【遺産分割が当初から無効とはならないケース(2重課税あり)】
1 遺産分割が当初より無効とはならないケース
遺産分割が成立した後に、想定外の事情が発覚した場合、遺産分割を無効とすることができることもあります。
詳しくはこちら|成立した遺産分割協議が無効となる状況(多くのパターン)
一方、遺産分割は売買などの純粋な取引とは違う特殊性があるので、想定外の事情が発生しても無効とはできないケースもあります。
本記事では、成立した遺産分割が無効とはならないケースを説明します。
2 遺産分割の対象財産の欠落→2次分割
遺産分割の対象財産に漏れがあったことが発覚することもよくあります。
この場合は、漏れいていた財産は未分割なので、これだけを対象として改めて遺産分割をすることになります。
遺産分割の対象財産の欠落→2次分割
あ 遺産分割の有効性
既に行った遺産分割の内容以外に相続財産があった場合
→原則として遺産分割は有効である
例外的に無効となることもある
い 2次分割の必要性
新たに発覚した財産が未分割となる
→これから遺産分割が必要な状態となる
詳しくはこちら|遺産分割×遺産の一部|遺産の欠落|第n次分割・余りを残さない工夫
3 代償金支払の不履行による解除→否定
(1)平成元年最判→債務不履行解除否定
遺産分割の方法としてたとえば相続人Aが遺産を多くもらったので、相続人Bに金銭(代償金)を支払う、とうものがあります(代償分割)。
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
その後、Bが代償金を支払わない場合、Aとしては債務不履行として遺産分割を解除するという発想が出てきます。これは売買などの通常の取引であれば認められる手段です。
しかし、遺産分割は売買などの取引とは異なる特殊な性質をもっていると考えられています。そこで判例は、債務不履行による解除を否定しています。
平成元年最判→債務不履行解除否定
あ 結論
共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法五四一条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。
い 理由
けだし、遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。
※最判平成元年2月9日
(2)判例解説→特殊性・法的安定性維持の指摘
前述の判例について、判例解説はより詳しい理由を説明しています。遺産分割は売買などの取引とも、さらに共有物分割とも違う性質、つまり特殊性があるという点を指摘するとともに、法的安定性を維持するために解除を認めるわけにはいかない、ということも説明しています。
判例解説→特殊性・法的安定性維持の指摘
あ 法的性質→売買などとは異なる
遺産分割協議は、遡及効のない民法二五八条一項所定の共有物の分割協議と異なり、民法九〇九条本文(分割の遡及効)の規定に照らし、相続の時に遡って相続人らの遺産に対する権利の帰属をいわば創設的に定める相続人間の一種特別の合意であり(注八)、たとえその協議において法定相続分の割合と異なる分割を定めた場合であっても、その協議は、贈与、交換、売買、和解、あるいは権利の放棄等の一つ、又は数個の行為が合わさったものとみるべきではない。
い 合意後の状況→履行が残るのみ
そして、右分割の合意も、その意志表示(注・原文のまま)に錯誤、詐欺、強迫等の瑕疵がある場合は、無効又は取り消し得るものとなるが、右のような瑕疵がなく、また、その他の無効事由もない場合には、遺産分割はその瑕疵なき協議の成立とともに終了し、後は協議内容に従った相続人間の遺産の引渡、登記手続等の履行問題が残されるのみとなる。
相続人間でこれを訴求する場合の訴訟物は物権的請求権として構成される。
う 履行の不履行→解除否定
ア 引渡・登記手続の不履行
右遺産に属する財産の引渡や登記手続等の不履行があっても、協議全体を民法五四一条によって解除することはできない。
当該相続人間でのみ解決すべきものとなる。
イ 代償金支払債務の不履行
そしてこのことは、本件のように、ある相続人が法定相続分と異なる割合で遺産の分割を受けた際に他の相続人に対して負担した「遺産に属さない債務」の不履行の場合も同様に解すべきである。
え 遺産の帰属の決定と履行の区別
つまり右不履行があったとしても、それはあくまで当該債権者と債務者間で解決すべきことであって、遺産の帰属を定めた協議自体の不履行ではないから、その協議結果を遡って廃止するような法定解除権の発生を認めるべき根拠事由とはならない。
民法は、同九〇九条本文の規定と相俟って分割協議をこのような性質のものとして規定しているといえよう。
お 解除を認めた場合→法的安定性を害する
しかも、このように解さないと、共有物の分割協議と異なり、多種多量の財産からなる遺産分割の繰返しを余儀なくされ、法律関係も複雑になり、法的安定性を害して妥当でない。
本件で被告の負担した債務は直接強制を求めることができないものであるが、それは右債務の性質からくる特殊な事情であって、だからといって直ちに法定解除権を認めるべき理由にはならない。
また、協議の結果に不満な相続人同士がその債務の履行をしないで協議の解除を主張した場合には、協議のやり直しになるおそれなしとしない。
約束を守らない相続人を懲らしめようとの気持ちも分からなくもないが、たやすく制裁的な法定解除権を認めることも相当でない。
お 従前の通説の採用
本判決は、これまでの裁判例や学説の通説の考え方を踏まえ、以上の諸点についての考慮のもとに、民法五四一条の適用を排斥した原審の判断を維持したものと思われる。
※河野信夫稿『遺産分割協議と民法五四一条による解除の可否』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成元年度』法曹会1991年p6、7
4 遺産分割の不備による担保責任
遺産分割が成立したけれどその後、想定していたのと違う事情が発覚したようなケースでは担保責任が発生することがあります。相続財産の過不足が発覚したケースです。
たとえば、相続財産だと思っていたものが実は違ったという場合は、遺産分割自体は無効になりません。ただ、なにも是正手段がないわけではありません。担保責任(契約不適合責任)は発生します。
遺産分割の不備による担保責任
あ 瑕疵担保責任の適用
遺産に瑕疵があった場合
→瑕疵担保責任が適用される
※民法911条、560〜572条
詳しくはこちら|売買・請負の契約不適合責任(瑕疵担保責任)の全体像
い 瑕疵の典型例
遺産分割の対象財産に相続財産以外が含まれていた
→担保責任(契約不適合責任)が生じる
※通説
※小池正明『民法・税法による 遺産分割の手続と相続税実務 7訂版』税務研究会出版局2015年p679
5 成立した遺産分割の合意解除→可能
(1)平成2年最判・遺産分割の合意解除→可能
遺産分割の合意解除は判例で認められています。要するに、いったん完全に有効に成立した遺産分割の内容は、相続人全員の合意で解消できるという判断です。
そこで、遺産分割が無効とはならないケースでも、相続人全員が協力すれば、結果的に無効とすることができるのです。
平成2年最判・遺産分割の合意解除→可能
あ 平成2年最判の要点
いったん有効に成立した遺産分割を相続人全員で合意解除することはできる
遡及的に遺産分割(合意)が解消される
※最判平成2年9月27日
い 登記上の扱い(参考)
前回の遺産分割の登記抹消+新たな遺産分割の登記ができる
詳しくはこちら|無効を理由とする抹消登記の可否と登記原因(無効や錯誤)
(2)遺産分割のやり直しによる2重課税
前述のように、相続人全員で遺産分割を合意解除にすれば、民法上は遡及的に遺産分割はなかったことになります。改めて遺産分割を成立させても、民事上は初回の遺産分割です。
しかし、税務上は扱いが異なりますので注意が必要です。税務上は、成立した遺産分割の後に、売買などの取引をしたと解釈します。その結果、初回の遺産分割の相続税とは別に、売買による譲渡所得税や贈与による贈与税がかかる、つまり2重課税となることになるのです。
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
本記事では、遺産分割が無効とはならないケースについて説明しました。
実際には、個別的な事情によって、税務上の判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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