【借地条件変更・増改築許可の裁判の形式的要件】
1 借地条件変更・増改築許可の裁判の形式的要件(総論)
地主の承諾に代わって裁判所が、借地条件変更や増改築の許可をする制度(借地非訟手続)があります。
詳しくはこちら|借地条件変更・増改築許可の裁判手続(基本・新旧法振り分け)
これらの裁判には形式的要件があります。
つまり、申立ができる前提条件のことです。
借地条件変更と増改築許可のそれぞれの形式的要件は違うところもありますが、共通するものも多いです。
そこで本記事では、借地条件変更と増改築許可の裁判の形式的要件について、まとめて説明します。
2 申立人
(1)借地条件変更の裁判の申立人
通常、借地条件変更の裁判を申し立てる者は借地人です。
法律上の規定では地主も申し立てることができます。
借地条件変更の裁判の申立人
あ 申立人の条文規定
『当事者』の申立てにより
※借地借家法17条1項
い 申立人の範囲
借地人or地主
実際には借地人がほとんどである
(2)増改築許可の裁判の申立人
増改築許可の裁判の申立人は借地人に限定されています。
増改築許可の裁判の申立人
あ 申立人の条文規定
借地権者(借地人)の申立てにより
※借地借家法17条2項
い 申立人の範囲
借地人だけである
(3)地主または借地人が複数いるケースの当事者
土地が共有だと地主が複数いることになります。逆に、建物が共有となっていて借地人が複数人いるケースもあります。
これらの場合は、借地条件変更や増改築許可の裁判では、複数の賃貸人、または複数の賃借人の全員が当事者になる必要があります。
例えば増改築を承諾している土地共有者だけ外れるということはできません。
この点、賃料増減額請求に関する訴訟は、借地非訟とは性質も違うし、当事者の扱いも違います。複数の賃貸人(や賃借人)のうち一部の者だけ(一部は欠けている)でも訴訟は提起できます。
地主または借地人が複数いるケースの当事者
あ 借地非訟手続の共同訴訟形態
借地条件変更・増改築許可の裁判について
地主or借地人が複数人存在する場合
=土地or借地権が(準)共有である
→固有必要的共同訴訟である
=全員が当事者となる必要がある
い 賃料増減額請求訴訟の共同訴訟形態(参考)
賃料増減額請求訴訟について
賃貸人or賃借人が複数人存在する場合
→類似必要的共同訴訟である
=全員を当事者とすることが必須ではない
詳しくはこちら|賃料増減額請求に関する訴訟の共同訴訟形態(賃貸人または賃借人が複数ケース)
3 借地条件変更・増改築許可の裁判の申立タイミング
増改築許可の申立をするタイミングは、工事の着手前が原則です。
しかし、タイミングについてはある程度柔軟に『工事着手後』の申立も認める傾向があります。
借地条件変更・増改築許可の裁判の申立タイミング
あ 原則
申立は増改築着手前になされるべきである
増改築着手後に借地人が申し立てることは原則としてできない
い 特殊な扱い
工事完了後に付随的裁判を目的とする申立を認める見解もある
※幾代通ほか『新版注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣1996年p492
※稲本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第2版』日本評論社2003年p122、123
※水本浩ほか『基本法コンメンタール 借地借家法 第2版増補版』日本評論社2009年p59
これらの見解は増改築許可が前提です。
この点、借地条件変更も建物の増改築が前提になっていることが多いです。
詳しくはこちら|借地条件(変更)と増改築禁止特約(許可の裁判)の包含関係
このような状況での借地条件変更の申立タイミングも前記が当てはまります。
4 借地条件変更・増改築許可裁判と『協議が調わない』
条文では、地主と借地人の『協議が調わない』場合に借地条件変更や増改築の裁判ができると規定されています。
しかし実際には、これを厳密に必須の要件としては扱っていません。
借地条件変更・増改築許可裁判と『協議が調わない』
あ 典型的な事情
ア 協議拒否
借地人が地主に対して話し合うことを申し出た
地主が話し合いに応じなかった
イ 協議決裂
話し合いが行われたが地主が承諾しなかった
い 広い解釈
協議なしで借地人が借地条件変更or増改築許可を申し立てた
審理において地主が承諾しない場合
→『協議不調』として扱う
=申立を却下しない
※東京地裁平成9年8月11日;借地条件変更について
※東京地裁平成8年3月29日;同趣旨
※市川太志『借地非訟事件の処理について』/『判例タイムズ967号』1998年p24、44
※星野英一『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1969年p184;旧借地法について
※稲本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第2版』日本評論社2003年p120、122
5 借地権(借地契約)の存在→判断可能+既判力なし
(1)昭和45年最決・判断可能+既判力なし
借地非訟手続は、借地権がある(借地契約中である)ことが当然の前提となっています。つまり借地権の存在が形式的要件の1つです。
借地非訟手続の中で借地権の存否を審査し、存在しないと判断した場合は却下となります。存在すると判断すればメインの許可するかしないか、財産給付の額などの判断に進みます。
ただ、借地権が存在すると判断しても、借地非訟事件としての決定には既判力はありません。
逆に言えば、確実な判断を獲得したいのであれば、借地非訟手続とは別に、借地権の存在(や不存在)の確認を求める訴訟を提起する必要があるのです。
このような法的扱いは非訟手続における前提問題に共通することです。遺産分割の前提問題について昭和41年最決が判断を示しました。
詳しくはこちら|遺産分割審判における相続権の有無の審理(非訟手続の前提問題・最決昭和41年3月2日)
そして、借地非訟の前提問題についても昭和45年最決が昭和41年最決を踏襲しました。
昭和45年最決・判断可能+既判力なし
あ 借地権の存否の判断→可能
(注・借地条件変更許可の裁判において)
借地法八条ノ二第一項による借地条件変更の裁判は、借地権の存在することを前提とするものであり、借地権の存否は、訴訟事項として、対審公開の判決手続によつてのみ、終局的に確定される。しかし、右規定による非訟事件の裁判をする裁判所は、かかる前提たる法律関係につき当事者間に争いがあるときは、常にこれについて民事訴訟による判決の確定をまたなければ借地条件変更の申立を認容する裁判をすることができないというべきものではなく、その手続において借地権の存否を判断したうえで右裁判をすることは許されるものであり、かつ、このように右前提事項の存否を非訟事件手続によつて定めても、憲法三二条八二条に違反するものではないと解するのが相当であつて、このように解すべきことは、すでに当裁判所の判例(昭和三九年(ク)第一一四号同四一年三月二日大法廷決定、民集二〇巻三号三六〇頁)の趣旨とするところに照らして明らかである。
い 借地権の存否の判断の効力→既判力なし
けだし、借地非訟事件手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して借地権の存否の確定を求めることを妨げられるものではなく、そして、その結果、判決において借地権の存在が否定されれば、借地条件変更の裁判もその限度において効力を失うものと解されるのであつて、前提事項の存否を非訟事件手続において決定することは、民事訴訟による通常の裁判を受ける途を閉すことを意味するものではないからである。
※最決昭和45年5月19日
(2)前提問題を判断する訴訟との調整→手続中止
前述のように、借地非訟手続とは別に、前提問題である借地権の存否について、訴訟を提起した場合は、2つの裁判手続が並走することになります。順序としては、文字どおり前提問題の訴訟の判断を先に終えて、その判断結果を前提として借地非訟を進めるか却下する、という流れにすべきです。そこで、2つの裁判手続が並走している間は2番手となる非訟手続を中止する規定が用意されています。
前提問題を判断する訴訟との調整→手続中止
第四十八条 裁判所は、借地権の目的である土地に関する権利関係について訴訟その他の事件が係属するときは、その事件が終了するまで、第四十一条の事件の手続を中止することができる。
※借地借家法48条
6 建物に関する借地条件の存在
借地条件変更の裁判の前提は『借地条件によって制限されていること』です。
裁判所が制限を外すことが目的ですので、当然といえます。
ただし借地条件は『建物について』の制限だけが対象です。
建物に関する借地条件の存在
あ 借地条件についての条文上の列挙
建物の種類、構造、規模、用途を制限する旨の借地条件
※借地借家法17条1項
い 対象となる借地条件
『あ』は例示である
実際にはどれに該当するかが不明確であることも多い
区別しなくてもよい
『建物に関する』条件に限定される
う 具体的内容(概要)
借地条件の具体的内容にはいろいろなものがある
詳しくはこちら|建物に関する借地条件の内容(基本的な分類)
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p215
7 増改築許可裁判と増改築禁止特約の存否
増改築許可の裁判は、特約で増改築が禁止されていることが前提です。
禁止されていなければ自由に増改築ができます。裁判所の許可を得る必要はありません。
詳しくはこちら|借地上の建物の建築・増改築の自由と制限(借地条件・増改築禁止特約)
しかし実際には特約の内容があいまいなことも多いです。
詳しくはこちら|借地における増改築禁止特約の設定の実情とあいまいな特約の解釈
借地人としては、増改築禁止特約は存在しない(無効である)という確認を求める訴訟を申し立てる方法もありますが、一方で、増改築禁止特約が存在するということにして(譲歩して)、裁判所に許可(増改築許可)を求める方法もあります。増改築許可の申立をした場合は、裁判所は通常、増改築禁止特約があることを前提として、対価(実質的な承諾料)を定めた上で許可する、ということになります。
増改築許可裁判と増改築禁止特約の存否
あ 学説
「増改築を制限する旨の借地条件がある場合」とは、申立人(借地権者)とその相手方(借地権設定者)の当事者双方がこのような借地条件の存在を認めている場合だけではなく、申立人はこのような借地条件は存在しないと考えるが、相手方がこれが存在すると主張して増改築を承諾しない場合も含むものと解される。
※鎌野邦樹稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p131
い 裁判例
ア 申立の構造
しかしながら、本件においては、申立人は、特約の不存在を主張しているが、これを理由とする裁判を求めるのではない。自らは増改築を制限する旨の特約は存在しないと考えるが、相手方が特約ありとして増改築に異議を唱えるので、その承諾に代わる許可の裁判を求める、というのである。つまり、申立にかかる具体的増改築に関する限り、特約が存在するものとして、特約が存在する場合と同様の裁判を求めているのである。
イ 結論(判断)
・・・借地法第八条ノ二第二項の「増改築ヲ制限スル旨ノ借地条件ガ存スル場合」とは、当事者双方共特約の存在を認めている場合のほか、申立人において特約が存在する場合と同様の裁判を求め、相手方においても特約の存在を主張している場合を含むものと解すべきである(相手方において特約の不存在を認めている場合は、相手方の承諾を得るまでもなく自由に増改築ができるのであるから、申立の利益を欠くことになろう。)。この場合、特約の存否を証拠により判断する必要のないことはいうまでもない。
※東京地判昭和50年9月11日
本記事では、借地条件変更・増改築許可の裁判の形式的要件を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地契約における建物の工事(増改築・再築)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。