【通常の修繕と大規模修繕(特約違反)のどちらかを判断した裁判例(集約)】
1 通常の修繕と大規模修繕(特約違反)のどちらかを判断した裁判例(集約)
借地契約で、通常の修繕を禁止する特約があったとしても無効ですが、大規模修繕(や増改築)を禁止する特約は有効です。実際の借地契約でも、大規模修繕、増改築を禁止する特約があるケースが多いです。
詳しくはこちら|借地契約の増改築禁止特約の有効性と違反への解除の効力
そのようなケースでは、実際に借地人が行った工事が通常の修繕にとどまるのか、大規模修繕(増改築)にあたるのかについて熾烈な対立が生じて紛争に至ることがよくあります。
本記事では、特定の工事が、通常の修繕、大規模修繕のどちらにあたるかを判断した裁判例を紹介します。
2 通常の修繕・大規模修繕の意味(概要・前提)
通常の修繕とは、損傷などの箇所を従前の状態に戻す工事です。工事の規模がこれを超えると増改築(大規模修繕)にあたることもあります。
詳しくはこちら|借地上建物の「通常の修繕」「大規模修繕」の意味と修繕禁止特約の有効性
詳しくはこちら|増改築禁止特約における『増改築』の意味と解釈
このように言葉では一応違いがありますが、実際の工事について、どちらにあたるかをハッキリ判断できないケースがとても多いです。
3 昭和13年大判・費用は新築超過・9割改修→大規模肯定
昭和13年大判における建物の工事内容は、日本式家屋を洋風(洋館)に変えるもので、費用としては建物新築の金額を超えていて、改修した部分の割合としては9割に達していました。十分に大規模といえるものだったので、裁判所は特約違反による解除を認めました。
昭和13年大判・費用は新築超過・9割改修→大規模肯定
あ 工事内容→日本式からハイカラ洋風へ
前示建物の大修繕工事ニ著手シ前建物ハ木造日本式家屋ナルニ拘ラス其ノ新築工事費ヲ遙ニ超過シタル多額ノ費用ヲ投シ其九分通リヲ改築シ舊態ヲ一變シテ今様洋館建ト爲シタリ・・・
い 結論(要約)
建物の大改修工事をなす場合においては賃貸人の同意を得べき特約があった
賃貸人による解除を認めた
※大判昭和13年6月21日
4 昭和47年東京地判・床面積・構造に変化なし→大規模否定
昭和47年東京地判の事案で行われた建物の工事は、規模だけみると大きいものでした。長期間手入れ(補修)をしてこなかったので、補修が必要な箇所が多かったのです。
ただそれは結果論であって、工事の目的はあくまでも建物の本来の機能や美観を維持(回復)する範囲内でした。
そこで、裁判所は、建物の維持保存(保全)の範囲内であると判断し、大修繕禁止特約を理由とする解除を無効としました。
昭和47年東京地判・床面積・構造に変化なし→大規模否定
あ 修繕を禁止する特約の有効性
借地人は建物の機能と美観を維持保存するのは当然である
そのための合理的な範囲内の補修工事は許される
補修工事には一定の範囲で改良を伴う
以上の範囲であれば規模が大きくても許される
このような工事を禁止する特約は借地法11条の趣旨に反する
→無効である
い 補修工事の要点
建物の維持保全の見地から
特に損傷の激しい箇所(う)についてのみ補修・改善を行なった
土台・柱・梁などの大部分は従来のものをそのままとした
建物の床面積・構造には何ら変更を加えていない
総工費は約70万円であった
う 補修工事の具体的内容
ア 屋根
雨もりがひどかったため屋根瓦の一部を取替える必要があったが、本件建物の瓦は昔のサイズであったので全面的にセメント瓦に取替えた。
なおその際屋根の野地板(南側は全部、その他は損傷箇所のみ)および垂木の一部を取替えた。
イ 外壁
周囲の下見板を全部はがし、南、北、西側をモルタル塗とし、南側の力板を新しくし、庇三ヶ所を取替えた。
ウ 土台
周囲の土台はかなり腐蝕していたが、そのうち南側、西側の土台(長さ約六メートル)を取替えた。
エ 柱
外周の柱はいずれもその根元の部分が腐蝕していたが、そのうち西側四畳半の南西角の柱を一本取替えた外に東西四畳半の境辺に新しい柱を一本入れ、本件建物の北東角の柱は周りから板をかぶせてモルタルを塗った。
オ 床
四畳半二間の床板、大引、根太、床束を取替えた。
カ 天井
玄関、四畳半の天井を新しく取替え、台所に天井を新設した。
キ 内壁
所々に下地工事を施したうえ、既存の壁の表面に全面的に漆喰を塗った。
ク 建具
襖一部、畳全部を新しく取替えた。
え 裁判所の判断
前記認定のような補修改良工事を加えることは建物の機能・美観を維持保存するために必要な合理的範囲内の工事というべきであり、これをもって増改築禁止の特約に反するものとして賃貸借の解除をすることは許されず、したがって本件賃貸借の解除は無効というべきである。
※東京地判昭和47年5月31日
5 平成27年東京地判・耐震性アップ+旅館から研修施設へ→大規模肯定
平成27年東京地判のケースは、耐震補強と内装変更を内容とする工事です。耐震性が大きく向上したことと、建物の用途が旅館から事務所兼研修施設に変わったことで、建物の耐用年数(寿命)が大きく伸び、これによって建物の価値が大きく上がった”といえます。裁判所はこの点に着目して「大修繕」、つまり増改築禁止特約違反である、と判断しました。
平成27年東京地判・耐震性アップ+旅館から研修施設へ→大規模肯定
あ 工事内容
・・・本件工事は、耐震補強工事及び本件建物の内装変更工事を主たる工事内容とするものであり、耐震補強工事により本件建物の耐震性は補強前の1.75倍から2.40倍に向上し、かつ、新耐震設計法における保有水平耐力を満足することと近似する状態に至っているうえ、内装変更工事により、その用途が旅館にほぼ限定されていた本件建物が、事務所兼研修施設として利用できる状況となっている。
い 耐用年数・経済的価値への影響
このことからすれば、本件建物は、本件工事により、その耐用年数が伸長し、経済的価値が上昇したものと認められる。
う 判断→大修繕(増改築)肯定
建物の種類、構造の変更により、借地権の存続期間が伸長したり、賃借人による建物買取請求に基づく賃貸人の負担が増大することを防止し、かつ、これらについての紛争を防ぐことを目的とする増改築等禁止特約の趣旨にかんがみれば、本件工事は、本件賃貸借契約における増改築等禁止特約が定める「大修繕」に該当するものと評価するのが相当である。
※東京地判平成27年3月11日
6 まとめ
以上のように、建物の補修・修繕工事が増改築禁止特約に違反するかどうかは、単に規模だけでは判定できず、具体的な工事内容、本来(従前)の建物の状態との比較によって判定されます。また、どうしても1つの基準でハッキリ判断できるというものでもありません。裁判官による判断のブレがあるのです。
本記事では、大規模な建物の補修工事が増改築禁止特約違反になるかどうかを判断した裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地上の建物のメンテナンス(修繕・増改築)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。