事実の内容>

あ 一定の法律で規定される犯罪行為の事実(2条3項1号)

犯罪に該当する必要があります。
刑法以外の法律は別表で定められています。
罰則規定のある法律は,ほとんどすべてカバーされています。

い 不正行為(犯罪以外)が成立し,これが発覚した後,適切な処分や是正がなされていない事実(2条3項2号)

典型的なものは,当該通報が損害の発生や拡大を防止するために必要と言える事実です(3条3号)。

3 公益通報の対象となる不正行為の主体は広い

公益通報者保護法では,誰の行為について,通報することが適法となるのか,について説明します。

会社の行う業務というのは,細かく個々の作業を見ると,担当者個人が扱っています。
具体的には,従業員だけではなく,役員や,場合によっては外部の者が代理人として遂行していることもあります。
公益通報者保護法では,これらの関与している者を幅広く対象者として列挙しています(公益通報者保護法2条1項)。

公益通報の対象行為の主体>

あ 労務提供先(会社)
い 労務提供先に従事する次の者

・役員
・従業員
・代理人
・その他の者

4 公益通報は状況によって段階的に通報先が定められている

(1)公益通報の通報先

公益通報者保護法では,明確に,状況に応じて通報先が規定されています(公益通報者保護法3条)。
これを飛び越して情報を通報した場合は公益通報には該当しません。
その結果,免責されないので,違法なリークとなります。

公益通報の通報先>

あ 根拠が薄い場合(3条1号)

会社が定めた相談通報窓口等

い 根拠がある程度濃い場合(3条2号)

(監督権限のある)行政機関

う (『い』)に加えて,次の事情が存在する場合(3条3号)

マスコミ等の外部者
《適用される前提事情》
・解雇その他の不利益な取り扱いを受ける見込みがある
・証拠隠滅,偽造,変造のおそれがある
・公益通報しないよう要求された
・1号の通報後,20日間会社側の対応がなされていない
・生命・身体に危害が発生している

5 公益通報の適用除外;悪ふざけ投稿

公益通報の対象として保護される通報は正当な目的に基づく通報です。
一定のものは適用から除外されています。

公益通報の適用除外>

・不正の利益を得る目的
・他人に損害を加える目的
・その他不正の目的
※公益通報者保護法2条1項本文

『その他不正の目的』には,いわゆる悪ふざけ投稿が当てはまります。
別項目;従業員の動画投稿は悪ふざけでは公益通報としての保護対象外

6 不意打ち的マスコミリークを予防するためにも『内部通報制度』導入が好ましい

<状況設定>

従業員がマスコミに内部情報をリークした
会社としては,その前に会社側に改善の提案をして欲しかった

(1)内部通報制度の趣旨

公益通報者保護法により,一定の条件では,従業員が秘密情報を公開することが許容されます。
つまり,公開することを止めることができない,ということになります。
ここで,公表等が許容されるのは,会社側で不正,不備の改善の取り組みがなされない,という場合です。
制度として,組織,業務における不正,不備について通報や改善提案をする窓口が用意しておくと良いでしょう。
『内部通報制度』と呼んでいます。
内部通報制度がある場合は,従業員は,外部に公表する前にこれらの窓口への連絡が必要となります。
現実問題として,内部で改善の措置を取ることを促進するのが法律の趣旨です。
結果的に,従業員がこの制度を利用し,内部通報することにより,突如世間にネガティブな内情が知れ渡るということを防げることになります。

(2)内部通報制度導入のメリットは不正行為の抑止が大きい

内部通報制度は,不意打ちリークを防ぐという機能だけではありません。
本質的には,犯罪や不正行為をしようとする動機をくじくという効果が大きいです。

<内部通報制度のメリット>

・突如世間に不正行為が露見することを防ぐ
・犯罪・不正行為の牽制作用,抑止力が生じる

7 内部通報窓口の種類

内部通報制度内部通報窓口の組織形態,運用方法について特に決まりはありません。
自由に設計できます。
会社の規模やポリシーによって,独自の制度を設定できます。

<通報窓口の例>

あ 会社内の特定の部署

例;総務部や法務部

い 社外の専門家

外部に委託する,という方法です。
委託先の例;法律事務所(弁護士)

う 会社内,社外の両方を設置する

8 内部通報制度;マスコミへのリーク

内部通報制度は,従業員が通報窓口を利用できるという性格のものです。
マスコミ等の外部への通報を直接的に禁止するものではありません。
もちろん,内部通報制度とは関係なく,情報の外部リーク自体が違法性を持つこともあります。
しかし,企業の不祥事を隠蔽することの弊害が社会的に問題となり,平成16年6月,公益通報者保護法が制定されました(施行は平成18年4月)。
公益通報者保護法により,一定の範囲でのリークは適法化されることになります。
逆に言えば,内部通報制度が設置されているのにこれを利用せずに,外部リークをした場合,違法と判断される可能性が高くなります。

9 内部通報制度を導入する際は,制度整備+周知が重要

(1)利用しやすい内部通報の窓口をつくる

内部通報窓口を設置しても,この制度が十分に機能しないと,外部へのリークが防げなかったり,不正の抑止力も発揮されないことになります。
逆に,機能しないケースでの原因の主なものは従業員の信頼がない,というものです。
つまり,この制度を利用しても,会社側がしっかりと対処してくれない,とか,裏で実質的なペナルティ(嫌がらせ)を受けるのでは,という印象が存在する,ということです。
そこで,このようなネガティブな印象がないような運用をすることが重要です。
具体的には次のような注意です。

<窓口の設置方法>

・会社内,外部の両方に設置する
 小さなことの場合,外部への通報は躊躇しがちです。
 大きな問題の場合,逆に社内の窓口への通報は抵抗があります。
 そこで,両方設置してあるとベターではあります。
 もちろん,予算の都合もありますので,柔軟に設計すべきです。

(2)規定の整備と周知を徹底する

制度を導入しても,従業員が良く知らないと利用しにくいです。

あ 実施マニュアルの整備

ルール自体が曖昧だったりすると,通報を受けた側が速やかに対応できません。
このような場合は,通報する側の従業員としても利用に躊躇が生じます。
また,運用側のスタッフの認識が甘いと,誰が通報したという情報がリークするという笑えない冗談のようなことが生じることになります。
到底,従業員が利用しようとは思いません。

い 是正,再発防止策に活かす体制をつくる

せっかく,従業員が勇気を持って通報制度を利用しても,肝心の改善策につなげるが実現しないと失望します。
心理的なリスクを負ってまで通報したのに,無意味になると利用したくないと思ってしまいます。
次のような対策をすみやかに実施すべきです。

<是正・再発防止策の例>

・非通報者の処分
・部署における組織の変更
・業務手順(フロー),マニュアルの改良

(2)内部通報の窓口として電子メールを利用する場合の注意点

通報の窓口とは別に,通報の手段も気を付けないと落とし穴があります。
公益通報者保護法上,電子メールでの通報,が想定されています。
ところで,メールの場合,一般的に他のメールに埋もれるスパムメールに埋もれるスパムメールと判定され,表示されないということが起きえます。
仮にこのように通報した(送信した)メールを受け取っていないという状態が生じると非常に恐ろしいです。
内部通報から20日間が経過した段階で,会社側の反応がないということになるので,外部通報(マスコミ等)が適法となっていまうのです(公益通報者保護法3条3号ニ)。
ですから,次のような工夫をしておくとベターです。

<通報手段としての電子メール利用における注意(例)>

・専用アドレスを設定する
・他の手段(口頭)での受信確認を規定する

条文

[公益通報者保護法]
(定義)
第二条  この法律において「公益通報」とは、労働者(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第九条に規定する労働者をいう。以下同じ。)が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先(次のいずれかに掲げる事業者(法人その他の団体及び事業を行う個人をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労務提供先等」という。)、当該通報対象事実について処分(命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為をいう。以下同じ。)若しくは勧告等(勧告その他処分に当たらない行為をいう。以下同じ。)をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。次条第三号において同じ。)に通報することをいう。
一  当該労働者を自ら使用する事業者(次号に掲げる事業者を除く。)
二  当該労働者が派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号。第四条において「労働者派遣法」という。)第二条第二号に規定する派遣労働者をいう。以下同じ。)である場合において、当該派遣労働者に係る労働者派遣(同条第一号に規定する労働者派遣をいう。第五条第二項において同じ。)の役務の提供を受ける事業者
三  前二号に掲げる事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該労働者が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者
2(略)
3  この法律において「通報対象事実」とは、次のいずれかの事実をいう。
一  個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として別表に掲げるもの(これらの法律に基づく命令を含む。次号において同じ。)に規定する罪の犯罪行為の事実
二  別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実(当該処分の理由とされている事実が同表に掲げる法律の規定に基づく他の処分に違反し、又は勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分又は勧告等の理由とされている事実を含む。)
4(以下略)

(解雇の無効)
第三条  公益通報者が次の各号に掲げる場合においてそれぞれ当該各号に定める公益通報をしたことを理由として前条第一項第一号に掲げる事業者が行った解雇は、無効とする。
一~二(略)
三  通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合 その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報
イ~ハ(略)
ニ 書面(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録を含む。第九条において同じ。)により第一号に定める公益通報をした日から二十日を経過しても、当該通報対象事実について、当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合
ホ(略)

[労働契約法]
(労働契約の原則)
第三条  労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2〜3(略)
4  労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5(略)

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