【相続に関する権利変動(承継)における登記の要否(対抗関係該当性)の全体像】
1 相続に関する権利変動(承継)における登記の要否(対抗関係該当性)の全体像
2 相続に関する実体と登記の食い違いの発生経緯
3 相続人1名による法定相続の単独申請(概要)
4 相続による承継と登記の要否(対抗関係該当性・概要)
5 相続に関する権利変動についての登記の要否のまとめ
6 相続に関する権利変動の状況ごとの登記の要否(概要)
7 特定遺贈と相続人の処分の抵触の具体例と優劣の判定(概要)
8 相続以外の対抗関係の判断の例(参考)
9 相続による登記義務の承継(参考・概要)
1 相続に関する権利変動(承継)における登記の要否(対抗関係該当性)の全体像
相続が生じると,被相続人(故人)の財産が相続人やそれ以外の者に移転(承継)します。不動産については,権利が移転したとおりに登記の移転も行われれば問題がありませんが,実際には実体と登記に食い違いが生じることもあります。そのようなケースでは,権利の帰属を登記で判断するのかどうか,ということが問題となります。
本記事では,相続に関する承継について登記が必要か不要か,ということを説明します。
2 相続に関する実体と登記の食い違いの発生経緯
前提として,登記に関して実体と登記が食い違うということは,登記制度から構造的に生じやすくなっています。典型的な経緯をまとめておきます。
<相続に関する実体と登記の食い違いの発生経緯>
あ 不実の登記の意味(前提)
相続に関して『ア・イ』の食い違いが生じることがある
これを不実の登記(実体と登記の不一致)という
ア 実体上(真実)の権利関係イ 登記上の権利の状態
い 食い違いの発生プロセス
法定相続による登記申請(※1)がされてしまう
その後,次の『ア・イ』いずれかが生じた
→その結果,実体は法定相続ではないのに,登記上は法定相続という状態になった
ア 遺言が発見されたイ 遺産分割が完了した
う 登記申請手続における審査
登記申請がなされた場合,登記官は内容を審査するが,原則的に形式的審査権限しか持たない
→登記申請の背景(=実体の調査・質問)などはしない
つまり,登記官は遺言の有無・遺産分割協議の状況を調査しない
形式的要件さえ満たせば申請どおりに登記が実行されてしまう
3 相続人1名による法定相続の単独申請(概要)
法定相続の登記申請は,相続人のうち1名だけでも,(相続人全員分の登記を)申請できます(※1)。これが,後で真実との不一致につながることが多いのです。法定相続の単独申請については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続に関する登記申請|非協力者の存在×証書真否確認訴訟・給付訴訟
4 相続による承継と登記の要否(対抗関係該当性・概要)
一般論として,実体と登記が異なる場合には,実体が優先となる(登記は無効である)か,登記を優先する(登記を得た者が権利を獲る)かのどちらかとなります。
理論的には,権利変動(相続によって権利を取得したことなど)を主張するために登記が必要か不要かということになります。対抗関係といえるかどうか,ともいえます。
この判定は結構複雑なので,状況別の説明に入る前に,大雑把な分類を整理します。売買などの一般的な取引は登記が必要であり,法定相続は登記は不要です。相続による承継のうち,法定相続以外は状況によって違ってくる,ということになります。
<相続による承継と登記の要否(対抗関係該当性・概要)>
あ 一般的な取引による権利変動
一般的な取引(意思表示による物権変動)について
権利変動を主張するには登記が必要である
(対抗関係である)
詳しくはこちら|対抗要件の制度(対抗関係における登記による優劣)の基本
い 法定相続による権利変動
法定相続による承継について
登記がなくても権利変動(権利取得)を主張することができる
(対抗関係ではない)
う 法定相続以外の相続による権利変動
相続による権利変動のうち法定相続以外について
→状況によって,権利を主張するために登記が必要か不要かが異なる
(対抗関係であるかどうかが異なる)
5 相続に関する権利変動についての登記の要否のまとめ
相続に関する権利変動(承継)にはいろいろなパターンがあります。そのパターン(状況)によって,登記の要否が違ってきます。状況別の登記の要否の結論だけを表にまとめます。
ただしこれはあくまでも大まなか判断の傾向です。具体的な事情によって異なる判断となることもあります。
<相続に関する権利変動についての登記の要否のまとめ>
権利変動(取得)を主張する者 | 相続人から譲り受けた者に主張する際の登記の要否 | 第三者保護規定の有無 |
法定相続により取得した相続人 | 不要(対抗関係ではない) | なし |
相続させる遺言(特定財産承継遺言)により取得した相続人(改正前) | 不要(対抗関係ではない)(※4) | なし | 相続させる遺言(特定財産承継遺言)により取得した相続人(改正後) | 自己の法定相続分を超える部分については必要(対抗関係となる)(※4) | なし |
特定遺贈により取得した者(遺言執行者選任なし) | 必要(対抗関係となる) | ― |
特定遺贈により取得した者(遺言執行者選任あり) | 不要(対抗関係ではない=遺言優先)(※4) | なし |
遺産分割により取得した相続人(分割前の第三者との関係)(改正前) | 不要(対抗関係ではない)(※4) | あり(※2) |
遺産分割により取得した相続人(分割前の第三者との関係)(改正後) | 自己の法定相続分を超える部分については必要(対抗関係となる)(※4) | あり(※2) |
遺産分割により取得した相続人(分割後の第三者との関係) | 必要(対抗関係となる) | ― |
遺留分減殺により取得した相続人(減殺前の第三者との関係)(※5) | 不要(対抗関係ではない)(※5) | あり(※3) |
遺留分減殺により取得した相続人(減殺後の第三者との関係)(※5) | 必要(対抗関係となる) | ― |
※2 民法909条ただし書
※3 民法1040条1項
※4 平成30年改正民法施行後(令和元年7月1日以降に開始した相続)については,法定相続を超える部分について対抗関係となった
詳しくはこちら|『相続させる』遺言(特定財産承継遺言)の法的性質や遺産の譲渡との優劣
※5 平成30年改正民法施行後については遺留分減殺請求の制度は廃止された(遺留分侵害額請求に変わった)
6 相続に関する権利変動の状況ごとの登記の要否(概要)
以上のように,相続に関する承継に登記が必要か不要か,は,状況によって異なります。また別の理由により財産の処分の効力(有効・無効)が決まることもあります。前記の表で示した状況について,別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|相続×対抗関係|遺言による承継|相続させる遺言・遺贈
詳しくはこちら|遺言執行者による遺言執行に抵触する相続人の処分は無効となる
詳しくはこちら|遺産を取得した第三者と遺産分割の優劣の全体像
詳しくはこちら|遺留分減殺前の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護・価額賠償)(平成30年改正前)
詳しくはこちら|遺留分減殺後の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護)(平成30年改正前)
7 特定遺贈と相続人の処分の抵触の具体例と優劣の判定(概要)
相続人が遺産を売却した後に遺言が発覚するケースもあります(前述)。
その場合は,具体的状況によって最終的な権利の帰属が決まります。
結論に影響を与える事情は,相続の時期(平成30年改正民法の施行前か後か),遺言の内容・登記の状態などです。
具体的事例を使った説明は別の記事に記載しています。
詳しくはこちら|特定遺贈と相続人による譲渡が抵触する具体例と優劣の判定
8 相続以外の対抗関係の判断の例(参考)
対抗関係となるかならないか,という問題は,相続とは関係ない状況でも発生します。相続以外も含めたいろいろな状況の対抗関係の判断については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|対抗関係(登記欠缺の正当な利益を有する第三者)にあたるかの判断の具体例
9 相続による登記義務の承継(参考・概要)
以上の説明は,相続に関する権利変動(承継)を主張するために登記が必要か不要か,というものでした。これと似ているけど異なる状況に,被相続人が負っていた登記義務を相続人が承継するというものがあります。被相続人が生前に不動産を売却したが移転登記をしないままになっているというような状況です。この場合はそもそも相続による所有権の承継は生じないので,法的扱いは大きく異なります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続による登記義務の承継(不可分性・共同訴訟形態)
本記事では,相続による権利変動(承継)のために登記が必要か不要か,という問題の全体像を説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に相続に関する不動産その他の財産の承継の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
相続や離婚でもめる原因となる隠し財産の調査手法を紹介。調査する財産と入手経路を一覧表にまとめ、網羅解説。「ここに財産があるはず」という閃き、調査嘱託採用までのハードルの乗り越え方は、経験豊富な講師だから話せるノウハウです。