【遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある】
1 遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
いったん遺産分割が終わった後に、再び遺産分割をやり直すというケースもあります。この場合、相続人は納得していても、想定外の大きな課税が生じるリスクがあります。本記事では、遺産分割のやり直しについての課税について説明します。
2 遺産分割のやり直しによる課税→無効・取消以外は2重課税
(1)まとめ(遺産分割やり直しによる2重課税の有無)
遺産分割のやり直し、といっても、実質的な財産の移転の回数は、1回とカウントできるケースもあれば、2回とカウントできるケースもあります。最初の遺産分割に無効や取消となる事情があれば、なかったことになるので、やり直した遺産分割は1回目です。相続税の課税は1回で済みます。
逆に無効や取消となる事情がなければ、最初の遺産分割の後に新たな財産の移動(取引)をしたということになります。相続税の課税とは別に、新たな財産の移動に関する課税が発生します。
無効や取消となる事情の有無は民法(私法)によって決まります。
まとめ(遺産分割やり直しによる2重課税の有無)
あ 初回の遺産分割の有効性と課税の関係
初回の遺産分割の有効性 課税 当初から無効or不成立 2重の課税は生じない 有効(瑕疵なし) 2重の課税が生じる
い 無効の判断の方法
税務上、遺産分割の無効かどうかを判断する方法について
→私法(民法)上の認定(判断)に準拠する
詳しくはこちら|私法の法律関係を前提として課税する(私法関係準拠主義)
(2)相続税基本通達→原則=2重課税
相続税基本通達は、遺産分割のやり直しで、相続税とは別の課税となる、つまり二重課税となる、ということが記載されています。これは原則部分で、例外もあるのですがこの通達には書いてありません。
相続税基本通達→原則=2重課税
あ 原則(前提)
(分割の意義)
19の2-8 法第19条の2第2項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないのであるから留意する。
い 遺産分割のやり直し→原則=分割扱い否定
ただし、当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないのであるから留意する。(昭47直資2-130追加、昭50直資2-257、平6課資2-114改正)
う 注記(用語の意味)
(注)「代償分割」とは、共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法をいい、「換価分割」とは、共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部を金銭に換価し、その換価代金を分割する方法をいうのであるから留意する。
※相続税法基本通達19の2−8
(2)「遺産分割の手続と相続税実務」→無効・取消ケースは2重課税否定
前述のように、最初の遺産分割に無効や取消となる事情があれば、民法上なかったことになるので、遺産分割のやり直しとはいっても、理論的には1回目の遺産分割です。単に(1回分の)相続税が発生するだけとなります。
「遺産分割の手続と相続税実務」→無効・取消ケースは2重課税否定
あ 有効に成立した遺産分割のやり直し→原則=2重課税
ア 性質→新たな所有権の移転
上述した遺産分割の法的効果からみれば、いったん有効に成立した遺産分割のやり直しは、相続により確定した所有権の移転と考えられます。
イ 税務上の扱い→贈与・譲渡・交換など
したがって、税務上は、その時点での贈与、譲渡又は交換等の発生として処理せざるを得ません。
ウ 合意解除→税務では遡及的解消否定
遺産分割は、いうまでもなく相続人全員の合意により成立しますから、相続人全員の同意の下で解除することは可能です。
しかし、そのことと税務は別の問題といえるでしょう。
い 無効・取消のケース→例外=2重課税否定
もっとも、遺産分割について、上述した無効又は取消しとなる事実がある場合は、事後に財産が移転しても贈与等には該当しません。
もともと有効な遺産分割が成立していないため、遺産の再分割又は分割のやり直しとは異なるからです。
※小池正明著『民法・税法による遺産分割の手続と相続税実務 7訂版』税務研究会出版局2015年p679
(3)「相続関係事件の実務」→無効ケースは2重課税否定
「相続関係事件の実務」も、同じように、遺産分割が無効のケースとそうではないけれど合意解除したケースで課税の扱いが変わる、と指摘しています。なお、取消をした場合には結果的に無効となるので、取消ケースも無効に含みます。
「相続関係事件の実務」→無効ケースは2重課税否定
あ 無効によるやり直し→更正請求・修正申告のみ
無効によるやり返しというのは、そんなに大きな問題ではありません。
やり直したら、それに基づいて、更正の請求や修正申告をするということで構いません。
もちろん、自分たちの中で税金の調整ができるのであればしても構いません。
※東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『弁護士専門研修講座 相続関係事件の実務』ぎょうせい2015年p130
い 合意解除によるやり直し→別の法律行為として扱う
一番問題なのは、合意解除によるやり直しです。
民法では、遺産分割協議というのは、何度でもやり直しは可能です。
相手が了解すれば、合意解約をして違う分け方をすることができるのですが、税法では全くそれを許していないのです。
一旦有効に成立した遺産分割協議を合意解除し、遺産分割協議をやり直した場合、税務上は遺産分割以外の原因(売買・交換・贈与)によって取得したものとして、考えるのです。・・・
(注・相続税法基本通達19の2−8について)
課税庁は、遺産分割のやり直し、再分配というのは、その後の法律行為だという評価をしています。
※東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『弁護士専門研修講座 相続関係事件の実務』ぎょうせい2015年p131
3 無効かどうかの課税上の認定→訴訟がよい+馴れ合いはだめ
(1)相続関係事件の実務・訴訟がよい+馴れ合いはだめ
以上のように、最初の遺産分割が(取消によって、または最初から)無効であれば2重課税は避けられます。理論は単純ですが、たとえば相続人全員で「遺産分割を錯誤により取り消して無効になった」という書面に調印して(その上で改めて遺産分割協議書の調印をして)も、課税庁はそのとおりに処理するわけではありません。実際に錯誤にあたる事情があったと判定できないと2重課税をかけようとしてきます。
たとえば民事訴訟となって、裁判所が判決として「錯誤にあたる」と判断すれば、課税庁は認めるのが通常です。しかし、原告と被告が協力していたような、いわゆるなれ合い訴訟であった場合には判決内容が真実とは限りません。課税庁は「錯誤にあたる」とは認めないこともあります。証人尋問まで行われた上で判決に至ったのであればリアル対立があったとわかるのでなれ合いとはいいにくいでしょう。
この点、訴訟上の和解であれば、なれ合いで成立させることがもっと容易にできます。
いずれにしても、「判決がある」「訴訟上の和解がある」という事情だけで課税上が「無効といえるかどうか」を判定するわけではなく、あくまでもそのような事情は判断材料の(有力な)1つです。他の資料、説明を含めて判断されることになります。もちろん課税庁の判断が妥当でなければ、行政訴訟として裁判所に判断し直してもらうことになります。
相続関係事件の実務・訴訟がよい+馴れ合いはだめ
あ 税務上の認定→訴訟が有用
同題は、遺産分割のやり直しなのか、無効なのかというところが難しいということです。
やり直すわけですから、何らかの錯誤や原因はあるわけです。
それを客観的に評価して、無効として認められるのかどうかというのがすごく大きなポイントになってきます。
したがって、もしそういう場面に出会った場合には、まず訴訟をすべきでしょう。
い 馴合訴訟→「無効」認定に働かない
ただ、課税庁も税金を取るために必死ですから、その訴訟がなれ合いだった場合(馴合訴訟)というのは、遺産分割のやり直しになるのです。
例えば、訴訟をして、和解の中で「○○の遺産分割は錯誤の原因により、無効であることを確認する」としました。
そして、「以下の遺産分割協議をする」ということが書いてあったとしても、課税庁がそれは馴合訴訟だと判断をすれば、遺産分割として課税してくるのです。
う 馴れ合いか本気対立か→判定困難
どこから先が無効なのか、どこから先がやり直しなのかというのは、きれいな線引きはできません。
例えば、「準備書面のやりとりだけではなくて、証人尋問までやりなさい」と言われたりもするのですが、それだけでもないと思うのです。
きちんとした客観的事実として無効原因があるのか、例えば、錯誤があった場合にそれが要素の錯誤なのか、そういったところをしっかりと固めていかなければ、リスクがかなりあるということになります。
※東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『弁護士専門研修講座 相続関係事件の実務』ぎょうせい2015年p131、132
(2)昭和58年東京高判・錯誤による抹消登記をしても贈与認定
ところで、遺産分割による相続の不動産登記について、後日相続人が、錯誤による抹消登記を申請した場合、法務局としては錯誤の証拠を確認することなく、つまり自己申告だけで受理します。逆に言えば、遺産分割による相続の登記が抹消されたからといって課税上、「最初の遺産分割は錯誤で無効となった」と認定するわけではありません。実際にこのようなケースで裁判所が、2回目(やり直しの)遺産分割は、(課税上)贈与にあたると判断したものがあります。
昭和58年東京高判・錯誤による抹消登記をしても贈与認定
改めて納税者名義にて相続登記がなされた
裁判所は、課税上、贈与に当たると認定した(要点)
※東京高判昭和58年7月27日
4 遺産分割のやり直しの流れと課税の手続(まとめ)
では実際に遺産分割をやり直したケースについて、手続の流れを整理します。
二重課税とならないケースでは1回の相続税申告で済みます。すでに相続税申告をしている場合は、それを是正するために、修正申告や更正の請求をすることになります。一定の期限があるので注意を要します。いずれにしても実質的に課税は1回、となります。
二重課税となるケースでは相続税申告とは別に譲渡所得税や贈与税などの申告が必要になります。
遺産分割のやり直しの流れと課税の手続
あ 無効→2重課税とならないケース
当初の遺産分割に無効等の原因がある場合の再分割の課税関係
既になされた遺産分割に、錯誤等の原因があり、遺産分割そのものが無効であるか、あるいは何らかの後発的な事由によって当初の遺産分割時の前提事実に変更が生じた場合については国税通則法が次のように定めている。
まず、第1の遺産分割について無効原因があったため、第2の遺産分割がなされ、各自の配分額に異同を生じたことにより、相続税額が過大となったときは、2ヵ月以内に更正の請求をなし得る(国通23条2項)。
なお、錯誤等を理由とする税額の変更は、更正の請求の手続によらずには認められないとされている(最判昭39・10・22民集18・8・1762、判時391・5)。
また、逆に過少となるときは、修正申告をすべきこととなる(国通19条1項)。
※東京弁護士会編著『法律家のための税法 民事編 新訂第8版』第一法規2022年p449
い 無効ではない→2重課税となるケース
最初の遺産分割が成立した(無効ではない)→相続人全員で遺産分割のやり直しをした場合
最初の遺産分割に関する相続税申告とは別に、新たな権利の移転(贈与・交換など)としての課税の申告をする
5 不動産取得税→相続税とは別世界
(1)昭和62年最判・遺産分割のやり直し→相続扱い=不動産取得税課税なし
以上で説明したものは、遺産分割のやり直しが相続税の範囲内か、これを逸脱して別の取引としてカウントされるか、というテーマでした。この点、不動産取得税では遺産分割のやり直しの扱いが大きく異なります。簡単にいうと、不動産取得税は形式重視です。遺産分割のやり直しがあったら、無効や取消となる事情がなくても全体として1つの相続としてカウントする傾向があります。(全体として)「相続」として扱う場合は不動産取得税は課税されない結果となります。
昭和62年最判は遺産分割のやり直しのケースについて、全体として「相続」なので不動産取得税は課税されない、と判断しました。ただし、規範(一般的な判断基準)を立てたわけではなく、当該案件についての判断、という位置づけです。
昭和62年最判・遺産分割のやり直し→相続扱い=不動産取得税課税なし
あ 判決文
被上告人を含む相続人らは第一回遺産分割協議のうち本件相続土地に関する部分を相続人全員の合意によつて解除し改めてこれを第二回遺産分割協議のとおり分割協議をしたものであつて、被上告人の右第二回遺産分割協議による本件相続土地の共有持分の取得は地方税法七三条の七第一号所定の不動産取得税の非課税事由である「相続に因る不動産の取得」に該当すると解されるから、右共有持分の取得に対する本件不動産取得税の賦課処分は違法であり取消しを免れないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。
※最判昭和62年1月22日
い 判断の位置づけ→事実認定の問題
そして本件での遺産分割協議のやりなおし行為を、最初の遺産分割協議の単なる修正行為とみるか、それとも既に各相続人の単独所有となっている本件土地所有権の新たな処分行為とみるかは、多分に事実認定に左右される問題であり、本件では事実認定の結果、第一審裁判所はその後者であると判断し、控訴審裁判所および上告審裁判所はその前者であると判断したのである。
※吉良実稿/『判例タイムズ677号 臨時増刊 主要民事判例解説』p350〜
(2)「法律家のための税法」・昭和62年最判は相続税とは別
昭和62年最判は前述のように「遺産分割のやり直しがあっても全体として相続である」という判断です。ただし、あくまでも不動産取得税の課税についての判断です。前述の相続税についての判断とは枠組みが大きく異なっているといえます。
「法律家のための税法」・昭和62年最判は相続税とは別
この判例は不動産取得税に関するものであるが、論者によっては、その趣旨が相続税についても妥当するかのように指摘する者もいる。
しかし、これを相続税についても適用がある判例と理解するのは危険である。
不動産取得税と相続税とは課税の趣旨が全く異なるからである。
※東京弁護士会編著『法律家のための税法 民事編 新訂第8版』第一法規2022年p451
6 遺産分割内容の不備による過重な課税の予防
前述のように、遺産分割のやり直しは、状況によっては2重の課税を生じて無駄に大きな負担となります。そこで、最初の遺産分割の内容に不備がないようにしておくことが想定外の課税を防ぐ方法となります。
遺産分割内容の不備による過重な課税の予防
あ 避けるべきリスク
遺産分割の内容に不備があった場合
→遺産分割のやり直しが必要となる
→2重の課税が生じることにつながる
い 遺産分割協議・調停における予防策
遺産分割の協議・調停の段階において
慎重に合意(提案)内容を検討・判断すべきである
う 遺産分割審判における予防策
遺産分割の審判の段階において
課税関係に配慮して主張を組み立てるべきである
7 関連テーマ
(1)遺産分割が無効となる状況と無効とならない状況
遺産分割が無効となる状況にはいろいろなものがあります。以上の説明では錯誤のケースを出しましたが、どのような場合に錯誤にあたるのか、また、錯誤以外に無効となる状況はどんなものがあるのか、ということは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|成立した遺産分割協議が無効となる状況(多くのパターン)
一方、成立した遺産分割が無効とはいえない状況についても別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割が当初から無効とはならないケース(2重課税あり)
本記事では、遺産分割のやり直しによる2重課税について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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